聖女のお世話係になります!⑨
狂ってる……。
観衆がいなければ奇跡を起こさない聖女。
聖女カルリアは『自分はどうなってもいいから、みんなを助けてあげたい!』を全面に押し出した、儚げでありながらも一途なヒロインを演じたいのだ。
「咳もちょうどいい小道具になるわ」
そう言われた時、ルルはカルリアが本気で言っていることに顔をひきつらせた。
塔のいちばん上に居室を構えているのも、固くなったパンを食べるのも、わずかな水で沐浴するのもすべてが演出。
(バカみたい……)
夕焼けに染まる聖堂を望む。
ふらりと聖堂の表へ出ると、父親の腕の中でぐったりとした子供を連れている夫婦がいた。農作業中に来たのであろう。服は泥だらけ。日々の手入れが行き届いてないのだろう、髪の毛に艶がない。それこそ固いパンを食べているような家族である。その夫婦が涙ながらに、司祭のお供に掛け合っている。『聖女様に治癒を! 子供を治してくれ!』と。だが司祭のお供は『聖女は治癒を施しに出掛けている』の一点張りで断り続けている。聖女カルリアは塔にいる。出掛けてなどいない。祈る聖女の像と同じ格好で、何もない一点を見つめ続けているのだ。
(ペーターが、大金を積まないと相手にしてもらえないって言ってたな)
広場で奇跡を見た帰り道。ペーターはそんなことを言った。本当にその通りだと思う。
つい先日には、治癒後に聖女が倒れ、司祭が寄付金に色をつけてもらっているのを見掛けた。色のついた分は、司祭の葡萄酒に。そして自分達の食卓も少しだけ華やかになった。
(かね、かね、かねかぁ……)
一糸纏わぬ姿で投げ捨てられていた少女の遺体。あの時手元にお金があったなら、少女を助けることが出来たのだ。司祭のジェスチャーは、ルルの気持ちを諦めさせるものではなく、本気の要求だったのだ。
「洗濯物、届けにいかなくちゃ」
気を取り直したルルは踵を返す。
お金のないルルに、あの家族に何かしてあげれることはない。
祈る人たちの姿を横目に聖堂の中を通り抜ける。
居住スペースに入ると、あらかじめ畳まれた聖女の衣類やリネンを渡された。
鍵を開けて塔に入る。そしてまた鍵を掛ける。聖女の元へ繋がるひとつひとつの動作が億劫で投げ出してしまいたくなる。自分はどうしてここにいるのだろうと悩みたくなる。
階段をのぼり終え、鍵を開けた。「失礼します」とドアを開ける。
――あら。もう、そんな時間?
いつもの声は聞こえなかった。
カルリアが倒れている。
ルルは洗濯物を投げ出した。
カルリアの元に駆け寄り、声を掛ける。
「聖女様! 聖女様!!」
カルリアは声を出せぬまま、はくはくと口を動かしているだけ。
(駄目だ! 助けを呼びに行かなくちゃ!!)
ルルは急いで立ち上がった。
振り返って、司祭がいることに気がつく。
「しさいさま……」
司祭の後ろには、先ほど子供の治癒をせがまれていた司祭のお供がいる。
「なんてことだ! なんてことだ!」
近づいてきた司祭に払い避けられて、ルルはたたらを踏んだ。
「聖女カルリア! しっかりなさい!!」
「ルル……」
司祭の腕の中で、カルリアはルルに向かって手を伸ばした。そして、腕がだらんと落ちた。
「お前! 何をしておった!?」
カルリアを床に寝かせた司祭は、ルルの胸ぐらを掴んだ。
ルルはそのまま部屋の外に押し出される。
「何も! 私はいましがた洗濯物を届けに来ただけで!」
「それは見ておった! 今まで何をしておったのかと訊いておる!」
(今までって……)
「こうなるまでに何かしら変化があったであろう!?」
ルルは青ざめた顔で首を横に振る。
(言った……。言ったわ! 体調が悪そうだって。本人にも食事の量を増やした方が良いって! でも聞かなかったのはあなたたちじゃない!!)
「なんだ? その反抗的な目は!!」
心うちが表情に現れていたようだ。
「恩を仇で返しやがって!」
背中に強い衝撃があった後、ふわっと身体が宙に浮いた。
塔の中だというのに、頬に強風を感じる。
頭から外れたウィンプルがふわふわと宙を彷徨っていた。
長い髪の毛が天に向かって伸びている。強い陽射しを浴びた麦藁のように。
(私の髪の毛って、聖女様と同じ色だったな……)
鏡を覗いて、ウィンプルの裾から出た髪の毛先が聖女とそっくりだと喜んだ。
(聖女の奇跡は本当に素晴らしいものだった……)
光が放たれた後、みんなの喜びに満たされた顔を見るのが好きだった。
「ガハッ!!」
下の階まで落ちたルルは、そのままぴくりとも動かなくなった。