聖女のお世話係になります!⑧
「ルル、気分はどう?」
ベッドを整えていたルルは作業する手を止め、カルリアを見た。
「ええ、まぁ、だいぶ……」
自分のせいで少女が死んだという事実はルルの胸に大きなトゲとなって刺さっている。あの時、もっと強く言い聞かせていれば、泊めてあげていれば、と後悔しても後悔しきれない。
「そう。しばらく塞ぎこんでいたから心配していたの。落ち込むことは仕方がないことだけど、アレではどうしようもないから」
「そうですね……。どうしようもないことですよね」
冷静になった今だから分かる。亡くなった少女を生き返らせるということは、人の理に反すること。足を踏み入れてはならない領域。
「わかってもらえたらいいの。だって誰も見ていないところで奇跡を使うだなんてあってはならないことですから。コホン」
「はい……?」
(まって……。今、なんて言った? 聞き間違い?)
目を点にし、口をはくはくさせているルルに、カルリアがにっこりと微笑む。
「わかってもらえたならいいの。理解してもらえて、ルルに元気になってもらえれば、わたくしが言うことなんて何もないわ。コホン」
「そうですか……」
ははは……。
ルルは笑って場をおさめる。
「それでは、手を出して。コホンコホン」
「あの、先ほどから咳が出ているようですけど……」
「ん、平気よ。貴女にうつしたりしないわ」
「そういうことでは……」
「さぁ、手を出して」
ルルは言われるがままにカルリアに手を差し出した。
握られた手を伝い、カルリアの神聖力が流れてくる。以前は身体が温まってくるだけだったのだが、今では力の強弱や流れの速さまでわかるようになった。
(なんか、やっぱり調子悪そう。力が細切れっていうか、途切れ途切れっていうか。そんな感じで流れてるような気がする……)
集中して神聖力を流してくるカルリアをこっそり覗き見る。彼女はいつも通り平然な顔をしていて、目があうとにっこり微笑む余裕さえある。
(気のせい? それとも演技派なの?)
気になる、気になるけれど。
「はい、お仕舞い。身体の調子はどうかしら?」
ウンウン頭を悩ませているうちに、今日の癒しタイムは終了した。
「ええ、すごく身体が軽くなりました。階段なんていつも以上に往復出来そうです」
「良かったわ」
カルリアが嬉しそうに手を合わせる。
「あの、聖女様……」
「なあに?」
きっと指摘してもやんわりと突っぱねられるだろう。
ルルは何でもないと首を横に振って、「おやすみなさいませ」と笑顔で部屋を出た。
鍵を掛け、階段をおりて鍵を開け、そしてまた鍵を掛け。塔の与えられた一室ではなく、塔の外に出たルルは聖堂に勤める修道士、修道女が寝食を共にしている居住スペースの中に入った。この時間ならば、司祭も部屋にいるだろうと判断しての行動だ。
仕事場ではなく、個人の部屋に伺うのはどうかと躊躇ったが、動かずに後悔はしたくない。あの少女の時のように。
司祭の部屋の前に立つと、中に人のいる気配がした。
ルルは呼吸を整えて、ドアをノックする。
「……誰ですか?」
「あ、私。ルルです。聖女様のことでお話が……」
沈黙の後、ドアが開いた。
むわっとしたにおいがルルの顔を包み込む。
「聖女とは聖女カルリアのことですか?」
普段より赤ら顔の司祭。部屋のセンターテーブルには葡萄酒の瓶やゴブレット、紙やら巾着やらが置かれてある。飲みながら作業をしていたらしい。
「はい。なんか体調が悪そうなんです」
少女の死以来、雇い主として今まで通り住む場所と食事は提供してくれるが、気さくに話をすることなどはなくなった。面倒くさそうな視線を向けられることもしばしばあり、聖堂から放り出されなかっただけ御の字である。
「聖女が?」
ルルはこくんと頷いた。
だが司祭は、ハンと鼻で一蹴する。
「聖女はですね、神聖力があるのですよ。怪我や病に特化した治癒能力がね。ですから、具合が悪いとしてもちょちょいのちょいと自分で治せるわけです。おわかりになられましたか?」
嫌味たっぷりな口っぷり、小バカにしたような態度、はあっと顔に掛けられた呼気は酒臭い。
どうやら司祭は酒癖が悪いようだ。
「でも、もしかしたら体力も落ちているかもしれないんです。見ましたよね? 病で倒れたお嬢さんのお宅での治癒後。肩で息をしていました。階段をのぼるのもゆっくりになりましたし、つまずくこともちょっと増えてきた気がするんです!」
司祭は宙を見つめ「知りませんなぁ」と答えた。
「あの時は、もう少し寄付金を増やしてもらえるようお願いしてましたし、階段でつまずくのは、みな同じでしょう。みな足首まで隠れる長さのものを着ているのですから。貴女と違って」
ルルはぐっと息を飲み込んだ。話を聞くきなんてないのだ。
「わかりました」
地面を這うような声を出し、頭を下げてドアを閉める。
聖女に関することなら、話を聞いてくれるものだと思っていたが、出来てしまった壁は頑丈でちょっとやそっとじゃ壊れない代物のようだ。
(となると、聖女本人に伝えた方がいいわよね?)
指摘されて初めて気がつくこともあるはずだ。
(まずは少しずつ食事の量を増やしてもらって、身体を洗うのはお湯にしましょうって伝えましょう。神聖力を流すのはしばらくお休みにして、体力回復を優先的に……)
いろいろ考えた翌朝、朝の挨拶もほどほどに提案すると突っぱねられた。
「どうしてですか!? 下手したら動けなくなってしまうかもしれないのですよ!」
「それでも良いのです。身を粉にして、みなのために祈る聖女。どの歴代の聖女よりも、心に、記憶に残ることでしょう。神聖力はみなのために。生き返らせることも厭いません」
「生き返らせる? だったら、どうして少女を!!」
「あら? 言ったではありませんか……。神聖力を使い、生き返らせたとしても、誰も見ていなければ意味がない、と」
「私、私がいました! それに司祭様だって!」
「ルル。身内では意味がないのですよ?」