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8.逸出

「シアンくん。君の推理は良い線を突いていた。

実際、指定した位置を分割する魔法というのは間違っていない」


 白い仮面と体格の分からない分厚い服を着た“まほうつかい”は淡々と語る。

()に降ろした手刀をそのままに構えながら。


「感心したのも本当だ。

実際、この街でそこまで“自分で考えて”、“自分なりの結論を出したのは”この長い年月で君しかいない」


 しかし、と続く。

その声色は場違いに優しく、情景にさえ目を瞑れば、教え子を指導する教師のようにさえ思える。


「しかし、結論を急いで決めつけるのは君の悪い癖だね」


 シアンの腕は、肩から()に切断されていた。

実際は咄嗟に体をズらした為か完全には切断されきってはいない……のだが、皮一枚のみで繋がってるそれが限界を迎えるのは時間の問題でしかない。


 地面に倒れてボロ切れのような服を赤く染めていく男の姿が、断面から大きさを失っていくようであった。


「……すまん。思ったよりも時間を稼げなかった」


「こ、こんな時に何を言ってるんですかッ!

早く離脱します!とりあえず前と同じ場所へ離脱しますよ! 」


 対照的な二人の声色。 


 ティーアは焦りからか双眸を何度も閉じては開き、倒れたシアンを改めて抱き抱える。


 肩口からは崩れた廃墟の壁材のようなツンと鼻につく臭いのする液体が流れ出し、それが外へと出ていく度に腕の中の重みが減っていくように感じられた。

 

 ティーアは震える手を何とか抑え込む。

酷く頼りなくブレる手が、背負い込むのを何度も失敗する。


「いや_____


 そんな危機的状況下でありながらも


そんな事より(・・・・・・)、“まほうつかい”さんが現れた地点は特定できたのか?」


「え?……えっ? 」


「早く答えてくれ。寒くなってきて敵わない」


「え、と……天蓋の上部、上部から来ていました……が」


 シアンの目は死んでいなかった。


 片方が割れたゴーグルから覗く目は、地に倒れながらも自分の腕などでは無く、1枚の天蓋に覆われた空を射殺さんばかりに見上げている。

残った右腕は強く天上を指し示す。

 

「じゃあ、あそこまでジャンプ出来るか? 」


「え、あ、その、マスターはすぐにでも処置しなければ危険、危険な状況、でして」


「気にするな。寧ろ未知の感覚で良い気分だ」


 痛覚など感じさせない(てい)で、いや実際に感じてなどいないのだろう真っ直ぐな瞳。


 ティーアは自身の常識がおかしいのかと脳内のデータを再確認するが、やはり“エラー”が頭の中に鳴り響く。

『こんな人間は知らない』との注釈も添えて。


「あぁ……これは凄いぞ。

自分の体温が、命が、少しずつ流れていく。

頭が冷えてやけに冷静なのに、鼓動が鳴り止まなくて胸が熱いのは一体何なんだ?

気になる……気になる事だらけだが……」


 シアンの息は荒いが、それは死への恐怖のせいでは無いことを、その場にいる二人に突きつける。

空元気というにも不気味な、裂けるような笑顔をしながら。


「俺は今、生きているんだ!

ハハハッ!俺はこの瞬間、天蓋の中で当たり前のように日々を飼い殺すゴミじゃなくなった事を証明している! 」


 動く事の少なかった表情筋が、裂けるのではという程に釣り上がる。

無くなりかけて動かない腕をイメージの中だけでも大きく広げる。


 痛みよりも恐怖よりも、脳から溢れる快楽物質がその全てを押さえつけてシアンを支配していた。


 誰よりも生に執着していたからこそ、誰よりも生を感じる感覚に乏しかった彼なりの、捻じ曲がりすぎた自己表現がそこに書き出されていく。


「……シアン君はもしかすると、僕たち(・・・)よりも人間味が無いかもしれないね」


 “まほうつかい”の声色に……針を落とした音のように僅かにだが……初めて困惑の色が混じった。

しかし、それでも足取りに迷いは無く、ゆっくりと2人の元へ歩を進める。


 確実に罪人を処刑する為に。


「どうした?早くしてくれ。

どっちにしろこんな天蓋の中じゃ満足に治療も出来ないんだ。

どうせ死ぬなら、天蓋の外へ続く可能性を求めた方がいいと思わないのか? 」


「〜〜〜〜〜ッ!分かりました!分かりましたよ!行けばいいんでしょ行けばぁッ! 」


 ティーアは炎の魔法を足元に展開する。

彼女の内側に隠された水のタンクが脚部へと注水を行い、それは熱によって蒸発していく。


シアンを抱えたまま膝を曲げて限界まで屈み、運動エネルギーを爆発させる土壌とする。


「少し遅いかな」


「そうでも無いと俺は思うが」


 シアンが“何か”を投げつけると、魔法の位置を定める為に出された“まほうつかい”の手が大きくブレる。

だが当然、手と同じ位置に常に置かれた“何か”は真っ二つに割れてしまう。


 どうやら魔法のタイミングをズラされ、前と同じように逃げられてしまう事を確信しつつも、“まほうつかい”は投げらつけられて地面に落ちた“何か”を睥睨(へいげい)した。


「シアン君。やっぱり君、ちょっとおかしいよ」


 それは千切れかけていた筈の腕だった、


 _____直後、中心街に響く爆発音。


 ティーアの屈伸運動から放たれた跳躍は、瞬く間に天蓋の上部、彼女が目視した、“まほうつかい”が降ってきた場所と同じ場所へと一瞬で辿り着く。


 残された水蒸気と炎が、封天街の気温を上げていた。


 それをしばらく“まほうつかい”は見上げて、やがて一度頷くと踵を返す。


「まぁ残念ながら、君が望むようなものは見つからないと思うけどね」


 罪人を2度も逃したにも関わらず、“まろうつかい”は散歩でもするかのような足取りでその場を後にするのだった。

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