第4話「創られた物語①」
◆4月16日(日)
日曜日の午前11時、僕は叶恵ちゃんとお互いの自宅最寄り駅で待ち合わせる約束をしていた。
正直、デートとか言ったけどそんな経験は僕には無いし、素直に彼女と行ったら楽しいと思うだろう場所に行くことにした。つもりだ。
そうは言っても緊張はする。
緊張のあまり、1時間前に駅に着いてしまうくらいには。
あんまり眠れなかったこともある。
宿題を学校に忘れたことに気づいたのが結構な夕暮れだったせいで、遅くに学校と家を再往復したのが主な理由だ。
だが何より、今回の僕の目的は、彼女と僕の過去を紐解くことにある。
なぜ、僕は彼女の生存を知らされなかったのか。
なぜ、彼女は僕に生きていることが伝わっていると思っていたのか。
なぜ、それが今の今まで隠しおおせていたのか。
それを明らかにしない限り、僕は彼女に向き合えない。嘘をついたまま、彼女と向き合うことは、できない。してはいけない。
誰にも理解されないかもしれない、ケジメのようなものだ。
これまでを生きてきた創り物の僕に対する手向けにもなると、思いたい。
そして、11時のちょっと前。
約束の瞬間はやってきた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いや、全然。ついさっき来たところだよ」
まさか自分がこんな風に掛け合う日が来るなんて。ていうか、平然と嘘ついちゃったな。その瞬間が来るまでは、聞かれたら正直に言おうと思っていたはずなのに。
彼女の姿を目にした時に、彼女にはほんの少しでも引け目を感じて欲しくないと思ってしまった。
待たせてしまった、そう思わせるなんて駄目だ、と。だって、勝手に待ち合わせの時間より早く来たのは僕の方なんだから。
現れた彼女の姿は、学校で見るそれとはかなり違っていた。まず、髪を結んできていること。サイドテール、というのだろうか。その髪型は、僕の記憶にもある、幼い頃の彼女のものと同じものだった。
服装もそう。さすがに、小さい頃と同じな訳はないけど、制服の似合う彼女は、何を着ても似合うようで、思わず見とれてしまう。
正直、いたたまれない気分になってきている自分がいた。だって、こんな、誰がみても不釣り合いの2人だ。それくらい、目の前の彼女は別世界の人間のように見えた。
「行こうか」
そう言って僕は彼女に声をかけた。
明確な行先が決まっているわけじゃなかった。いや、計画はあったはずだ。だけど、彼女を目にした瞬間それは必要のないものなのかもしれない、そんなふうに考える自分が居た。
そんな自分を見抜かれたくなくて、隠したくて。
恥ずかしさもあったのだろう。
意を決して、2人きりの一日をスタートさせるのだった
まず僕が行先として選んだのは、彼女がこの街を離れた後に建設されたショッピングモールだった。わずか一駅だけ隣の駅に近く設置されているため、普段は徒歩で向かっていたが、今日は彼女の意思も確認して電車で向かうことにした。
定期圏内だし、切符を買う必要はないから、電車の方が色々便利なんだけど、歩いていくのも何だかんだ楽しいものなのだ。夏場はさすがにそうでも無いけど。
だけど今日はまだ始まったばかりで、この後も予定がある。いきなり足を使ってバテるのだけは駄目なのだ。
彼女がヒールを履いてくる可能性もあったから、そもそも歩いて向かう選択は無かったんだと、電車に揺られながら思った。
ふと、幼い頃のことを思い出した。
当時の僕らはまだ5歳。落ち合う場所と言えばあの公園で、それ以外はお互いの家しかなかった。少し不思議なことに、僕らは同じ幼稚園という訳でもなく、たまたま同じ公園で、同じタイミングに遊んでいたから出会っただけなのだ。夕方、幼稚園から帰った後に遊び足りなかったからなのか僕は毎日のように公園で遊んでいた。
