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最後までなりすまします!⑤

「大丈夫ですか?」

「え? ええ……」


 そっとフィリップから視線を外し、ひっそりとため息をつく。ウィリアムの執事とオードリーに見守られながら、馬車に乗せられ、ふたりっきりになってしまった。が、依然としてフィリップの言葉の丁寧さは変わらない。とうとうバレてしまったのかとヒヤヒヤしたが、ルルの思い過ごしだったようだ。何せ、追求もされていないし、態度も変わらない。それなら、このままアビゲイルの誰だかわからない偽者としてやり過ごすにかぎる。


「あのふたり、大丈夫かしら?」


 自分のことは置いといて、話題をキャンベル家に残してきたふたりのことへと変える。ふたりとは、アビゲイルのことを嵌めた女アンジェラと、騙されているとも知らずアビゲイルのことを疑い続けた哀れな男サイラスのことだ。実際、ルルにとってはどうでもいいことなのだが、気にした素振りをしてみる。落とした視線の先にある指をぼんやりと見つめ、無意味に指同士を擦り合わせ、いじらしくみせる。


「あなたはお優しいのですね」


 フィリップの声にパッと顔をあげると、フィリップは真っ直ぐな目でルルを見つめていた。


「そんなことありません。私はただちょっと、みんなで仲良く過ごしたい。そう思っているだけなのです」


 へにゃりと眉を下げ、白々しいほど寂しげに微笑む。我ながら名演技ではないだろうか。自分で自分を褒めてあげたい。


「わたしは幸運だ。あなたのように優しい女性と生涯共にすることが出来るだなんて」


 大袈裟な言葉に「そんな」と両手で顔を隠す。あなたそんな人じゃないでしょ!? と内心突っ込みつつも「嬉しいです」と答えておく。ウィリアムにはアレン家に嫁げと言われている。キャンベル家に長いこといれないのなら、次の依存先との関係を良好にしておくべきである。


「あなたは寛大なお方なのですね。アンジェラ嬢の件といい、サイラス殿とのことといい。あることないこと言われても、記憶がないとはいえ、不快な顔ひとつしない。もともと心が広いのでしょう。ですが、私はあなたと逆のようです。嫉妬というものなのでしょう。彼を憎らしく感じています。元婚約者という地位を使って愛称を呼ぶなどと。卑怯者で、ズル賢いと。わたしはきっと彼が羨ましいのでしょう。あなたさえよければですが、わたしにも愛称で呼ばせていただく権利をいただけないでしょうか?」


 フィリップにとって愛称呼びがどれだけ重要なのかはイマイチわからないが、乞われれば悪い気はしない。

 

「ええ」

「ありがとうございます。では、わたしもアビィと……。いや、彼と同じ愛称で呼ぶのは不愉快だな……」


 フィリップは顎を撫でながら考え始めた。アビィ、ビィー、ゲイル、イル……。単語を暗記するかのようにぶつぶつと呟いていたが、納得できるような愛称が閃いたらしく、ぽんと手を叩き、目を輝かせた。

 

「ルル! ルルってのはどうだろうか?」


 ふぐっとルルは息を飲み込んだ。変な飲み込み方をしたのだろう、ゲホゲホとむせ返る。


「大丈夫ですか?」

「ええ」


 むせ返る中、涙目になってフィリップを見ると、心配そうな顔をしながらも少しだけ、ほんの少しだけ口角が上がっていることにルルは気がついた。やっぱりバレている。ルル呼びは、完全に確信犯だ。


「どうぞ使ってください」

「ありがとうございます」


 出されたハンカチを受け取り、口元を押さえる。


(あくまでも、私から『ルル』って言わせたいみたいね! 負けられない!!)


 ルルの反抗期は、まだ続く。



 

 一方。諦めて謝ればいいのにと、ハンカチで口を押さえつつ、うんうんと喉の調子を整えている幼なじみを半眼で見つめているフィリップがいた。

 ルルの孤児院でのごっこ遊びで培った演技力は健在で、抱き上げた時の感触がなければまんまと騙され続けるところだった。顔は変えられても骨格や肉付きは変えられないようで、以前におんぶした時の触り心地と同じだった。

 ただ腑に落ちないのは、怪我をしたということだ。不意を突かれ、階段の上から突き落とされたとしても、ルルならば受け身をうまくとれそうなものなのに。


(聖女の力で治せるからと過信でもしたか?)


 あり得る。心のなかで落胆し、なぜか悔しそうにハンカチを力強く握りしめる幼なじみをつい生暖かい目で見てしまう。どうしようもない妹分は、誰かが手綱を握っていないと、従来の思いきりの良さと、行き当たりばったりな性格のふたつがうまいこと混じり合うことで相乗効果を産み出し、次はどこで何をしでかすか想像出来ない。


(やっぱり婚約を持ちかけておいて正解だった。コイツは側においておかないと危ないことにすぐ足を突っ込みたがる)


「……いいですよ、ルルって呼んでも」


 突然の承諾に目を見開くと、ルルはハンカチで口を押さえたまま明後日の方向を見つめていた。謝る気も偽り続けていることを正直に話す気もないと見た。負けず嫌いめ。


 フィリップは「ありがとう」と答えながらも、困った妹分を持ってしまったと、くすっと小さく笑った。

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