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真の悪役令嬢になります!④

「よろしいですか!? アンジェラ様はあなたの妹であり、あなたと違って、心優しく、美しく、清らかなお方なのです! ご理解いただけましたか?」

「え、ええ……」


(あなたがそのアンジェラとやらに心酔していることもわかったわ……)


 宿屋を出た後、屋敷へ向かう馬車のなかでは老紳士の力説が響き渡っていた。

 記憶喪失と勘違いしてくれたお陰で、ルルの知らない事情を聞くことが出来ている。だが、内容のほとんどがアンジェラへの賛辞。さすがに毎日では聞き飽きた。ルルはでかけたアクビをあふっと噛み殺す。


「そういう態度!」

「あ、すみません!」


 反射的に謝ってしまったが、一応、アビゲイルは老紳士の主人である男の娘であり、敬う存在であるはず。けっして、手を叩き落としたり、不躾な視線を送ったりしてはいけない相手なのに不遜な態度をとり続けている。


(アビゲイルは、この人にいったい何をしたのかしら? 恨みを持たれるような()には見えなかったのに……)


「ここからは、あなた様がアンジェラ様に行ってきた嫌がらせをお話しましょう」


 老紳士が大人しく座っているルルを睨み付ける。思い出し笑いのお怒りバージョンだろうか。だいぶご立腹の様子だ。


「数ある中から抜粋致しましょう。でないと、屋敷にたどり着いても、まだまだ話さなければなりませんからね!」


(そんなにあるんだ……)


 ルルはうんざりした。なんでアビゲイルの顔にしてしまったのだろうと後悔する。


 では、と老紳士が喉の調子を整える。


「いいですか? あなた様はアンジェラ様のパーティーへ着ていくドレスを隠したり、わざと飲み物をこぼしてアンジェラ様のドレスを汚したり、アンジェラ様を階段から突き落とすようなことをしたり、よそのお嬢様方にあることないこと吹き込んで、アンジェラ様を孤立するように差し向けたり、最近ではアンジェラお嬢様のご尊顔を平手打ちしたではございませんか!!」


(へぇ……)

  

「あなた様から数々の仕打ちを受けたにも関わらず、アンジェラ様はあなた様を探し出してきて欲しいと! どこかでお困りになられているかもしれないと心配され……。おいたわしや……」


(つまり、アビゲイルはアンジェラを虐めていて、アンジェラ大好きなこのオジさんは、アビゲイルに怒りまくっているってことね。つうか、アンジェラアンジェラ、たりたりたりたり、うるさいわね……)


 ついつい文句を言いたくなる。


「記憶喪失になったからといって、あなた様が心を入れ換えるとは思っていません! よって、わたくしたち使用人一同はアンジェラ様を守るべく、これまで通りあなた様に関わる仕事は拒否させていただきます!」


(つまり、あなたたち使用人はアビゲイルの世話を放棄するってことね。ならば、)


 ルルは大きな瞳をぱちくりさせた。

 そして手を合わせ、眉毛をへにゃりと下げる。


「まぁ、酷い。私はそんな酷いことを妹であるアンジェラにしてきたのね……。ねぇ、あなた、アンジェラのことを守りたいのでしょ? 私は見つからなかったことにしたらいいんじゃないかしら?」

「そういうわけにはいきません! アンジェラ様のご要望にお応えしなければ」

「本当にそれでいいの? あなたたちが見つからなかったって報告してしまえば、アンジェラは信用するでしょう? だってあなたたちを信頼して、私を探すように頼んだんだし」


 しょぼんと落ち込んだフリをして、老紳士の顔を覗き込む。

 

 老紳士は悩んでいるようだ。アビゲイルを連れて戻り、アンジェラの要望を叶えるべきなのか。アビゲイルがいない平穏な生活を守ってあげるべきなのか。心の天秤がグラグラと揺れている。


「見つからなかったって理由で駄目ならば、修道院に入ってたってことにしてしまえばいいんじゃないかしら? 一度入ったら出られないような規律が厳しいところよ。あとは、どこか遠い国へ行ってしまったとか。いろいろ理由をつけることが出来ると思うんだけど?」

「う、うそなどつけません!」

「でも、この世には優しい嘘っていうのがあるのでしょ? アンジェラのためにやってみたらいいんじゃないかしら?」


 老紳士はルルに睨みをきかせた。


「やはり悪魔のような女だ!」


(悪魔ねぇ……。どうしてそんな()が修道院へ行こうとしていたのかしら?)