ブランコに揺られているだけで満足だったし、すべり台を滑るために階段を上ることすら楽しかった。そんな僕が一番楽しんでいたのは砂場で遊ぶことだったんだ。雨の日は翌日晴れるように祈って、泥団子を作るのが本当に好きだった。
彼女と出会ったのは、そんなある日だったと思う。
「…くん。たっくん、どうかした?」
「え。ああ、いや…ちょっと考え事してた。ごめん」
謝らなくていいよ、と笑う叶恵ちゃん。
いつの間にか僕たちは電車を降りていて、改札を通り過ぎたところだった。
ほぼ無意識で定期を改札に通していたのだろう、体に染み付いた動きというやつだ。
いやそんなことより、だ。
せっかく2人で出掛けているというのに、また1人で頭の中に潜ってしまっていたようだった。
「それじゃ行こうか」
「うん!」
今僕が見なきゃならないのは過去の彼女じゃなく、今目の前にいる彼女だ。
そのことを胸に誓って。
すぐ近く、もう目の前に見えているその建物に向かって僕たちは歩き出した。
「あれ、もう着いちゃうんだ」
「本当に近いんだよね。徒歩2分とか」
言葉通り、少し歩いただけで辿り着いた目的の場所。
大型ショッピングモールと銘打たれるだけあって、品揃えは非常に良い。
アミューズメントの類も割と揃っており、服やインテリア等の扱いも勿論ある。
僕個人としてはゲームソフトや漫画など、あらゆる趣味に関する商品が揃っていることもあり、足繁く通っている。
学校帰りなんかは特にだ。…せっかく来たんだから、と逸る気持ちを抑えて。
僕は彼女と一緒に建物の中へ入るのだった。
エントランスを経て、エレベーターの前に辿り着く。運が良かったのか、特に待機することもなくすぐにエレベーターは扉を開けてくれた。
まず最初に行先として選んだのはアパレルショップ。お店がある6Fのボタンを押す。
実は選んだ、というよりは選んでもらった、が正しい。荷物持ちなら全然やるよ、と言うと彼女は少し遠慮しつつも、僕と一緒にお店へ足を運んでいった。
「そういえば気になってたんだけど」
店に入ってちょっとしてから。
僕のそんな言葉に、はてなマークを浮かべる彼女。けれど少しだけ動揺しているような、何とも読み取れない表情でもあった。
いや、唐突でごめんよ。
「ほら、学校でさ。なんで僕があそこで弁当食べてるって分かったのかなって」
「なぁんだ、そんなことか」
胸をなでおろしたかのように、ほっとしているような叶恵ちゃん。
問いの答えには一応、心当たりがある。日常的に色々考えているので。特に昨日は久しぶりに1人で昼食の時間を過ごしたので、たっぷり考えられた。
おおよその推測は出来ていたけど、決めつけるまではいってないってところだ。
「壱村くんにね、教えてもらったんだ。連絡先交換するときに」
「やっぱりそうだったか。あいつめ」
「どうしても、たっくんに会いたかったから」
う、と声を漏らしてしまった。どう見ても動揺してるのがばればれだった
ふふ、と再び笑みを浮かべる彼女。その顔を見たとき、一瞬何もかもがどうでも良くなるような、今までの思考を放棄したくなるような、そんな気持ちが芽生えていく予感があった。
これは、まずい。やばい。
今彼女はこうして生きているのだから良いじゃないか、と過去の謎への探究心が消えていくリアル。
きっとこれは、もとの自分に戻っていく感覚。
設定された主人公に、設定した結末を迎える上で無駄なことを考えないように、思考を放棄させる強制だ。
「本当に、驚いたんだ。あの時さ…」
何とか絞り出した言葉は、果たして僕自身の言葉だっただろうか。
意識が無くなる訳では無い。
自分が自分を操れなくなるのだ。
そして、世界に生かされる。物語の、登場人物として、あるべき結末に向かって。
もしも、僕が消えることがあるなら、それはそういう事なのだと思った。
