真の悪役令嬢になります!⑨
部屋につながるドアが開く。
「お嬢様?」
侍女が顔を出した。
ルルはタオルで顔を拭いていたフリをして、目だけをひょっこり出す。「どうかしましたか?」と侍女に問うた。
「物音が聞こえましたので」
「うるさくして、ごめんなさい」
ルルはへにゃりと眉を下げて謝罪する。
「ちょっと怖い夢を見て……」
侍女はルルが汗だくなことに気がついた。
「ただいま着替えをご用意いたしますね」
「あ、ありがとうございます」
侍女が浴室から出ていくのを見送って、ルルは洗面台に手をついた。なんとか誤魔化せた。だが、ここからが正念場。今すぐにこれからのことを考えなくてはならない。
(走って逃げる? でも、この格好じゃ……)
真っ黒なワンピース姿の時も目立つのではないかと心配したが、パジャマ姿もまた目立ってしまう。
(どうしよう?)
顔をあげると鏡には再びアビゲイルが映っていた。驚きのあまり二度見する。
(え……、どういうこと!? さっきまで、口だけ以前の私だったわよね?)
確かめるように唇に触れる。すると唇が白い光で包まれ、光が消えた頃にはまた以前のルルのものへと変わっていた。
(もしかして、元に戻す力?)
それならば、腕や脚が治ったことに説明がつく。顔はアビゲイルを思い浮かべながら力を使った。無意識の内に整える力を加減したのだろう。
(女の子の怪我が治らなかったのは、治癒を試みたからかも? いろいろと試してみたいところだけど、今はアビゲイルになっておかないと)
指先でみたび唇を撫で、アビゲイルに戻れと念じると、呼び掛けに応えるように白い光が唇を包む。ルルの見た目がアビゲイルに戻った。鏡に映る自分を見て、思わずにんまりしてしまう。
「お待たせいたしました」
着替えを抱え戻ってきた侍女に、お湯で汗を流すことを勧められ、ルルは入浴することにした。
「やっぱりお風呂って気持ちいいわ」
孤児院でも聖堂でも、お湯をたっぷり使って入浴することはなかった。濡らした布で身体を拭くか、せいぜいタライにお湯を張り、そのなかで身体を洗って終わりだった。
真っ白な泡がたっぷりのバスタブから脚を出し、脚よ、怪我した時に戻れと念じてみる。
「おおっ!」
脚が自然にはあり得ない方向に曲がった。痛みはない。
「なるほど、なるほど。私の力は元に戻す力なのね」
確信を得たルルは、これから先のことを考えることにした。
(お金になりそうな物はなかったし、アクセサリーをねだって買ってもらうのは何か違う。アンジェラはなんか怖いし……。何も手に入らなかったけど、うまいこと屋敷を脱け出して、この力を使った当たり屋家業でも始めようかしら?)
翌朝、上半身がすっぽり映る鏡の前で、ルルは船を漕いでいた。
入浴中、何度も元に戻す力を使い続け、試していたのと、考えた事に夢中になっていたからである。
「お嬢様」
しょぼしょぼする目を開くと、鏡に少し困ったような顔のルイが映りこむ。仕事が進まないみたいだ。ルルは眠い目をこすりながら「ごめんなさい」とあくびした。
「昨夜は眠れませんでしたか?」
「ん…………」
頭を撫でられるように髪が梳かされて心地良い。再びまぶたが落ちそうになっていると「ないっ!!」という大声が聞こえた。
「どうしたの?」
鏡のなかのルイがブラシを手にしたまま振り返っている。
「ないのよ! アクセサリーがひとつも」
「そんなわけ」
ルイがケースを持ったジェシカの元へ歩いていくのが見える。
「泥棒かしら?」
ふたりがウンウン唸っている。
ルルはそんなふたりをおぼろげに眺め、アビゲイルが持ち出したとは思わないのかしらと首を傾げた。
ルルにとって、アクセサリーを持ち出した犯人が泥棒でもアビゲイル本人でもどうでもいいこと。ないものはない、のである。はじめからなかった物にとやかく言うつもりはない。
「アビゲイル様、いかがなさいましょう?」
「アクセサリーを身につけなくていいかってこと? それともアクセサリーがなくなったって報告をあげること?」
ルルの頭のなかに、司祭が『報・連・相はしっかりと』と口をすっぱくして言っていた姿が見える。
(聖女様のこともちゃんと伝えたのに……)
ルルはムスッとする。
「報告はしておいた方がいいとは思う」
「そうですよね」
ふたりの声が遠くで聞こえる。
(あの時のアビゲイルって……)
記憶を遡る。
あの日、夕日を背負ったアビゲイルは、ちょっと上品なワンピースを着ていただけのような気がする。
「アクセサリーって身につけていたかしら?」
(でも、身につけてなかったのは、はじめに家出の軍資金として売ったからかもしれないなぁ……。ん?)
鏡のなかでは、青ざめた顔のふたりが頭を付き合わせて戸惑っている。そういえば、アビゲイル様はパーティーに行く時もアクセサリー類を身につけていらっしゃらなかった。クローゼットにあるドレスも一昔前のデザインしかない。食事もお腹がすごくすいているという割にぜんぜん食べれていなかった、と。それに、
「家出中に痩せられたのかと思いましたが、あまりにも胸のサイズがっ!!」
ルルは後頭部をおもいっきり殴られたような気がして、目が冴えた。
(着替えを手伝ってくれた時に憐れんだ目をしてたのは、ドレスの着方まで忘れてしまったのかと思われたからではなくて、胸がなくなったことにだったのね……。どうりで、胸のまわりにだけタオルが巻かれたはずよ……)
新しいドレスを用意してもらいましょうと相談するふたりに、ルルは完全同意した。




