真の悪役令嬢になります!⑦
四人に囲まれた状態で屋敷の前まで戻ってきたルルは、エントランスに立ったままのアンジェラを見つけた。一悶着した後なので、それなりに時間が経っているはずなのだが、心配そうな表情を浮かべて立っている。
(本心かどうなのかはわからないけど、こういう姿をみたらアンジェラの言うことがすべて本当だと思っちゃうわね)
ならば、とルルは駄目押しとばかりにわざと怯えたように身を縮ませる。
アンジェラとその場で待機していた侍女たちの反応はそれぞれで、蔑んだ目で見てくる者もいれば、戸惑いを隠せずに狼狽える者もいる。しかし、アンジェラは周りの反応に動じることなく、心配している表情を崩しはしない。
(ボロは出さないつもりなのね……)
アンジェラが近づいて来ようとするが、オードリーとほかの三人がそれを止めた。
(完璧な布陣ね。上手くいきすぎて怖いくらいだわ……)
アンジェラと目が合った。怯えたように目を伏せてみせる。それを見たアンジェラが嘆いた。
「わたくしはお姉さまに恨みなど持っておりません。ですが、聖女様はお姉さまのこれまでの行いを許さず、罰をお与えになられてしまわれたのですね。記憶を失ってしまうなんて……。お可哀想なお姉さま」
(自分が聖女様のつもりなのかしら? 随分、独りよがりな発言ね)
ルルたちに敢えて近づこうとする者はいない。要人警護よろしく連れられた部屋はアビゲイルの自室だった。ルルは室内を見回して、大きく目を見開く。
「素敵……。落ち着いた雰囲気の素敵なお部屋だわ。こんな素晴らしい部屋が私の? とてもじゃないけど信じられないわ。本当に私のお部屋だったの?」
「そうでございます」
「夢みたい」
感動するルルに微笑んでいたオードリーの顔が、何かに気がつき、一瞬にして険しいものとなった。手近なテーブルに指を滑らせ、埃をチェックする。隣ではオードリーに睨まれたふたりが気まずそうに下を向いた。
「アビゲイル様、大変申し訳ありません。侍女たちが仕事を疎かにしていたようです。今すぐにリネンの交換とテーブルまわりを。あとは、時間も時間ですので明日ということでご了承ください」
「あら? これくらいの埃、全然平気なのに。気を遣ってくれてありがとう」
ルルの言葉を待って、ルイとジェシカがぱたぱたと動き出す。オードリーはその姿を横目で確認し、浴室へ続くドアを開けた。そして、がっくりと頭を下げる。ルルがオードリーの背後から少し見ただけでも落胆した声が出た。水あかの付着した壁、水が抜かれたままの浴槽、溶けかけた石けん。不潔の部類に入る有り様だ。
「身体を清めて、ゆっくりとお過ごしいただこうと思いましたが……」
オードリーの地を這うような声がルルのお腹に響く。
(バカな侍女たちね。仕事を放棄していたのバレバレじゃない)
「いいの。ここに来る前に宿屋でお湯を借りることが出来たし、一日に二度もだなんて贅沢が過ぎてしまうもの」
へにゃりと眉を下げて微笑むと、オードリーにも効果覿面だったのか、ルルの手をとると、甲にキスをした。
「わたくしめの不在が理由になるとは思っておりません。よって侍女たちに再教育を施し、アビゲイル様に真摯に仕えるように致します。これまでの侍女たちの無礼をお許しください」
(見張りは欲しいけど、側で動きまわられると落ち着かないのよね……。部屋のことはいいから、アンジェラが近づいてこないようにだけして欲しいんだけど)
「大丈夫よ。お掃除道具さえあれば、自分で出来るし。ほら、埃を落とすのは高いところからなんでしょ?」
ルルの言葉にオードリーの顔が青ざめていく。
「そういうわけには参りません」
「でも、忙しいでしょ?」
「何をおっしゃいます。キャンベル家の皆様に快適に過ごしていただけるよう整えるのが侍女たちの仕事。そして、それらを取り仕切るのがわたくしめの役目なのでございます。このような状態の部屋を作り出すなど、あってはならないのです」
(仕事に忠実なのね……。四、五日でいいから寝ずの番をしてって頼んだら、普通に『承知しました』って言いそう……)
「ところで、お掃除の仕方について詳しいのでございますね?」
「ええ。本で読んだことがあって」
「本? どのような経緯で読まれたのです」
「だって効率的にしないと終わらな……」
ハッとしてルルは口元を両手で押さえた。が、時すでに遅しとはこういうこと。
「そうでございましたか。アビゲイル様がご不在になる前から仕事を放棄していたわけでございますね」
(余計なこと言ったかもって思ったけど、スチュアートが『これまで通りアビゲイルに関わる仕事を拒否する』って言ってたからきっと事実だし。……っていうか、私も余計な一言が多いかも……。尻尾を出さないように気を付けなくちゃ)
ルルは眉尻を下げて、落ち着かない様子をオードリーに見せつける。困った時は記憶がないことを徹底するに越したことはない。
「ごめんなさい。記憶がないから仕事を放棄していたか訊かれても覚えてないの……」
「そうでした」
オードリーが顔面に手を当て嘆いている。自分が不在の間、どのような仕事をしていたのか聞き取り調査をするのかもしれない。侍女たちのアンジェラ贔屓がどのように改善されていくのか、オードリーの手腕に期待するとしよう。
ドアがとんとんとノックされた。そちらを見るとワゴン台を押してルイが部屋に入ってきた。今にもヨダレがこぼれ落ちてきそうな美味しい匂いが部屋のなかに広がる。
「アビゲイル様のお食事になります。今日はお疲れのようですので部屋に運ばせていただきました」
ルイの気遣いなのか、オードリーの指示なのか。ルルにとってはどちらでも良い。
「ありがとう! すごくお腹がすいてたから嬉しいわ。しかも、こんなにたくさんの量や種類を運んできてもらえるのは、はじめてだわ」
「……初めて?」
「うん、はじめて……」
ルルは再びの失言に気がついた。孤児院ではパンとスープのふたつがあればごちそうだった。聖堂ではそのふたつと、ちょっとしたデザートがつけば、大いに満足出来るものだった。だが、今、目の前にはそれ以上のメニューが並んでいるのだ。
オードリーの目が鋭くなっていく。
ルルは心のなかで失言を謝りながらも『スチュアートがこれまで通り仕事を拒否するって言ってたし……』といいわけを思い浮かべていた。




