真の悪役令嬢になります!⑭
(やられた!)
誰がどうみてもアビゲイルがアンジェラの部屋に入り込み、ドレスを物色した挙げ句、取り合いになったドレスを破いたように見える。
「酷いわ、お姉さま……」
ルルはアンジェラの泣き崩れる姿に熟練の技を感じる。
(なるほど、そうくるのね。迂闊だったわ)
手に残ったドレスを握り締め、唇を噛み締める。破れたドレスを元通りに直すことは出来ない。この状況も。だが、無理にでも手を打たなければ、アンジェラの思う壺だ。
(アンジェラに招待されたことをアピールしておいて良かった)
破れたドレスを抱き締めたまま、ルルも膝から崩れ落ちる。
「……酷い、酷いわ。ドレスをこんなにしてしまうだなんて…」
顔をあげて、アンジェラをキッと睨み付けた。
「気に入らないからって投げつけて、終いには破くだなんて、最低な人間がすることよ! そもそも私のなのに……」
ルルはアンジェラを睨み付けたまま、唇を振るわせ、涙を頬に伝わせる。
「何をおっしゃってるの!? お姉さまが勝手に部屋に入り込んで私のドレスを奪おうとしたのではありませんか! 止めて欲しいと頼んだら、わたしを突き飛ばしたではありませんか!」
涙ながらに訴えたアンジェラは、同意を得るために使用人たちへ視線を向ける。
使用人たちは戸惑いを隠せない。状況だけみれば、アンジェラの言うことの方に真実味がある。だが、
「アビゲイル様はアンジェラ様のお部屋を知らないはずでございますよ」
野次馬と化した使用人たちの間から、侍女が前に出た。
オードリーだ。
「アンジェラ様、あなたご自身でアビゲイル様を自室へお招きしましたよね?」
「何をおっしゃるの!? お姉さまの侍女だから、お姉さまを守ろうとすることは素晴らしいことですけど、ウソをつくなんてよくないわ」
「いいえ、わたくしだけではございませんよ。アンジェラ様つきの侍女クラリスもここに」
オードリーの隣に歩み出た侍女は、昨日、エントランスでアンジェラの隣にいた者だ。
「アンジェラ様、わたくし見ておりました。アビゲイル様がアンジェラ様のお部屋はどこにあるのとアンジェラ様に問いかけながら歩いている姿を」
「これで、アビゲイル様がアンジェラ様のお部屋に『勝手に入った』という疑惑は晴れましたね。アビゲイル様、だから今夜も見張りをつけますと言いましたのに……」
ルルはオードリーの視線に堪えきれず目を伏せる。
「今夜はひとりでも大丈夫だと思ったの。サイラス様との婚約も決まったことだし、もう嫌がらせなんてされないと」
「ウソよ! ウソ!! お姉さまはわたしにサイラス様を奪われたと激怒され、わたしに嫌がらせを…… 見てください。これらのドレスはすべてサイラス様にいただいたもの……」
オードリーがアンジェラつきの侍女クラリスに目配せをする。
クラリスは落ちているドレスをひとつひとつ拾い上げ、「間違いありません」と報告した。
「おかしいですね……。ラッセル家の方には火種となりえるものを持ち込まないよう忠告しておいたはずですが」
低音の声がアンジェラの部屋に響く。部屋の前にいた使用人たち全員が背後に振り返った。
スッと歩み出てきたのは、ウィリアムの執務室にいた執事だ。
「それから、オードリー。あなたに与えられた仕事をしておきましたよ。アビゲイル様名義で仕立てたドレスの請求書の日付と装飾内容、事細かに書き移した物がこちらです」
執事からオードリーの手に紙の束が渡される。
オードリーはそれらに目を通すとため息をついて読み上げた。
「シンクのドレス、ウエストにレースで出来た黒のリボンを追加。ラベンダー色のドレス、スカート部分にレースを五枚追加。ブルーのドレス、襟ぐりにビジューを追加……。どうですか?」
「これら注文通りのドレスです……」
クラリスは顔色を悪くさせ、カタカタと震える。
「これらがラッセル家からだと言うのなら、キャンベル家に請求書がまわってくるのはおかしなこと。ラッセル家に罪を問わなくてはなりませんね」
執事が冷ややかな目でアンジェラを見下ろしている。
アンジェラはだんまりを決め込んで、微動だにしない。
(今夜はここまでかしら……)
ルルはオードリーに助けを求めた。
「オードリー、私、疲れたわ……。みなさんもこんな夜中にごめんなさい」
使用人たちは、それぞれ顔を見合わせると「いいえ」と答えた。
「アビゲイル様」
オードリーは流れるような仕草でルルから破れたドレスを引き取ると、そのままルルを立ち上がらせた。優しい声音で、お部屋に戻りましょうと伝える。
「クラリス、ドレスは証拠品として預かるように。それから休んでいた者は自室へ、仕事を抜けてきた者は速やかに持ち場へ戻りなさい」
執事の言葉でみなが動き出す。ルルもオードリーに連れられ部屋に戻ると、ベッドに押し込められた。
「どうして戻ってきたの?」
「口では『平気』だ『大丈夫』だとおっしゃってますが、お顔が不安だと物語っておりましたので」
つまり、むやみやたらにへにゃりと下がる眉のお陰らしい。
「助かったわ」
本当に、本気で。
やはり有能な侍女は、小娘の言葉を簡単には信用しないのだ。
「アンジェラはまた会いにくるかしら?」
「いえ、今夜は来ないでしょう。向こうにも見張りをつける手筈になりましたから」
「そう」
「ええ、安心しておやすみください」
「ありがとう」
ルルはすっと目を閉じた。
灯りが落とされ、人の気配がなくなった。
カチカチと時計の秒針音だけが聞こえる。
ルルはパッと目を開け、ベッドから滑り降りた。
文机の灯りをつけ、引き出しからメモを一枚取り出す。
「やられたらやり返すのがモットーだから」
ルルは悪い顔でニヤリと笑った。




