真の悪役令嬢になります!⑧
疲れているはずなのに寝つけない。ベッドの上でゴロゴロと転がっていたルルは、一度枕を直そうと身体を起こした。
ふかふかのマットに軽くて暖かい掛布。今まで触れたことのないツルツルした生地のパジャマを着せられて、ゆっくり休めと言われても眠れないのが現実。世に言う、快眠に適した品物を取り揃えられても、使い心地に慣れていなければ逆効果だ。
(目、冴えちゃったな……)
部屋に慣れないのもある。調度品は落ち着いた物で取り揃えてあるが、部屋の広さが聖堂で与えられた個室の五つ分ほどあって、そわそわしてしまう。
耳を澄ましてみても、どこまでも静寂に包まれている。たまに部屋の外から、ペラリとなにかをめくる音が聞こえてくることだけが、生きている証のような気がした。
(そうだわ! お金、お金!)
生きていくためにはお金が必要だと思い出したルルは、ベッドからそおっと抜け出した。月明かりを頼りに裸足のまま、チェストに忍び寄る。息を飲んで、ゆっくり引き出しを開ければ、ジュエリーケースが顔を出した。引き出しとケースがぶつからないようにケースを取り出す。辺りを気にしながら、慎重に留め金を外し、蓋をそっと開けた。
「えっ……」
中身がないことに声が出てしまう。両手で口を押さえ、耳を澄ます。ペラリ、部屋の外で待機している侍女には聞こえなかったようだ。ホッと息を吐くものの、ルルはすぐに渋い顔をした。ほかの引き出しにも開けてみたが金目の物などない。
アビゲイルが家出をする時に持ち出したのであろうか。
うーん、と悩んだルルは部屋のなかを見回した。
(ん?)
ドアの向こうからひそひそ話が聞こえる。気になったルルは忍び足でドアに近づくと、耳をドアに押しつけた。微かに話し声が聞こえる。
(話し方からアンジェラのようね。アビゲイルに虐められていたっていう割には、案外、神経が図太いみたい)
時計はまだ日を跨いでいない。
近いうちに接触してくるだろうとは思っていたが、こんなにも早いとは。神経を疑いたくなる。
――近づいて駄目なのはわかっています。けれど、この目でお姉さまの姿を確認しないと心配で眠れないのよ……
(へぇー。つまり、今から部屋に乗り込んで来るってわけね)
部屋の前に待機している侍女が止めてくれればいいが、今夜担当してくれている侍女は、アビゲイル付きになったあの三人ではない。オードリーが聞き取り調査をしたお陰で、侍女たちが気を引き締め直したばかりだとしても、アンジェラの言葉に簡単に絆されてしまうだろう。
ルルはベッドに潜り込み、目をつぶった。呼吸を大きく、ゆっくりにし、眠っているように見せかける。
間もなく、キィと慎重にドアを開ける音が聞こえた。思いの外、音が大きく出て慌てているのだろう。まごついている雰囲気が漂ってくる。きっと明日には気を利かせて、蝶番に油を差しに来てくれることだろう。
さくっさくっと毛足の短いカーペットを歩く音が近づいてきた。それと同時に、甘ったるい匂いが鼻をかすめる。嗅ぎ慣れない匂いに鼻がムズムズして、思わず掛布を鼻先まで引き上げてしまった。突き刺さるような視線を感じる。顔をまじまじと見られているらしい。
「よく眠っているわ」
「アンジェラ様、お早くなさってください……」
「わかっています。あなたはドアの前に戻っていて」
無音の時間。見ていなくてもわかる。あの侍女、アンジェラの言う通りに持ち場に戻ったな、と。ルルは苛立たしい気持ちで、目を強くつぶった。
「ねぇ……。起きているんじゃなくて?」
(無視だ、無視)
「まぁ、よろしいですけど。わたくし、お姉さまが本当に記憶喪失だなんて思っていませんことよ。覚えてらしてね」
すうっと気配が薄れていく。
ドアが閉まる音がして、部屋の前が静かになった。
がばりと、ルルは勢いよく起き上がる。
(こわっ! 貴族、冗談抜きで怖いんですけど!?)
無意識の内に呼吸を止めていたのだろう。はあはあと肩で息をし、首元を拭う。手の甲が汗でベタついた。ツルツルとした着心地の良いはずのパジャマも、肌にくっついて気持ちが悪い。
(宣戦布告しにくるだなんて、長居は無用ね……)
売り払ってお金にしようとしていた貴金属は見つからないし、しばらくご厄介になろうとも思っていたが、アンジェラの行動が思いの外早く、命の危険すら感じる。
(くわばら、くわばら……)
ルルはベッドからおりると、汗を拭くタオルを取りに浴室に入った。タオルを水に濡らし、身体を拭く。
触らぬ神に祟りなしとは言うけれど、やられっぱなしは性にあわない。逃げるにしても、この顔では再び連れ戻されてしまう。
ルルは鏡を覗き込んだ。
面倒な顔と思いつつも、この顔は気に入っている。奥二重だった目はくっきりとした二重になったし、鼻筋も通っている。
(唇だけ薄っぺらなままにしてたら、似てるけど違うなってなったかも)
手のひらで口元を隠して、想像してみる。
「アリかも? 口だけでも元に戻ればいいのに……」
はあっ、と投げやりに手と視線を落とす。落とした先の手が微かに光っている。ルルは目を見開いて鏡をもう一度見つめた。
「唇だけ戻ってる……」
鏡のなかには、先ほどルルが想像していた顔の自分がいる。
「ウソでしょ!? ウソよね!?」
鏡に両手を押しつけ、目を皿のようにする。今、ここで変化がみられたということは、聖女カルリアの神聖力が尽きてきたということなのだろうか。でも、でも、と別の説を考える。
(彼女の力は治すことにあったはず……。だから、治った物が元の姿に戻るということはないはずよ!)
そうだ、そうだと思いたい。
ルルは思いつく限りの方法を試そうと考えた。とはいえ、先ほどと同様にすることしか思いつかない。
「アビゲイルお嬢様?」
侍女の声だ。部屋の外に漏れだしてしまうほど、騒がしくしてしまったのかもしれない。
(まずい、まずいわ!)
ルルは、駄目元で手のひらで口元を隠し『元に戻れ』と念じた。




