聖女のお世話係になります!①
町の中央にある広場は多くの人たちでごった返していた。急ごしらえで作られた舞台の最前列を争うようにひしめあきっている。
「なぁ、本物だと思うか?」
「さぁ」
みな一様に興味を抱いているのは、神聖力を持つという聖女の存在だ。その聖女が、今から、目の前の舞台で怪我人の治療を行うという。
「本物なら大したものだ」
人々は口々に言う。どうせ今回も偽者だと。力が使えたとしても微々たるものだろうと。
「おい、誰か出てきたぞ」
壇上する人影にみなが息を飲んだ。とうとう聖女の登場かと期待したが、治療される怪我人のようだ。窶れた身体を包帯でぐるぐる巻きにし、あたかも重傷を負っている体で、付き添い人の肩に寄り添いながら、舞台の中央へふらふらしながら向かっている。
「アイツが治してもらうやつなのか?」
「おい、本当に怪我しているか包帯をほどけ!」
ヤジが飛ぶ。
怪我人も付添人も周囲の声など全く聞こえてないかのように、その場に座り込んだ。まもなくして、身綺麗な格好をした男が現れた。スカプラリオを着用し、首から聖女の祈りの像をモチーフとしたネックレスをぶら下げている。どうやら司祭のようだ。小太りで、肌がツヤツヤしていて、怪我人とは真逆の風貌である。
シャン、と鈴の音がして舞台にのぼる人影が見えた。今度こそ聖女のようだ。現れたのは身体の線が細い女性で、ほかの聖堂に仕える者が着用するトゥニカの色が黒に対し、彼女のトゥニカは白だ。同色のウィンプルの裾からプラチナ色の長い髪の毛が見える。大きな瞳は慈愛に満ちていて、世の苦しみのすべて受け止めているかのように悲痛な微笑みを浮かべている。
聖女は怪我人の前で膝をつき、両手を組んで祈りを捧げる。するとまばゆい光が辺り一面を覆った。青とも白とも言える聖なる光。誰もがその眩しさに目を押さえ、顔をそむける。
一瞬ともとれる僅かな時間。
光が収まると、舞台中央で座っていた怪我人に変化がみられた。腕を上げ下げしたかと思うと、包帯を自身でほどき出す。付添人も手伝って包帯を身体から取り除き終えると、怪我人は目を見開き、立ち上がってその場で跳び跳ねた。
「スゴイ! 完治している…… もう駄目だと思っていたのに……」
元、怪我人は膝から崩れ落ちて泣き出した。聖女の手を取り、何度もお礼を告げている。
嘘か本当か幻か。
怪我の具合はみていないが、明らかに辛そうだったのは誰もが心の中で感じ取っていた。
力は本物なのか。
一連の出来事にみなが呆然とする中、舞台の端で様子を見ていた司祭が中央に進み出た。「あー、あー」と声量を確かめる。
「みなさま、ご覧になりましたか? これが聖女の起こす奇跡でございます。聖女が祈ればこの通り、怪我はもちろん医師がさじを投げた病でさえも完治することが出来ます。しかしこれだけで驚いてはなりません! 聖女は不可能と思える事も可能としてしまう未知なる力があるのです。ここにいる聖女はまだまだ修行の身。今はまだ怪我人と病人の治療しか出来ません。みなさま、この聖女を唯一無二の完璧な聖女にしませんか!」
どこからか「おおっ」と賛同の声が飛ぶ。
最前列の観衆もそれぞれ顔を合わせると、周りの声に合わせて「おおっ」と叫んだ。
「ありがとうございます」
司祭は機嫌良く、聖女とほかのふたりを伴って舞台を降りた。
解散とばかりに人々が散り散りになると、最後まで舞台を眺めていたルルは大きな瞳を輝かせて言った。
「すごかったわね!」
「どうせ金集めだろ?」
ルルと一緒に聖女の奇跡を見ていたペーターはぶっきらぼうに答える。相変わらず辛辣な幼なじみにルルは口を尖らせた。
「なんて事を言うの!」
「本当のことさ」
ペーターは舞台を背中にして歩きだした。ルルも追い掛けるようにして歩きだす。
「そんなことばかり言ってると『もしも』の時に助けてもらえないんだからね!」
「何を言ってるんだ。ああいうのは大金を積まないと相手にしてもらえないものなんだ。うちにそんな金、あると思うか?」
ルルは言葉を詰まらせた。ペーターの家はドアや窓などを製作する建具屋だ。時折工場を覗かせてもらうが、とてもはやっているようにはみえない。職人もペーターの父と兄しかおらず、家計を助けるためにペーターの母親と姉は食堂の給仕として働いている。もし、ペーターの言葉が本当なら、聖女の奇跡など二度と目にすることはないだろう。
「決めた!」
「なにを?」
ルルはペーターを追い越して振り返る。そして、ニコニコとペーターに笑いかけた。
「私、聖女様のお世話係になるわ!」
「はあっ?」
ペーターは顔をひきつらせた。
「お前に無理だろう」
「そんなことわからないじゃない!」
「だってお前、小さい子の世話もまともに出来やしないじゃないか……」
「そんなこと……」
……あった。
ルルは孤児院でたくさんの子供たちと一緒に暮らしている。ルルはその中でも最年長で、小さな子たちの模範となるべきなのだが、思い立ったが吉日というか、短絡的というのか、興味や面白そうと思ったら何も考えずに行動を起こすのでよく失敗する。先日も、子供たちをおとなしく寝付かせなければならないところ、いつも同じではつまらないだろうと子守り歌にまつわる怖い話を創作して聞かせたら、夜泣きが増えて寝不足になった。ほかにも洗濯と幼い子の世話が同時に出来たら楽ではないかと、洗濯物を浸けた石鹸水の桶に幼い子を入れた。洗濯物はもちろんボロボロになったし、幼い子は石鹸水を飲みそうになって大変だった。
そんないただけない武勇伝は、町で大きく広まっている。もうすぐ孤児院からひとり立ちしなければならないというのに、その話のせいでまだ仕事が決まらない。
「マジでやめておけよ」
やめておけと言われて、黙って聞き入れるルルではない。
「いいえ、なるわ! 私、立派なお世話係になるから!」
ビシッとペーターに指を突きつけてルルは宣言した。
「そして将来聖女様の奇跡が必要な時は、私というコネを使わせてあげるわ!」
「いや、本当に怪しいから……」
「絶対になるからーっ!」
ルルはこれ以上反対されてなるものかと、ペーターの前から走り去った。