真の悪役令嬢になります!⑪
「私って、サイラス様でしたっけ? その方と結婚する予定なんですよね?」
侍女たちがルルからそっと目を逸らした。アビゲイルとではなく、アンジェラとサイラスの仲が深まっているからであろう。
「それって破棄出来ないんですか? 私には以前の記憶もないですし、結婚するまでに記憶が戻るとは限らない。あちらにも迷惑がかかってしまいますよね?」
「そうは言いましても、これは家同士が決めたものでございますから、簡単に取り消すことは出来ないものなのでございます」
オードリーが丁寧に答えてくれる。
互いの家に利益が出るようにだとか、結びつきを強くしたいだとか、いろいろ説明してくれたが、ルルにとってはどうでもいいこと。
それでもというのなら、
「家同士の関係を築くためなら、私ではなくてアンジェラでも良いですよね? その方が丸く収まると思いませんか? 幸いというか私、サイラス様のことをぜんぜん覚えてないんで、ふたりのこと、断然応援できます!」
両手で拳を握り、へにゃりと眉を下げて笑ってみせる。
みんな気の毒そうな表情に変わった。
(私が家を出るんじゃなくて、アンジェラを追い出せば簡単な話じゃない? 私はここでの生活を手に入れられるし、アンジェラはサイラスとやらと一緒になれる。一石二鳥じゃない!)
「相手を簡単に代えるのも醜聞が良くございません。双方で話し合いを行いませんと」
「言い考えだと思うんだけど……。どうしたら話し合いをしてもらえるかしら?」
「まずはご当主に相談、ですかね?」
「ご当主っていうと?」
「アビゲイル様のお父上であらせますウィリアム様でございます」
「そっかぁ。じゃあ、その方に言ってみるわ。ウィリアム様でしたっけ? どこにいます?」
思いきりの良さがルルの持ち味。しかし、アビゲイルはそうではなかったようだ。みな、戸惑いを隠せずにいる。ほとんどの侍女たちが待ちに待っていた場面の目撃者になれるチャンスだというのに、案内役に立候補してくれる者がいない。
ムムッと唇を尖らせたルルは、ジェシカに白羽の矢を立てた。監視すると言っていたのだから、ウィリアムとやらに『婚約破棄』についてしっかり伝えたところを見て欲しい。
「行きましょ!」
ルルは浮かれ気分でジェシカの背中を押した。ジェシカはすごく嫌そうな顔をしていて、自分には荷が重いと動きたがらない。
その時だ。パンパンと手を叩く音がして、背中を押すのを止めると、オードリーがハッキリした声で言った。
「ここでの出来事について、箝口令を敷きます。みなさん、わかりましたね?」
侍女たちはもちろん、仕立て屋も「はい」と頷く。同意を確認したオードリーはルルを真っ直ぐに見つめた。
「アビゲイル様。ウィリアム様にはアビゲイル様からお話があるようだと耳に入れておきます。それからお声がかかると思われますので、今の話はその時に」
オードリーの目礼に、簡単な問題ではないと示唆していた。これでは「わかりました」と答えるしかない。
(院長室とか、司祭様の部屋に突撃! みたいな感じにはいかないものなのね? 面倒くさい……)
ルルは仕方なく、ドレスを選ぶことにした。アンジェラをお嫁に行かせるとしても、それまでに堪えられなかったら家を出るつもりだ。その時用に華美ではないドレスを数点選ぶ。もっと華やかな物をと勧められても、自分にはこれで十分すぎるくらいだと断りをいれた。
(疲れたぁー)
ベッドに飛び込んだルルは、手足をバタバタさせた。
キャンベルの屋敷に来てまだ二日目だというのに、ドタバタし続けている。
(記憶喪失って一応病気なんだから、ゆっくり静養させるとかあってもいいと思うんだけど)
そこまで考えて、医者がきたら面倒かと思いとどまる。
(でも、お医者を呼ばないだなんて、スチュアートの言う通りアビゲイルは両親に愛されていなかったのかしら?)
ごろんと寝返りをうって、窓の外を眺める。真っ青な空に小さな雲がぷかりぷかりと浮いていた。慌ただしい日常とは別世界のものに感じる。
(別世界か……)
すべてが嫌になったからアビゲイルは家を出たのだろう。幸せを求めて。悲惨な運命が待ち構えているとは知らずに。
「アンジェラ様、オードリーです」
ドアノックと共に聞こえた声で、ルルはベッドから起き上がった。返事をし、手櫛で髪を整える。
部屋に入ってきたオードリーが一礼する。
「ウィリアム様がお話をする時間をつくってくれました。これから、ウィリアム様の執務室へ向かいます」
「あ、はい」
ルルはベッドから滑りおり、スカートのシワを伸ばした。オードリーもルルの襟を直してくれる。
「ありがとう」
「いいえ。ウィリアム様にはアビゲイル様が家出をした経緯と、記憶喪失であることを話させていただいております」
「家出をした経緯?」
「ええ、侍女たちが仕事放棄していたことや陰湿な悪口などを叩いていた件ですね」
「そう……。何か罰でも与えられるのかしら?」
「それに関しては追々でございますね」
「じゃあ、あなたも監督責任として問われるの?」
「そこは、アビゲイル様がお気に病むところではありませんよ」
努めて明るく答えるオードリーに、ルルは侍女長が気の毒になった。アビゲイルに嫌がらせひとつしていない。気づいた時点で改善するよう手をうってくれた。なのに……。
ため息をついたルルにオードリーは忠告する。
「アビゲイル様も叱られてしまうかもしれませんよ? 記憶がないとはいえ、侍女たちに見下されていたようなものですから」
「えぇーっ!」
「ご自分の考えをしっかり伝えられるよう応援していますからね」
では参りましょうと、ルルはオードリーに連れられて、ウィリアムの執務室へと向かった。