結局、服屋でのことは少し曖昧になった。
店を出たあと、事実として僕は荷物を抱えていたので服を選んだりしたのだろうけど、肝心のその時のやり取りが曖昧なのだ。
気づくと僕たちはフードコートでランチを注文していた。僕が注文したのはミートソースパスタ。絶品である。
「ここのフードコートでイチオシなんだ、あそこのイタリアンメニュー」
「そうなんだ。じゃあ、私も頼もうかな」
そう言って彼女はペペロンチーノを注文していた。
ここのフードコートは各テーブルに備え付けてある紙エプロンを利用することができる。店員さんに直接欲しい旨を伝えれば、どの店からでも貰える代物だ。
誰だって服は汚したくないだろうし、こういう部分でもこのモールは行き届いてるな、と感じる。
今の世の中じゃない場所を見つける方が難しいのかもしれないけど。
「「いただきます」」
たまたま、注文していたものが届くタイミングが同じだったのでタイムラグなくお互い食べ始めることができた。
ゆっくりと、口に運びながら、漸く自分の心が落ち着いてきたことが確信できた。
服屋の時のような自分ではなく、今の自分に戻ったのだ。
ホッとしたのも束の間。
僕は一気に、頭の中から現実に引き戻される。
「このあとね、ゲームセンターに行ってみたいな」
「う、うん。構わないけど…」
そのやり取りは、思い出の中にあるものとよく似ていた。
前に出て、引っ張っていくタイプの彼女。
そしてそれに、文句なしについて行く僕。
僕らの関係性は、きっとそんなだった。
だから、彼女がわがままを言うと、少し嬉しい気持ちになる。こんなの、わがままでも何でもないんだけどさ。
彼女の願いに応えたいと思う僕の気持ちは、偽りじゃない。
自分自身の心だ。そう信じている。
ゲームセンターはフードコートのある2Fより2階上にある。4Fはアミューズメント施設と、アニメショップやゲームショップなどが揃っていて、僕としては行きつけの階となる。
この建物の中でマップ内容が頭に入ってるのはこの階だけと言ってもいい。体が覚えているまである。
「なんか、足が弾んでるね。たっくん」
「そ、そうかな」
自分じゃ分からなかったけど、通い慣れている分さっきよりも足取りが軽くなっていたようだ。
服屋の階はいつ行ってもわりと緊張するんだよな。店員さんに声掛けられたりするとちょっとビックリするし。
この階じゃそういうことはほとんどない。ないことも無いが、あまり積極的な接客は多くなくて、そういう所が性に合う客も多いのだろう。接客態度が、なんてクチコミとかも見たことないし。
「ゲーセンはあっちの方だよ」
「クレーンゲームしたかったんだぁ、私」
そういう彼女は嬉しそうで。
僕の方も思わず笑みを浮かべていたような気がする。
ニヤニヤしてる、って思われないと良いんだけど。なんて風に不安になった頃にはもう、ゲームセンターに着いていた。
クレーンゲーム、と聞いて思い出した。
小さい頃は、UFOキャッチャーと呼んだそのゲーム。父さんにお菓子やぬいぐるみなどを取ってもらった思い出がある。
いつだったか、その1つ、小さなゆるキャラのストラップを、彼女にプレゼントしたことがあった筈だ。
可愛らしくて男の子だった僕には似合わないから、と。自分で入手したものじゃないくせして、偉そうにかっこつけて渡したんだ。
――――これ、あげる。可愛いから。
昔から倒置法使いな僕に笑ってしまう。けれど、確かそんな言葉だったと思う。
今思うと、まるで叶恵ちゃんが可愛いからって捉えられなくもない。言葉足らずな幼き自分に呆れてしまう。
いや、もしかしてそう捉えたのか。
彼女は本当に、やたら嬉しそうに、
――――ありがとう。一生、大切にするね。
なんて、言っていたような。