「私、悪魔なの? アンジェラにしてきたことをまったく覚えていないからこんなことを言えるのかもしれないけど、理由はなんだったのかしら? 私がアンジェラを虐めた理由よ。意味もなく、そんなことしないと思うんだけど……」

「気にくわない、いつもそう申しておりました」

「気にくわない……。なんでかしら?」


 老紳士は顎を撫で始めた。視点を馬車の天井に定め、記憶をたどっているようだ。


「アンジェラはとってもイイ子なのでしょ? そんな子を気にくわないだなんて理由がなければ意地悪だなんてしないと思うの」

「だから、じゃないでしょうか。アビゲイル様と違ってアンジェラ様は、ご主人様にも奥様にもたいへん可愛がられておられますから」

「あら? ならどうして、私は可愛がってもらえないのかしら?」

「知りませんよ、そんなこと」

「おかしいわね。使用人っていうのは、雇い主の気持ちを察して動くものではないの?」

「使用人は、与えられた仕事をするのみです」

「そうなの? ならどうして、アンジェラの気持ちを察してあなたたちは行動しているの? ねぇ、どうして?」


 老紳士はムムッと唇を真一文字に引き締めた。

 ルルは悪意ひとつない純粋な瞳で老紳士を見つめる。


「我々の雇い主はウィリアム様ただひとり。ウィリアム様の命令しかききません」

「ならどうして、アンジェラの要望を聞いて私を探しにきたの?」

「しつこいですね!! 我々はアンジェラ様をお慕いしているのです。その方の願いを叶えるのに何か理由が必要でございますか!?」

「そう。あなたたちのそういった安易な行動が、記憶を失くす前の私の行動を助長させていたのね」 

 

 老紳士は目を見開いた。意味がわからないって顔だ。


「だってそうでしょ? アンジェラと私は姉妹。同じ立場であるはずなのに、一方は嫌われ、もう一方は愛されているのですもの。最初は小さな嫉妬心だったと思うの。それがアンジェラを守らなくてはならないほどの憎悪となったとならば、あなたたちが育てたと言って過言ではないわ」

「ですが、あなたはあの屋敷で嫌われる存在!」

「嫌われている存在だから、仕事を放棄していいってわけ?」


 ルルは老紳士の狼狽えぶりがおかしくて、くすくすと笑いたくなった。


(この人たち短絡的なのよ。悪者には何をしても許されるみたいなところがあるんですもの。軽率で行き当たりばったりな私に言いくるめられるだなんて、たいしたことないのね。そりゃそうよ。アビゲイルを探すなんて仕事を雇い主の娘であるアンジェラにお願いされて動いているんですもの。屋敷に関わる仕事をしなくても別に困りはしない人材なのね。御愁傷様)


 ルルはこの男たちが心酔しているアンジェラの存在が気になった。それに先立つものがない。屋敷に招いてくれるのならば、記憶を失ったアビゲイルになりきり、将来への資金を蓄えるのも手である。


「私、今がチャンスだと思うの」


(私にとってね!)

 

「私、アンジェラを虐めていた理由がまったくわからない純粋で無垢な状態でしょ? あなたたちが私をアンジェラと同じように接していけばアンジェラに怒りの矛先が向かわなくなると思うの。アンジェラが私を探して連れ帰って欲しいという願いを叶えたくて、それでいてアンジェラの平穏な生活を守ってあげたいというのなら、それがベストではないかしら?」

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