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こぼれ落ちる前に

作者: 黎め

常に釣り糸を垂らし、あるいは網を張り、もしくは両手を広げて振り回して、鼻息も荒く捕まえんと狙っていた。

はからずもふ、とした拍子に、私はその切れ端を掴んだ、ような気がした。

待って待って、と追いかける必要もなかった、あ、とそれは、そこにあった。

もっと興奮するかと思っていた。かえって心は凪だった。

あまりスピリチュアル寄りの言い方はしたくないが、この世はひとつ、ワンネス、の意味が、わかったような感覚があった。


その時何より感謝したのは、彼の人が私とは別の個体をもって、この世に存在している(かのような現象になっている)ことだった。

同じだったらつまらない。

ひとりの人間として、姿形をもって、私とは切り分けられて生きていることが、つまり一つの別の個体として、私が感嘆したり、尊敬したりする対象として成り得ていることが、たまらなく嬉しかったのだ。

そして何より彼が紡いだ物語に、私は初めて出会った全く未知のものとして触れることができる、その喜びはほとんど打ち震え、咽び泣くほどで、私は神に感謝してもしきれなかった。

何という素敵なシステム、本当によくできている。

そして後から後から言われていた道理が腑に落ちてきて、わかってしまえば何といえば良いのか見当をつけるのも困難なことを、よくもまああんなにまで説明してくださったものだと感心することしきりなのだった。


落とし込もうとするはしから言葉はすり抜けるようにこぼれ落ちていく、私はまだこの感覚に包囲され、感じ取っているにすぎなく、言語化するまでに至らない。

さらには、まもなく肌から乖離して、また遠く掴めぬぼんやりとした概念に舞い戻ることも、想像に難くない。

更新し続けたいと思う。

どこに身を置くのかは自由だから、私は更新し続けたいと思う。


それにしてもこんな状態で、一体どこから何を語ればいいというのか。

言うべきことなど何もないと同時に、言いたいことがあり過ぎて、何から手をつければ良いのかもわからない。

驚愕せずにはおれなかった。

なんて偉業をやり遂げ続けているのだ、このことにこそ私は興奮した。


楽しい、人間として生まれてくることが競争率が高いらしいのも頷ける。こんなに愉快なことはない。

私は感じられる、風を、陽の光を、星の瞬きを、触れた肌の温かさを。

考えることができる、涙を流すことができる、意見を出し合って、他者を思いやり、状況を慮って、道を探すことができる、身体を使って、脳みそを使って。


なぜ生きているのかわからなかった、ずっと。

思い悩むことはなかったのだと思える。わくわくする、ありがとうと思う。生きてきたことをねぎらって、生きていることを嬉しく思う。

こだわるな、私にできることは何もない、満たされろ、私は何だってできる、生きることを謳歌しろ。

息を吸って、散歩をして、声を出して笑って、微笑みあって。してもしきれぬ感謝を胸に、ちょっと低い鼻を高くして。

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