それが彼女との、あの約束のきっかけだった気がする。
「叶恵ちゃん、何か欲しいものある?」
いくつか列になって設置されているクレーンゲーム。その一番前の台にたどり着いて僕は言った。
彼女は少し考える素振りを見せたあと、指をさして言った。
「あれがいい、な」
それは、当時とはさすがに違うキャラだったけれど。
同じくらいの大きさの、ストラップがゲットできる台だった。
「…分かった。任せてよ」
コインを入れてから一瞬、叶恵ちゃんもやってみる?と言いかけた口が塞がる。
野暮なことだと思った。
ちゃんとした理由は分からないけど、彼女は僕から貰いたいんだと、その事は何となく理解できたから。
いや、昔のことが思い出せてなかったら、気づかなかったかもしれない。
思い出せてよかった。そう思うのは何回目だろう。なんて考えながら、ガラス越しに標的を見定める。
僕はその台の中で、とびきり彼女に似合いそうな、ゆるっとしたクマがだらけているストラップを目指して、アームを動かした。
うん、位置はすごく良い。いけそうだ。
紐が輪っかを作っている部分に運良くアームが引っかかったため、1回で取る事が出来た。
中々上出来である。
「やったよ、運良くゲットできた」
「すごい。上手なんだね」
ほんとは結構自信なかったのは内緒だ。
言葉通り運が良かった。いつもなら英世が飛ぶくらいは平常運転だし。
「あげるよ。もらってくれる?」
「ありがとう…!一生、大切にするから…」
嬉しそうに、声を震わせながら、宝物を見つけたかのように、彼女は言う。
その言葉は、あの頃と一緒だったはずなのに。
込められた感情が、昔のソレとは全然違う。
色々と空回りする僕だけど、それだけは理解できた。
ゲームセンターの中では、別の台に彼女にも挑戦してもらった。
「前居たところは田舎で、ゲームセンターなんて無かったんだ」
そう語る彼女の言う通り、慣れない手つきでボタンを押す様は、初々しくもあり、見慣れない彼女の姿のように思えた。
やがて、満足した僕たちはショッピングモールの屋上にある展望施設へと足を運んでいた。
割と高層なため、結構街を見下ろせることもあり、僕は何気なく、まだ小さな子供だった頃のことを口にしていた。
「覚えてるかな。ここってさ、僕らが小さい時はまだ工事中だったんだよね」
ふと投げかけた質問。何気なくかけたその質問になにか思うところがあったのか、彼女は少し俯くようにして言った。
「…覚えてる。よく、車の中から見てたから」
声が返ってきてから、自分の過ちに気づいてしまった。
車、という言葉が僕の中で反響する。
彼女は車の中で事故にあったのだ。それを思い起こさせるような質問を、何の気なしにぶつけてしまった。
あまりにも不用意な自分に腹が立つ。何のために色々うだうだ考えているのか。
そんな自分の感情とは裏腹に、言葉が勝手に形成されていく。
踏み抜いたアクセルから、足を浮かすことはなく。
「辛いことを思い出させてごめん。どうしても、気になることがあって」
「それって、どんな?」
これから口にするのは、紛れもない本音。
彼女の傷口に触るようで、踏み出せなかった僕のわがまま。
覚悟を決めろ。
本当に彼女に向き合いたいのなら、僕は事実を知らなければならない。いや、ただ知りたいんだ。そんなエゴを放置したまま、今の僕は生きることを望まない。そう決めたんだから。
「僕は、叶恵ちゃんが生きてるって、知らなかったんだ」
再会した、あの瞬間までは。意を決して、僕は言った。
それが、どれだけ酷いことだったか。
僕には計り知れないこと。
彼女の顔から眼をそらさないように。
僕は話を続けるのだった。
第5話「創られた物語②」に続きます。
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