真の悪役令嬢になります!⑬
その日の夜、穏やかな空気が漂う中で、ルルはある行動に移そうと考えていた。
きっと、今夜、アンジェラは部屋にやってくる。アビゲイルとして屋敷に戻ってきた初日の夜中に突撃し、宣戦布告をしてくるくらい神経が図太いのだ。ルルのこれからのために思い知らせてやらねば。
「……本当に良いのですか?」
「ええ」
ルルはこくんと頷いた。
困った顔をするオードリーに対し、大丈夫だと笑ってみせる。だが、へにゃりと下がる眉のせいで、余計不安が募るらしい。
「では、下がらせていただきますね」
「お疲れ様でした」
オードリーも夜間ドアの前で見張りに立つ予定だったルイも、自室へと戻っていく。ルルはふたりの姿を見送って、気合いを入れ直した。
罠は張った。あとは掛かるのを待てばいい。
パジャマの袖口から伸びるほっそりとした手首をぶらぶらと揺らし、足首もしっかり回して柔軟させておく。時計はとっくに日をまたいでいて、いつもなら夢の中にいる時間だ。ガウンを羽織ったままベッドの上に座り、目を閉じて、耳を澄ませる。
部屋のドアがノックされた。
「お姉さま、起きていらっしゃいますか?」
「ええ、起きてるわよ」
息を整え、目を開く。
ベッドから降り、ドアを開けるとワンピース姿のアンジェラが現れて、ルルはにっこり微笑んだ。
「もう休まれるところでしたか?」
「そのつもりだったけど、緊張して眠れなかったから平気。会いに来てくれて嬉しいわ。昨日、あなたのことを妹だというのに怖がったりしたでしょ? だから謝りたかったの。ごめんなさい」
「気にしていませんわ」
「本当に? ありがとう。それからサイラス様との婚約おめでとう! 両方言えて嬉しいわ」
親しみを込めて、アンジェラの手を握る。アンジェラはその手を振り払うことなく、言葉に悲しみを滲ませた。
「……そんな、お姉さま。無理をなさらないで。お姉さまはサイラス様に好意を持っていたではありませんか。こんなことになってしまうだなんて、わたし、申し訳なくて……」
アンジェラは首を横に振りながら、嘆いてみせる。だが、ルルはあっけらかんとしている。
「あら、いいのよ。私、サイラス様のこと覚えてないんですもの。好意も何もないので安心して?」
「そんなウソつかなくて良いんです。わたし、昨夜、言いましたよね? 記憶喪失だなんて思っておりませんからと。本当のところどうなのかしら?」
アンジェラから向けられる憐れみを込めた瞳が、疑いの眼差しへと変化した。
うーん、と眉間にシワを寄せ、首を傾けたルルは、床に視線を落としながら答える。
「私も記憶を失っているだなんてウソであって欲しかったんだけど、残念ながらそうではないみたい。まったく覚えていないのよ。場所も人も。悲しいことにね。ひとつひとつに思い出が込められてあるはずなのに、触れても思い出せない。悔しくて、寂しいわ」
ゆっくり、ゆっくりまぶたを閉じて開く。二度、三度繰り返すと目に涙が浮かびあがった。それを指で拭い、笑顔を作ってみせる。
「だけど、それどころじゃないのよ! 私に新しい婚約者が出来たの。フィリップ・アレン様という方らしいんだけど、お父様に『婚約破棄は許さない』って脅されちゃって。結婚できるように頑張らなくちゃいけないんだけど、どうすればいいのか、まったくわからなくて。明日、お会いすることになっているんだけど、何かアドバイスとかないかしら?」
あえてフィリップの名前を出してみたが、アンジェラは何てことのない顔をしている。か弱い女性を演じてはいるが、弱みを見せる気はないらしい。
「どちらでお会いするのですか?」
「この屋敷よ」
「でしたら、お庭を散歩したらよろしいですわ。ちょうどお花が見頃ですし、フィリップ様も喜ぶと思いますわ。そうだ! 我が家の花壇は白や薄紅色の花が多いと思いませんこと? 結果的にサイラス様をとってしまったわけですし、謝罪としてお姉さまの瞳の色と同じドレスをお貸ししようと思いますの。きっと映えることでしょう。今から取りに行きましょう」
有無を言わさず、背中を押される形でアンジェラの部屋に行くことになった。
(何を仕掛けてくるつもりかしら……)
アンジェラの部屋は謂わば敵地である。彼女に有利な場所で上手く立ち回ることが出来るのか、ルルの心音が速まる。
「アンジェラのお部屋ってどこにあるの?」
「お姉さま、もう夜も遅いのですから静かになさらないと。こっちですわ」
アンジェラの部屋は階段を挟んで東側にあった。
ドアを開けられ、どうぞと招かれる。
部屋のなかは、白を基調とした家具でまとめられており、薄桃色のクッションやカーテンが年相応の女の子らしさを醸し出していた。
アンジェラはクローゼットを開け放ち、立たせたままのルルにドレスを当てていく。クローゼットから出しては当て、出しては当て。アンジェラの手によって、アビゲイルに似合わないと決めつけられたドレスは、床へ無造作に投げられていく。
「あー、やっぱりこれかしら?」
先に言っていたであろう、サファイア色のドレスを持ち出し、差し出した。
「どうぞ!」
思わず受け取ってしまったのは盲点だった。
「きゃーっ!」とアンジェラは叫び、ドレスを引っ張った。
もともと切れ目が入れてあったのだろう。無惨にもドレスがビリビリと破れ、アンジェラ自身は床に倒れる。
「いかがされました!」
部屋のドアがバンと大きな音を立てて開いた。ドアの向こう側から複数の使用人たちが部屋のなかを見ていた。




