最後までなりすまします!①
(どうしてここにペーターが……)
ルルは唖然とした。
気分転換にと開けてくれた窓から爽やかな風が吹きこんで、ベージュ色のカーテンが揺れる。
「ところで、コネはどうなりました?」
ペーターに似た人の言葉に、ルルは次第に青ざめていった。
なぜ、この男はその言葉を知っているのであろう。
聖女の奇跡を目の当たりにした日。感動を覚えたルルは、聖女の世話係になると宣言した。幼なじみのペーターに反対されつつも、聖女の世話係になった気になって『聖女様の奇跡が必要な時は、私というコネを使わせてあげるわ!』と啖呵を切った。その時の言葉を知っているとは、やはり本人なのだろうか。
だが、いやいやと自分の考えを否定する。
ペーターは建具屋の次男坊で、ゆくゆくは兄弟ふたりで建具屋の跡を継ぐ予定だ。きっと他人のそら似というやつだ。世の中には三人似た人がいるというのだから、目の前に現れても不思議ではない。
ルルはそう思うことで納得しようと努力したが、気が気ではなかった。
(もうちょっとでアンジェラを追い出せるかもしれないのに、ここで身バレするのイヤなんですけど……。痛かったし)
聖女の力を再び使うことで簡単に治せるはずだった額の傷が、医師の手により縫われたのだ。部分的に麻酔を効かせてくれたものの、縫われる時はやはりチクチクとした痛みを感じた。受けるはずのない痛みに堪えたにも関わらず、アビゲイルがアビゲイルではないと知られてしまったら、この痛みも、アンジェラを罠にかけたことも無駄になってしまう。
でも待てよ、とルルは一瞬考える。目の前にいるのが本物のペーターだとしても、アビゲイルとルルが入れ代わっているだなんてわからないはずだ。それに、もしかしたら、アビゲイルと秘密の合い言葉みたいなのを作っていて、その言葉を交わしているだけなのかもしれない。
ルルは記憶喪失設定なのを良いことに、すっとぼけることにした。
「コネとはいったい何のことでしょう?」
こてんと首を傾げると、ペーターに似た男は片方の眉だけをぴくりと動かした。
「いえいえ、なんでもありませんよ」
そうは答えてくれたものの、何かを探っているような気がしてならない。
(で、この男は何者なの? たぶん、アビゲイルを婚約者にって言ってきたやつだと思うけど……)
確信はない。なら、訊くまでだ。
「ところで、今さらですがどちら様ですか?」
ペーターに似た男は、問われて初めて気がついたような顔をし「自己紹介がまだでしたね」と苦笑いをした。
「フィリップ・アレンと言います。階段から落ちたそうで。お怪我の具合はいかがですか?」
「まあ、それなりに……」
額の包帯に触れて、ため息混じりの笑顔をつくる。いつも通りに眉もへにゃりと下がり、どこか自信無さげなアビゲイルが出来上がる。なんて都合の良い眉なんだと称賛しつつ、もじもじと掛布の端をいじる。上目遣いでフィリップを見つめ、言おうか言わぬべきか迷うように口を開けたり閉めたりしていると、居座るつもりなのだろうか。オードリーが用意した椅子に深く腰掛けた。
「あの、不躾な質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「私たち、どこかでお会いしたことがありましたか? 私、記憶喪失なので全く覚えていないのです。それなのに、突然あなたの婚約者にだなんて信じられなくて。私には昨日まで別の婚約者がいたらしいんです。婚約破棄されちゃいましたけど。それなのにすぐに次だなんて、普通に考えたならあり得ないことですよね?」
「そうですねぇ……」とフィリップは顎を撫でる。
「わたしがあなたを選んだ理由が、運命の出会い……。もしくは前世からの約束と言ったらどう思いますか?」
「運命? 前世?」
興味ありげに言葉を繰り返してみたのはいいものの、ないわーと顔がひきつってしまう。ルルはその顔を悟られないよう、考えるフリをして頬に手を当てた。
フィリップはというと、自分の言った言葉に照れているのか、顔から耳の先まで真っ赤にし、明後日の方向を見つめている。
ルルは少し、目の前の男が心配になった。それと同時に、この人はペーターではないと決定づけた。
(絶対にペーターは夢みがちな台詞なんていいっこないもん。聖女様の時も「無理だ」とか「金集め」とかつまんないことしか言わなかったし……)
ペーターの考えはいつも冷静だった。年齢もひとつしか変わらないのに大人ぶっていて、意見が食い違えば正論を並べられた。一緒にはしゃいでくれることもなく、善くも悪くも兄貴分で「やめておけ」「無理だ」がルルへの口癖だった。それでも反抗して失敗した時や困った時は手を差しのべてくれるのが当たり前で、解決すれば「だから言ったじゃないか」と頭を小突かれた。
(今頃、何しているのかなぁ……)
里心がついたのか、ルルは急に寂しくなった。
はたはたと涙をこぼし、掛布にシミをつくっていく。ふたりの様子を眺めていたオードリーが慌ててハンカチを取り出し、ルルの涙を拭いた。
「急にどうして!?」
さっきまで顔を真っ赤にしていたフィリップが青ざめている。赤くなったり、青くなったり、忙しい人だなぁと思うと、急に笑いがこみ上げてきた。
「ふははははっ。ごめんなさいっ、なんか情緒が不安定みたいで……」
「そうですよね……。怪我を負ったばかりか、顔に傷をつけてしまったばかりなのに。それでも会って話がしたいなど、ずいぶん失礼なことをしてしまいました」
フィリップは椅子から立ち上がると深々と頭を下げた。
「いいんです。お約束だったのに、こちらの不手際でこんな形でお会いすることになって申し訳ありませんでした。それに……」
「それに?」
ルルはそっと額の包帯に触れる。
「顔に傷がある女はおイヤでしょうから、婚約をなかったことにしてもらって構いません。どうしてもキャンベル家との繋がりが欲しいのでしたら、妹のアンジェラを……」
「絶対に、アンジェラ嬢はお断りです!!」
肩を震わせたフィリップが親の敵を見るような目をして答える。ルルは折角の思いつきを即座に断られ、あまりの早さに目が点になった。アンジェラはサイラスからフィリップへ乗り替えようとしていた。嫁げ、と言われれば速攻でキャンベル家からいなくなると思ったのだ。
「妙案だったのに……」
ルルはぽつりと呟く。
その言葉が聞こえていたのか聞こえてなかったのか、オードリーがルルに耳打ちする。
「アビゲイル様、勝手にアンジェラ様の婚約者をかえては駄目ですよ。アンジェラ様にはサイラス様がいらっしゃいますから」
あーっ、そうだったと残念な気持ちでいっぱいになる。
煩わしい者が一度にいなくなると思っていたのに。
ルルは一瞬にして冷静さを失ったフィリップをぼんやり見つめた。
(きっとアビゲイルのことが、好きで好きで仕方がなかったんだろうな……。急ごしらえで婚約者にまでなったのに、私はアビゲイルじゃない……)
そう思うと、ルルの心がズキリと痛んだ。




