第9話「創られた想い①」
「……ああ。ごめん、そういうことだからさ」
公園に着くまでの道のりの中で、僕は聖也に調査は中断だと連絡していた。
せっかくやる気になってくれたのに出鼻をくじいちゃって申し訳ないが、現状だとおそらく何も見つからない可能性が高すぎて徒労に終わってしまうだろうから仕方がない。
「じゃあまた明日な」
スマホの画面をタップして通話を終了する。
聖也への埋め合わせはまた今度考えるとして、とりあえず現状をおさらいしていこうか。
彼女とともに。
「壱村くん、怒ってなかった?」
「そうでもなかった、かな。ただ、それが返って罪悪感を煽ってるんだよね」
こっちからお願いしてそれをすぐにやっぱりいいやとポイ捨てしたのに、あいつは恐ろしいくらいにいつも通りの声色だった。
ちょっとくらい不機嫌になってもおかしくないと思うんだけどな。
いや、思い返してみればあいつが怒ってるとこなんて覚えがない。
少し怖くなってきた。
「お詫びに何かおごってみるよ」
いいねそれ、と叶恵ちゃん。
そんなやり取りをしているうちに、公園にたどり着いていた。
夕方の公園。昔から変わらず設置してあるベンチに二人そろって腰を下ろす。
幼い頃から見慣れた光景だけど、いざ久しぶりに立ち寄ってみると、自分の背がいかに伸びたのか実感できてしまう。
息せき切って解こうと張り切った謎。
それは、解けるはずもない、解く必要のないものだと、僕は母さんとの会話で納得してしまった。
あったはずの記憶を辿ろうとしているだけなのに、植え付けられた固定観念が、邪魔をする。
僕は色々な、なんでとだれ、どこが、いつを気にしていたけれど。
そこに、明確な理屈なんてなかったんだ。この物語は、それでも回るはずだったから。
例え、細部まで設定していたとしても、物語の中で描写されない限り、そこは読み手にとってブラックボックス。要はなんでもありだ。読み手が補うもよし、作り手が新たに描写するでもいい。
ならその中で生きる人たちにとって、そのブラックボックスはどうなる。読み手も作り手も、本来なら認識できないどころか、認識する必要が無い。ブラックボックスに迫ろうとも思わない。そこは、物語の描写の外だから。
存在しない解。少なくとも、現時点では用意されていない謎の答え。
どう切り出したもんかな、と思案する僕。
少しだけ空いたスペース。その先には叶恵ちゃんが居る。
彼女はじっと、僕が切り出すのを待っているように見えた。
それでようやく、言葉が固まった。
「さっき、母さんと話した時に分かったことがあって」
「うん」
「僕の両親は、君が亡くなったという情報が記載された紙を、病院から手紙のような形で直接受け取ったんだ」
「じゃあやっぱり、病院が誤ったんじゃ…」
ううん、と僕は首を振る。
そう、確かに病院が誤った情報を僕らに渡した。それは間違いない。
でも、その理由はもう永遠に解けないんだ。
渡した人も、その手紙も、今はどこにも、誰の記憶の中にも残っていないんだから。
「問題は、そんな間接的な連絡を僕の両親が信じてしまったことなんだ」
「でも、病院からもらったんでしょ?…なら、疑う方が難しいんじゃ…」
先程の母さんと同じようなことを言う彼女。
少しだけ、寂しい気持ちになるものの、僕は止まることを選ばないでいられた。
「普通は、患者の病室にくらいは通されると思うよ…。でもそれすらも、そんなことすら、僕らはしなかったんだ」
そもそもできなかったのか、やろうとしたのかさえ今となっては分からない。
もし、病室に案内されていたとしたら、空き部屋にでも案内されていたのだろうか。 なんて風な想像が頭をよぎる。
僕らの引き際は、異常だったんだ。受付で手紙を受け取って、中身を確認した後、誰とも話すことなく、それが院長先生の言伝だと勝手に誤解して、叶恵ちゃんが死んだ、という情報だけが僕の中に衣装として残った。
多分、叶恵ちゃんが死んだ、という誤解を与えるためのルートはいくつかあったんだろう。その中でも恐らく、最も不自然なルートをたどってしまっていたようだけど、それは物語の上で、さほど影響する箇所じゃなかったんだろう。
現に僕が叶恵ちゃんと再会してすぐ、その思い出に振り回されていたことからも、物語上での役割は充分だったようだ。
「…叶恵ちゃんは、今生きてるこの世界が誰かに創られた舞台の上だって言われたら頷ける?」
いや、聞いた僕がばかだったなこれは。
彼女の表情が物語っている。何言ってるんだろう、って顔。
そりゃそうだよな。
馬鹿馬鹿しい。荒唐無稽。妄想。
そう思われて当然なのだ。
「僕は、割と本気でそう思ってる」
実際は割とじゃなく、本気100%。
疑い自体、もう抱くこともないだろう。
この夕陽の眩しさも、風の音も、僕も彼女も実在する。
だけど、つくりものなんだ。誰かに創られ、動かされている。
「……もしそうだとしたら私、その誰かさんを一生許せないだろうなあ」
「だって、私の両親が死ぬ前提の筋書きってことでしょ?そんなの、迷惑…すぎるよ」
彼女にとって、両親の死は、重くて消えない、忘れようのない、忘れたくない、相反するような記憶だったのだと、想像することは難くない。
自分が不幸に落ちる、その過去それ自体の筋書きが用意されたものだと言われて不愉快にならない人は居ないだろう。
そういう意味では、彼女はこの世界の中でも自分の意思を持てている一人といえるのではないか。
今この瞬間の僕らの会話が、筋書きにあるわけがない。
あって、たまるか。
「白状すると、僕はどうしようもないくらいに叶恵ちゃんに惹かれてる」
「えっ」
顔を赤くする叶恵ちゃん。
さらっと言ってのけたけど、きっと僕の顔も赤くなっているだろう。
勢い任せって怖いなと思いつつ、もう止まらない。
「叶恵ちゃん、初めて僕たちが会った時のこと、覚えてる?」
「もちろん。たっくんは砂場で遊んでいたよね。泥団子、つくってた」
「あの後、毎日のように遊ぶようになって。ある日、あのストラップをプレゼントしたんだよね」
「うん。本当に嬉しかったから、覚えてるよ。昨日も新しいの、もらっちゃったし」
「そして、約束をした」
「……うん」
頬を赤らめて、俯きざまに呟く彼女。それは、色褪せない夕焼け色の記憶。
笑顔の少女と交わした、純白の指切り。
―――たっくん、大きくなったら結婚しようね。
幼いながら、躊躇うことはなかった。
何よりも、嬉しかったんだから。
「僕はその約束を、君がやってきたあの日あの瞬間に思い出したんだ」
それこそが、創られた想いの証拠。
唐突にフラッシュバックするように蘇った鮮明な記憶の数々。
なぜ忘れることができていたのか不思議なくらいに大切な傷。
「大切で仕方がなかったはずの思い出を忘れ去って、今までを生きてきた僕が居る」
「それは…ちょっと傷ついたけど」
「都合よく、本当に都合よく全部思い出すなんて、さ。おかしいよ、やっぱり」
これをおかしいと感じられる理性が、僕に宿ったこと。
だからこそ、僕は自分が抱いているはずの想いでさえ、疑うことができるんだ。
「自分で自分が信じられないんだ。自分の意思なんて、本当にあるのかな」
必要だから、創られた。
彼女との結末を描こうとする誰かのために―――。
次回、第10話「創られた想い②」に続きます。
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