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悪に染まってます!

 早朝、馬車に乗り込もうとしたフィリップは、夏の陽射しの眩しさに思わず目を細めた。

 ルルがこのアレン家から消えてもうすぐ七年の月日が経とうとしている。

 あの日、部屋の明かりをつけに入った侍女が、ルルの姿が見られないと慌てて報告しに来た時は、どこかに隠れているだけだろうと安易に考えていた。ところがどこを探しても見当たらない。誰かに連れ去られたのではないか、ともなったが、そのような気配はひとつもなく、腫れた足のままでどのような手段で姿を消したのか、未だ不明である。


「いってらっしゃいませ」


 三年ほど前に娶った妻アイリスに見送られ、馬車に乗ったフィリップは執事に渡された報告書に目を通した。

 聖堂が再び、資金集めに動き出したという。前聖女カルリアの死後、すっかり鳴りを潜めていた聖堂が、新たな聖女誕生により少しずつ寄付金を募り始めていると記載があった。だが、まだ以前のような脅威にはなっていない。聖女カルリアの時代は富裕層中心に治癒を行っていたのに対し、今回は平民に無償同然で治癒を行っているという。心を入れ換えたようにもとれるが、聖女を信仰する者たちが倍増していることが気になる。これからの動向に注視しなければならないだろう。それよりも注目しなければならないのは……。

 フィリップが次の書類に目を移した。


『白金の女狐団』


 誰がその名をつけたのかは不明だが、盗みや詐欺紛いのことをしている。最初の内は、走り出した馬車の前に飛び出してぶつかり、治療代を強要するものだったが、次第に商家の邸宅に盗みに入ったり、知り得た情報で相手を脅すなど、徐々に犯行がエスカレートしている。犯人は女性であるとわかっているが、犯行を起こす女性の容姿が現場によって異なっており、同一犯とは言い難い。だが、ひとつ、共通点として、現場には必ずといっていい程、白金の長い髪の毛が落ちているのだ。

 フィリップは頭をガシガシと掻いた。

 きっと、たぶん、九割方、ルルの犯行だと思っている。理由を問われれば有耶無耶な答えしか出せないが、小さい頃からの付き合いでなんとなくわかるとしか言えないのだ。


「何をしてるんだ……。アイツは……」


 両手で顔を覆う。

 あの時、何が気に食わなくて出ていったのか。理由はたぶん自分にあるような気がしてならない。だが、思い当たる節がない。どちらかといえば、尽くした方だ。ルルの大好きな絵本に出てくる登場人物のようにお姫様扱いしたし、ドレスもルルが好みそうな物を一通り揃えた。部屋だって屋敷内で一番眺めの良い客室を選んだし……。


(家具か? 可愛いのが良かったとか、そういうことなのか?)


 何度も繰り返してきた自問自答に明確な答えが見つかることはない。教えて欲しいと乞うても、答えを知っているルルはいない。

 かくんと身体が進行方向に揺れ、馬車が停まった。

 御者がドアを開けると、侍従が待っていた。


「突き当たりの空き地におります」

「わかった」


 フィリップは書類を座席に置いて立ち上がり、馬車を降りた。侍従の案内通りを歩き、空き地が見渡せるところまでたどり着くと足を止めた。

 人だかりの隙間から真っ白なウィンプルが揺れているのが見える。その隣にはルルとあの時見た小太りな司祭が場を仕切っていた。顔には疲労の色がみえ、次は自分だという騒ぎ立てる周りの声に落ち着くよう説得を試みている。

 舞台もない、何もない場所で、ウィンプルと同色のトゥニカを着た女性が立ち上がった。

 重傷者の度合いを確認しているのかキョロキョロしている聖女の顔に、フィリップは眉間にシワを寄せた。


(道理で大々的に聖女を披露しないわけだ……)


 聖女は醜女だった。まぶたと下まぶたは半分くっついたままになっているし、鼻は潰れている。口は引き裂かれたような痕があり、見ているだけで痛々しい。患者(たにん)に治癒を施す前に、自分の顔を治せよと言いきってしまいそうになるのは傲慢な考えなのだろうか。

 ふと、聖女のサファイア色の目とかち合った。目が半分しか開いていないにも関わらず、しっかり見据えられた気がした。その瞬間、薄ら笑いを浮かべた聖女にぞわりとした感触が背中を走る。


「行こう。アレが脅威になることはない……」


 侍従にそう言って踵を返す。嫌な予感がフィリップを襲った。何か良くないことが起きる、そんな前兆を感じていた。






「まったく。何故、ワシがあのようなことをせねばならないのだ」


 ブツブツと文句を言いながら、宿屋の主人のご厚意でいただいた葡萄酒を司祭はあおった。くぅっと声が漏れ、もう一杯と酒瓶を掴もうとする手がピシャリと叩かれる。

 

「祈りにいらした方たちの相談を受ける。それも司祭様の役目ではなくて?」


 醜女の聖女が睨みをきかせる。

 顔をひきつらせた司祭は「どの口が……」と言って、頭を振った。はぁ、と後悔だらけのため息がこぼれる。なぜ、あの時、ルルの首から鍵を回収しておかなかったのだろうと後悔する。

 ルルに預けていた鍵を拾ったらしく、いつの間にか塔に住み着いていた醜女は、聖女の神聖力を保持していた。やっと見つけたと有頂天になったのも束の間、すぐさま頭の中で弾いた算盤が地面に叩きつけられる。歴代の聖女の資料を閲覧し、独学で奇跡の力の使い方を学んだのはいいが、その中に紛れ込ませていた裏帳簿をちらつかせ、バラされたくなければと脅迫してきた。


「で?」


 醜女の聖女に促され、司祭は名を記した帳面を指でなぞりながら相談の内容を伝える。

 

「なるほど。では、そのお方を助けて差し上げましょうか。一月ほど留守にします。それから、コレ。お願いしますね」

 

 醜女の聖女は傍らから小さな布袋を取り出し、テーブルの上に置いた。司祭は無言で布袋をスッと引き寄せ、中身を確認する。


「どこから盗んでくるのやら……」

「盗み? とんでもありません。善良な方からのご厚意でございますよ?」

 

 醜女の聖女は薄ら笑いを浮かべて立ち上がると部屋を出た。


「アイリス・アレン……。せっかく結婚したのに相手にされないだなんて可哀想。ペーターったら、女の子はいくつになってもお姫様扱いして欲しいものなのに」


 フフフと醜女の聖女は、宿屋の裏手に入ると誰もいないことを確かめた。素早くトゥニカを脱ぎ、中に着ていたワンピース姿になる。


「リバース」と唱えると醜女の聖女は、どこにでもいるような町娘の姿に変わった。

 身体のあちこちを刻み、肉付きまで変えれるようになったルルは、身長こそは変えられないものの、自分の好きなように変身出来るようになっていた。普段は醜女の聖女として働き、聖堂で手に入れた情報を使って金銭を得ていた。

 ルルの力は協力させている司祭にも教えていない。


「奥様に会いにいって、どうしたいかきかなくちゃね」


 ルルの足取りは軽い。今度こそフィリップにバレない自信があった。

 

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