聖女のお世話係になります!③
頭痛を訴える司祭とお供の後について聖堂の内部に入ったルルは、厳かな雰囲気にポカーンと口を開けた。
(うわぁーっ…… なかってこんな風だったんだ……)
外から眺めていた時は三階建ての建物に見えたが、実際は一階からの吹抜けで、首が痛くなるまで見上げないと天井が見えない。上部にある大きなステンドグラスからは、燦々と太陽の光が降り注ぎ、初代聖女の象を美しく照らしていた。柱は一本一本樹木のような彫刻が施され、外壁も素晴らしかったが、内壁の浮き彫りは外壁のものよりもさらに細かく繊細だった。彫ったとは思えないほど緻密で、爪でちょっとカリカリしたらあっという間に削れてしまいそうだ。
(なんて、素晴らしい……)
「君、ちゃんとついてきたまえ」
「あ、はい」
立ち止まって天井を見上げていたルルは、司祭たちとの距離が開いていることに気がついた。早足でパタパタと追い掛ける。
(ペーターもお父さんの跡を継ぎたいなら一度は見ておくべきじゃないかしら? 芸術品にたいして詳しくない私でも呆気にとられちゃうくらいスゴいんだから)
「走ってはなりませんぞ」と注意され、ルルはおとなしく頭をさげる。失礼がないようにしなければ。
関係者以外立ち入り禁止と書かれた張り紙のドアを潜ると外に出た。
聖堂の陰に隠れるようにして、石造りの建物と先ほど見かけた尖塔がある。建物の方は聖堂関係者の居住区らしく、スカプラリオやトゥニカを着用した人たちが頻繁に出入りをしていた。
「この者の部屋と着衣を用意せねばなりませんな……」
司祭がため息をついてお供に目配せした。お供のふたりは承知したとばかりに方々に散っていく。
「まずは聖女に会っていただこう。本人の了承を得られなければ、世話係など勤まりませんからな」
(えっ、これから聖女様に!!)
口元に両手を添えて、騒がないように気をつける。
(こんなにすぐにお会いできるとは!)
採用してもらって早々、聖女と対面できるとは想像していなかった。世話係といっても、聖堂の下働きが主な仕事だと思い込んでいたからだ。
(厚待遇じゃない。でも、どうしよう…… 私、きっと、汗くさいわ)
袖に鼻をくっつけ、クンクンにおってみる。大丈夫なような、そうじゃないような。脚力自慢するために、早足と小走りでここまで来たことが悔やまれる。なんて、バカなことを考えたのだろう。いっそ、数時間前の自分を殴りたい。
司祭がポケットから鍵の束を取り出した。輪っかにたくさんの鍵がついている。その中から、鍵をひとつ選ぶと尖塔に近づいた。
(……ん?)
尖塔の重厚なドアの鍵穴に、選んだ鍵を差し込む。
(まさか、まさかでしょ!?)
司祭は先ほど『聖女に会っていただこう』と言った。まさか、この塔に聖女がいるということなのだろうか。
驚愕の視線を向けるルルに、司祭は穏やかな笑みを浮かべる。
「聖女は常々、人々のために祈っておられます。しかし、自身の祈りだけでは、世の中のすべてを救うことはできません。よって当代の聖女は考えました。天に召された歴代の聖女たちの力を少しでもお借りしようと、歴代の聖女たちの近くで、高い所で祈っておるのです。そして誰も邪魔などされぬよう、こうしてわたくしが鍵をかけておるのです」
「な、なるほどぉ……」
(奇跡を起こす聖女様は、凡人には考えつかないようなことをなさる……)
「司祭様……」
お供のふたりが戻ってきた。手にはそれぞれ荷物を持っている。寝具にホウキ、服もある。
「貴女は聖女の世話係。呼ばれたらすぐに駆けつけられるようこの塔で生活を送りなさい」
「私もですか?」
司祭は当然、という表情で頷いた。せめててっぺんだけは勘弁して欲しい。
重厚なドアの向こう側は、ひんやりとした空気に包まれていた。なかに足を一歩踏み入れると、カツンと足音が響く。見上げると上へ上へとのびていく螺旋階段が続いており、ふとめまいが押し寄せた。
「貴女には聖女とわたくしどもの連絡係もしていただきたいので、部屋は一階にしましょう」
司祭は出入り口から近いドアの前に立つと、再び鍵を選んでドアを開けた。
部屋は簡素な造りで、備えつけのベッドと文机しかない。明かりとりの窓には鉄格子がはめられ、さながら囚人になったような気分だ。
「先に掃除をしたいでしょうが、まずは聖女の元へ参ります。さあ、着替えを渡してあげてください」
「着替えてからで良いのですか?」
「ニオイが気になるのでしょ?」
(見られてた!)
ルルは顔を真っ赤にしてうつむいた。恥ずかしくて、ここから消えてしまいたい。
「ここの鍵を渡しておきます。この部屋は内側からも鍵をかけれますので、休む時にかけなさい」
「ありがとうございます」
司祭はいろいろ配慮してくれたようだ。
(とにかく、早く着替えなきゃ!)
埃の上に物を置くのは躊躇われるが、着替えが終わるまで部屋の外で待つという司祭を長々と立たせているわけにはいかない。
ルルは、ふうっと息を吹き掛けただけの机に持ってきてもらった物を置くと、さっそく着替えた。身だしなみを確認しようと、手荷物から鏡を取り出す。
ルルに用意された服は、長袖の黒いワンピースだった。丈は動きやすさを重視して膝よりちょっと下くらい。それとワンピースと同色のウィンプルも準備されていた。ルルの髪の毛は聖女と同じ色と長さをしているので、ウィンプルの裾から微かに見える髪の毛が聖女とお揃いのようで心が躍る。
「似合うかも!」
自分の姿に自画自賛し、ルルは部屋のドアを開けると部屋の外に待たせていた司祭にお礼を伝えた。
「これくらい良いのです。貴女は無給で聖女にご奉仕するのですから」
(あ、やっぱり無給なんだ……)
自分で提案したとはいえ、やっぱり無給はちょっとと言えないルルだった。