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真の悪役令嬢になります!⑥

 キャンベルの屋敷にたどり着いたのはもうすぐ日が暮れようとする頃だった。

 馬車の中ですっかり打ち解けあったスチュアートの手を借りて馬車から降りると、早速アンジェラが待ち構えていた。

 サファイア色の大きな瞳に涙をため、心配を装っている。そんな彼女の脇には侍女が数人控えており、侍女たちは頭を下げながらも、こちらを睨んでいた。


(うわぁーっ、侍女たちからの素敵な嫌われっぷり。で、あれがアンジェラね。キャンベル家の血筋なのかしら? アビゲイルと瞳や髪の色がそっくり。私もアビゲイルの色と似ていたから、不義の娘として乗り込むことが出来たかもね。やらないけど)


 バカな考えはさておき、ハンカチを握り締め、足を踏み出すタイミングを見計らっているアンジェラを見つめる。


 ルルは先手必勝とばかりにスチュアートの背後に隠れた。


「ねぇ、スチュアート。あの人、誰? 怖いわ……」


 小刻みに震え、振り返ったスチュアートを見上げる。治癒に失敗し、へにゃりと下がるようになった眉をスチュアートに見せつければ、スチュアートは「大丈夫ですよ。あの方がアンジェラ様です」と掴まる手に手を添える。


「だから、やめとけって言ったじゃないっすか」


 馬車のドアを閉めた御者がスチュアートを窘める。


「だが、貴族としての心得は知っておきませんと……」

「でも、こんなに怯えちゃ意味ないっすよ!」


 うっと息を飲み込んだスチュアートの代わりに御者が、アンジェラに伝える。


「アビゲイル様は記憶喪失なんで、なーんにも覚えてないんすよー。誰のことも、作法や礼儀も。なっ、アビゲイル様」


 御者がこちらにウインクして見せたので、こくこくと頷いておく。


「そんな……」と近づこうとしたアンジェラに待ったをかけたのも御者だった。


「近づいたらダメっすよ。スチュアートさんが『貴族はこういうものだぞ』って教えたら怖がっちゃって」

 

 下手したらクビにされてしまう行動よ、とルルは呆れ返る。だが小者な盾でもふたつになれば、それなりに防御力が高まるというものだ。実際、ルルの計画通りに進んでいる。

 アビゲイルが記憶喪失だとみんなの意識に植えつけること、アンジェラに極力近づかない近づけない理由を知ってもらうことのふたつだ。

 

(彼の前で、貴族が怖い存在だと思い込んでいるフリをして正解だったわ)


 ふたつめの小者な盾となった御者とは、途中でとった休憩中に仲良くなった。捕まった際に殴りつけたのは、人攫いに遭いそうになった時の恐怖心からだったと切々に訴えれば「そいつは仕方ねー」と受け入れた。ついでに、貴族について教わったことを怖がる素振りを見せながら、本当かどうか確かめるようなことをしたら、こちらも上手く嵌まってくれた。


 御者に止められて踏みとどまっていたアンジェラが動き出す。


「お姉さま。わたくしは恐ろしくなどありませんよ? それに怖いからといって異性にしがみつくような真似をしてはいけませんのよ」

「そうなの?」


 スチュアートを再び見上げれば「そうでございますよ」と答えた。


「さぁ、こちらへ」


 アンジェラが手を差し出したが、ルルは首を横に振り続ける。絶対に嫌だという意思表示だ。

 そんなアビゲイルの行動に侍女たちは顔を見合せ、戸惑っている。

 しがみつく手に力を入れたルルは瞳に涙を浮かべる。


「スチュアート、家に帰りたいわ……」

「アビゲイル様、ここがあなた様の家なのですよ」

「でも……」


 伺うようにしてアンジェラ、及び、侍女たちを流し見る。再びスチュアートの背中に隠れた後、いち、にの、さん、のタイミングでアンジェラたちがいない方に向かって駆け出した。


「お、おねえさま!?」

「アビゲイル様!」


 スチュアートは反応出来ず、御者と数人の侍女がルルに連られ走り出す。


「どうして逃げるのですか!?」


 ルルはちらりと背後を伺った。


(御者と侍女がいち、に、遅れているのも含めて三人か。まぁ、良い方ね)


 アンジェラたちと距離がとれたところで、御者の男に手首を掴まれた。観念したように、膝から崩れ落ちる。


「なんで逃げたんすか!?」

「だって! あの人、世にも恐ろしい形相で睨んでくるんですもの……」


 そう答えれば、侍女たちが顔を見合せる。足の遅い侍女も加わったところでルルは、守備を固める一手を投じる。


「私、あの人に意地悪していたんでしょ? きっと報復するために私を連れ戻したのよ……」


 眉間にシワを寄せ、侍女たちが苛立ちをぶつける。

 

「お言葉ですが、アンジェラ様はアビゲイル様の身を心配なさって……」

「そんなのウソ! だって……」


 ルルは爪を噛むようにして指先を唇に押し当てると目を泳がせる。

 侍女は口を閉ざし、御者は落ち着けとばかりに、ルルの背中を擦る。


「言わなきゃわかんないっすよ」

「だって、だってね……。きっと私があの人を虐めていたってウソなの。ちょっとだけ思い出したの。誰もいないところで、私が大事にしてた物を目の前で壊して。私が『やめて』って言ったら嬉しそうに笑ったの」


 自身の肩を抱き締め、ぶるぶると震える。この状況を重くみたのか侍女がひとり、手を挙げた。


「もしかしたら『フラッシュバック』というものかもしれません」

「フラッシュバック?」


 侍女がこくりと頷く。


「本で得た知識なのですが、恐ろしい体験が、後になってからも突然鮮明に思い出し、恐怖心が煽られるというものでございます。アビゲイル様の症状はそれに似ているかと……」

「何を言ってるの!! こんなのウソに決まっているじゃない! アンジェラ様がアビゲイル様を虐めていたみたいに言わないでくれる!?」

「わたくしは、そのようなものがあるということをお伝えしたかっただけで……」

「いえ、あなたのはアンジェラ様を貶めようとする発言よ!」


 ふたりの侍女が言い合いを始める。御者ともうひとりの侍女はその様子をしばらく静観していたが、御者もそっと片手を挙げた。


「今、現在アビゲイル様は記憶がない。なんにも知らない無垢な状態だ。それでこの怖がりよう。打算して出来るもんじゃねーと俺は思う」


(打算でーす)


 ルルはちろりと舌を出す。

 収拾がつかないと思ったのか、黙っていた侍女がパンパンと手を叩いた。


「どちらにせよ、お二方を近づけるわけにはいかないでしょう。わたくしがアビゲイル様のお世話につきます。最低でもあとひとり、相談して決めなさい」

「侍女長、わたしめがアビゲイル様につきます」

「ほら、やっぱり裏切りよ!」

「違うわ! みんなアンジェラ様につきたがるからよ」

「本当かしら? 侍女長、わたくしめもアビゲイル様つきにしてください。監視して本心を引き出してやるんだから!」


 侍女長はため息を吐く。


「あなたたち、仕事は好き嫌いでするものではありません。まったく、いつの間にこんなことになってしまったのかしら……」


 どうやら侍女長が不在の間に、アンジェラ派が出来たようだ。


「では、アビゲイル様。あなた様つきとなるのは、我々となりますので。右から、ルイ、ジェシカ、そしてわたくしオードリーでございます。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、お願いいたします」


(ルイ、ジェシカ、オードリーね。絶対にアンジェラを私に近づけないでよ。期待しているわ!)


 ルルは怯えたフリをしながら頭をさげ、にんまりと微笑んだ。

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