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創られた世界で僕が成すのはライトなノベルみたいなファンタジー  作者: 枕野くろす
第一章 創られた世界の主人公
2/10

第2話「幻想世界の主人公①」

個別ルートってあるじゃないですか。

共通ルートの時にろくにフラグを回収したわけでもないのに、突然勝手に個別に吸い込まれたらなんにも解決できないと思うんですよね。

そういうことです。


  放課後、帰宅部の僕は荷物の整理をしながらまたもや考えにふけっていた。

  威勢よく、運命から外れることが出来る、だなんていかにも厨二病なことをのたまってしまったが。実際、これからどうするかを決める必要はある。

  でもまあ、まずは、だ。

  この世界で物語が走っているとして、今はどういう段階なのだろうかと考えてみる。

  すぐにピンと来たのは今日の出来事。

  叶恵ちゃんの転校はこの世界における用意されたイベントの1つだと考えていいと思う。

  転校、進学というイベントから始まる学園モノは少なくない。主人公が転校するところから始まったり、ヒロインが転校してくる所から始まったり。

  大抵は主人公かヒロインか、はたまた物語のキーパーソンとなる人物が転校してきて、登場人物の因縁が動き出したりする。

  はるか昔に出会っていたり、登校中に巡り会ったり、まあ色々なフラグが立てられたりするのはよくあることだ。

  でもそう考えると、叶恵ちゃんとの過去を持っている人物がキーパーソンである可能性が高い。叶恵ちゃんがこの世界の物語の主人公だとしてもそれは変わらないだろう。

  あれ、それってもしかして僕じゃね。

  確かに、物語上のモブキャラが運命から外れることができても、あんまり物語に影響することはないし、僕って実はキーパーソンだったりするんだろうか。

  ここでいう僕は今の僕じゃなく、これまでの僕のこと。思えば、これまでの僕は自分のことをどこにでもいる成績も運動神経も容姿も平凡な主人公だと自覚していた。

  いちいちどこがだよ、とつっこみたくなる気持ちは抑えて。

  これって、よくある鈍感系主人公の特徴と一致してないか。考え出したら止まらないぞ。

  よくよく思い出せば、さっきの宙川さんとの会話もそうだ。彼女が僕に好意的なのは分かっていたことなのに、僕が友人と一緒であることに不満だった宙川さんになんで?って顔をしてしまっていた。

  ほぼ無意識だったと思う。呆れる気持ちもあったかもしれないけど、あの時の僕はこれまでの僕と、どこが一緒だったんだ。

  今の僕ならわかる。自惚れじゃないなら、彼女は僕と2人で昼食を一緒したかったんだ。

  もしかして、違和感を持つことが重要なのか?

  彼女の好意的な態度に対する違和感があったからこそ、世界に設定された鈍感系主人公:逢沢拓人から、今の僕こと逢沢拓人に更新することができたのか。

  ということは、だ。

  気を抜いたら自分が自分じゃなくなるんだ。違和感を持たないと、この世界に定義された元の逢沢拓人に戻ってしまう。

  この世界に定義された僕もまた、主人公で、そのヒロインとして、叶恵ちゃんや宙川さんが用意されたのだとすれば。

  今の僕に、その結末を歩む資格なんてあるのだろうか。

  その答えは、今はまだ出なかった。


  荷物を鞄に入れ終わり、教室をざっと見渡すと、僕以外の生徒はほとんど教室を出ていっていた。

  結構色々考えてたし、時間も経つか。

  と、僕も教室を出ようとした時だった。


「たっくん!」


「ぁえ?」


  間抜けな声を漏らしながら、声の方向を見ると、すぐ近くに叶恵ちゃんの姿があった。

  ほとんど人がいないとはいえ、教室内でたっくん呼びは不味くないだろうか。

  やけに耳通りよく聞こえたものだから、割かし大きめの音量で声がけされたと思ったけれど、それは距離によって耳通りよく聞こえただけだったらしい。

  教室の中にいる生徒が気にも止めていなかったので、そうなんだろうなと理解できた。

  自惚れすぎかな。

  ていうかあんまり気にしてないのかな。

  というかまだ帰ってなかったのか叶恵ちゃん。


「一緒に帰ろ?」


「い、いいけど、家の方角あってるかな…うちの学校、最寄り駅いくつかあるし」


  「そこは大丈夫だと思うよ。私、昔住んでた家に戻ったから」


  はぁ!?、と内心驚いていた。

  12年前、月城家は結構高級そうなマンションの一部屋に3人で宅を構えており、何度か遊びに行ったこともあるので覚えている。僕の家からも徒歩圏内なのだ。

  あの事故の後、あの部屋には別の人が住むようになっていたはずなのだが。

  まあ、10年以上も経ってるし、全く同じ部屋じゃないにしろ同じマンションを借りる、ということは考えられるかもしれない。

  そうだよ。何も驚くような事じゃない。

  僕は心を落ち着かせて言った。


「……じゃあ、多分降りる駅も一緒だね」


「うん」


  少し俯いたまま彼女は短く首肯する。

  この近距離だ。

  頬が赤くなっていたのは、見逃せるはずもなかった。


  校門を出て、すぐ右に向かうと駅まで150m、という看板が見える。そこからは、真っ直ぐ道なりに進むだけなので、学園の立地はかなり良い。坂もなく、基本的に平坦だし。

  その真っ直ぐな道の上を彼女を横に歩いていると、事も無に声をかけられた。


「ねえ、たっくん。あの場所に寄ってみない?」


「あの場所って…」


  あの約束をした、公園の事だろうか。

  僕自身、あの事故があって叶恵ちゃんに会えない日々を過ごした挙句、立ち寄らなくなっていった。

  思い出したくなかったからなのか。

  まだ子供で、無意識に遊び相手の居ない場所に通うことを辞めただけだったのかもしれない。

  これまでの僕の思考回路が分からない以上、その正確な答えは出せない。


  「間違いだったらごめん。あの公園のことを言ってるんだよね?」


  内心かなりドキドキしながら言った。バクバクの心臓を抑えるのに必死で、彼女の様子を窺う余裕は無いに等しかった。

  けれど、そんな状態の僕にでも分かった。

  彼女は、顔を輝かせていたから。花が開花するかのように、表情が一層明るくなるような、そんなあまりにも分かりやすい変化。整った顔立ちが、その明暗をくっきりとさせているようだった。


「覚えてて、くれたんだ……」


  誰が見ても分かるだろう。

  彼女の表情は、嬉しさに満ちていた。

  一瞬だけだというのに、その喜色満面な顔が眩しすぎたからだろうか。

  それとも、覚えてたのではなく思い出したという事実からの引け目か。

  僕は、彼女のことを真っ直ぐに見つめることが出来なかった。


  電車通学とは言っても、ほんの3駅で、時間にしてみれば15分もかからないような短い間。座れないことに特段落胆することもない距離である。

  そうして、電車を降りた僕たちは、公園の方角へと歩みを進めていた。


「やっぱり懐かしいな。昨日ね、引越してきたんだけど、バタバタしちゃったからこうしてゆっくり見るのは久しぶりなの」


  たっくんも隣にいるし、なんてセリフも聞こえた。

  朗らかに、あの頃と変わらない彼女の面影がそこにはあった。

  辛い過去を感じさせない、涙の跡さえ見せないような、その姿に僕はどこか、憧れにも似た感情を抱いていた。

  見れば分かった。彼女は強く成長したのだと。

  とても綺麗で、美しい姿。

  魅力的、という言葉は彼女にこそ相応しいのだと思う。

  君は、久しぶりだと、未だ変わってないものを見たかのようにそう言ったけれど。


「なんか、見違えたよ」


  公園に辿り着く頃、僕の方から発した言葉は、嘘偽りのない本心だった。

  彼女は、少しだけ表情を曇らせたけど、すぐ後には明るさを取り戻したように言った。


「私も。たっくんのこと、見違えちゃった」


「…僕はあまりあの頃と変わってない、と思うけど」


「そう?私たち、こんなに背が伸びたんだよ?」


  あの頃こんなだったのに、と手と地面でジェスチャーを披露する叶恵ちゃん。

  たまらないな、と素直にそう思った。

  失われていたあるべき時間を取り戻していくような感覚。

  それが尚更、忘れていたという事実を僕に思い知らせるような、痛い記憶。

  思い出したから良い、と思うのは身勝手に感じるし。今の僕の性質じゃない。勝手に苦しんで、自分でも不器用だなとは思うけれど、そうじゃないとフェアじゃないような気がして。

  今の僕が。

  彼女のことを思い出せて良かった、とそう思わずにはいられなかった。


  公園のベンチで座ること十数分。

  あの頃から特に様変わりした様子のない公園は、掃除もたまにされているようで、ベンチも新品のように綺麗な状態だった。

  すべり台や砂場を眺めながら、他愛のない会話を交わしたり、静寂に包まれたりした後、彼女の方から終わりを告げる言葉があった。


「じゃあ、今日はさよならだね」


  どこか寂しげな表情の彼女。僕の方も、同じような顔をしている気がする。

  繕う必要なんてない、と思ったから。

  彼女に対しては、本心で接したいと思う僕が間違いなく存在する。


「送るよ、家近いし」


「……お願いします」


  心配なんだ、という顔に込めた言葉が伝わったのか、彼女は断ることもなく受け入れた。

  二度と、あんなお別れは御免だ。

  自分の知らないところで、自分が手を出せない事情で、大切な人を失って。どうにもできない苦しみや後悔だけを残したくない。

  だけど、もしも。

  その苦しみが、彼女にも僕にも必要なものとして、今この瞬間のために世界が設定したものだとしたら。

  僕の意思はどこにある。

  この想いも、彼女の想いも、自分自身のものだと、胸を張って言えるのだろうか。

  答えは出ない。

  だけど、時間が止まることは決してないように。

  僕の悩みなんて、世界は気にも止めてないんだろうなと、そんな風にふてくされるしかない自分がいた。


  少し歩くと、昔彼女が住んでいたマンションの前だった。いや、また住むことになったんだっけ。

  マンションというだけあって、そこらの建物よりも全長は高く、昔は通る度についつい見上げては自分の小ささが少し不安になったものだ。


「ありがとね、たっくん」


  入り口に差しかかるところで、彼女は言った。

  礼を言われるようなことじゃない。とは思いつつも口には出さない。なんでか、余計な言葉だと思ったから。

  だから別の言葉を、今度はちゃんと口にした。


「また明日」


  また明日ね、と彼女の方も笑いかけてくれた。

  その後、ゆっくりと玄関の扉の前へ歩いていく姿を見送りながら不意に、声をかけていた。


「本当に、また会えて良かった」


  声が届いていたのか、振り返った彼女の表情は少しだけ驚いた様子で。だけど直ぐにほぐれて、最後にははにかむように、嬉しそうに、去っていった。

  これは、自惚れじゃないと信じたいけど。

  私もだよ、とそう言っていたような、そんな気がした。

第3話「幻想世界の主人公②」に続きます。

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