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3.天蓋のルール

 シアンの住処は住居と言えるほど上等なものでは無く、辺りの廃墟よりも幾分損傷が激しい壊れた家屋だ。

壁の殆どが倒壊しており、屋根は完全に崩れ落ちており吹き抜けとなっている。

天蓋(てんがい)が太陽と風を妨げる封天街において、吹き抜けがどれほどの価値があるかは議論の余地があるが。


「えっ……?私、騙されてスクラップ置き場に連れてこられました?連れてきましたよね? 」


「綺麗な廃墟は大体、腕っぷしが強かったり群れてる奴らに取られてるんだよ悪かったな」


 背丈ほどの瓦礫を机にして本を置き、シアンはティーアを手頃な廃材へと腰掛けさせる。

瓦礫の断面は凹凸(おうとつ)が激しいが、それで怪我をして文句を言えるほどシアンは優雅な暮らしをしていない。


「つまりマスターは一人寂しく暮らしてるわけですね!暮らしているわけでした!」


「……アイツらが、本の良さどころか本がどんなものかも分からないのに、気味悪がって避けるのが悪いんだ。俺は悪くない」


 来て早々無礼千万な態度を取るティーアに対し、シアンは舌打ち。

相手に聞こえない程度の声量で悪態をつく。


「というか、先程からやけに暗いなーとは思ってましたけど、もしやこの街って、その、色々と“終わって”ます?終わってそうですよね? 」


「ご覧の通り」


 二人は完全に崩れた壁から街を見渡す。


 距離も密度もまばらに設置された街灯は、道を照らすには不十分な光でぼんやりと光り、封天街(ふうてんがい)に住む人々が持つ電気ランプの光は魂魄のように闇の中を彷徨っている。


ある意味では幻想的な光景かもしれないが、実際のところは見渡す限り廃墟である為、それは成仏しきれなかった者たちが彷徨う墓場のようだ。


「で、お前の事なんだけど」


「ティーアとお呼びください!ティーアと呼ぶ事を推奨します! 」


「お前、結局何者なの? 」


「名前……はまぁいいでしょう。この際置いておきましょう」


 おもむろに自分の首辺りを叩き始めるティーア。

すると、軽い金属の反響音が響く。


「見ての通りロボットです。ロボットって確か言いましたよね? 」


「ごめん、そのロボットって言うのがよく分からないんだ」


 成程とティーアは相槌を打つ。


 ティーアもまだこの街の事を全て見たわけでは無かったが、本がどういうものか分からない者たちが暮らす街の住民に、自分の常識だけで話すのは難しいのでは無いかと判断する。


「とは言っても、実は私の記憶……エピソード記憶の方は抜け落ちているんですよね」


「……つまり、知識しか残ってないって事か」


「そういう事になりますね。そういう事です」


「なら、お前はどういう事が出来るのか教えてくれ」


 ティーアは首肯すると、折られた指を質問の度に一本ずつ上げながら話を始める。


「ではその前に幾つか質問をさせていただきます。させていただきますので回答をお願いします。

まず、ロボットについてどのぐらい知っていますか?」


「その単語自体を初めて聞いた」


「では機械についてはご存知ですか? 」


「そこらの電気ランプとかがそうだろ?

“まほうつかい”さんが持ってくる以外は、壊れたものしか廃墟では見つからないが」


「成程……概ね把握しました。えぇ、把握しましたとも!」


 膝を叩き、大仰にシアンを指差す。

その際、足が机代わりの瓦礫に乗って本を消し飛ばしそうになり、シアンに鋭い目つきを飛ばされるが、気にする様子は無い。


「ならばお教えしましょう!

ロボットとは!貴方が言う魔法使いそのものなのです!」


「はぁ」


「いや反応薄いですって!

ほら、もっと大袈裟にひっくり返ってください!そうするべきです!」


「つってもなぁ」


 シアンは配給されたスティック状のレーションを取り出し、齧る。

目の前で言われている事に真面目に耳を傾けている様子は無い。


「いいか?“まほうつかい”ってのはこの街では神様……言葉の使い方あってるよな?まぁ、それみたいなもんなんだ」


「聞いているところ配給しかしていないので、魔法使いというより慈善事業をしてる人にしか聞こえませんが、多分私の想像通りだと思います。予想が外れる気がしません」


「“まほうつかい”さんは、素行の悪い人間を分割しちまうんだよ。

何か道具を使うわけでもなく、気づいたら何分割もされてる。だからみんな怖がってるんだ」


 「お前にそんな事出来んの?」と横目に流しながらシアンはまたレーションをひと齧り。

レーションを食べる手はあまり動いておらず、咀嚼するたびに眉間に皺が寄っている。


「全く同じことは出来ませんが、似たようなことは出来ますよ?出来ますとも! 」


「へぇ」


「まるで相手にされていない!?

悲しい……。えぇ、悲嘆に暮れております」


「そんな事より」


 シアンは石を削るノミのようなものを取り出す。

その眼は今までの話を適当に流していたそれと違い、明らかに輝いている。


 座っている廃材から机越しに少しずつ距離を詰め寄る様子は、まるで獲物を狙う蛇のようだ。


「聞いてる限りロボットっていうのはランプみたいなものなんだな? 」


「結構違いますが、ざっくりと言えばそうです。……そうですが? 」


「解体させてくれ」


「いやァーッ!こ、このマスター、未来のヒロイン候補を殺そうとしてます!殺されてしまいます!? 」


 ティーアは自分の体を両腕で抱きしめつつ、全速力で後退する。

その黄金の眼は潤んでいるが、シアンにとって、自分の事を機械などといった少女(仮)が目をどうやって潤ませるのか疑問で仕方がない。


「どうやって喋ってる?どうやって泣いてる?どうやったらそんな綺麗な発色の青い髪になる?気になって仕方がないんだ」


「ま、待ってください!待って!早まらないで!もし壊れたらこんな貴重な機械をもう一台見つけ出すのは大変でしょう!?大変ですよね!? 」


「それもそうか」


「わぁ、感情の起伏激しすぎてティーアちゃん怖くなってきちゃいました。怖いですね」


 シアンはまるで何事も無かったかのように乗り出していた身を引っ込め、取り出した工具も仕舞う。


 先程まで激しかった呼吸や開きっぱなしだった瞳孔も今は安定したもので、直前までの興奮は幽霊が憑依したせいでは無いかと疑える程だ。


「というか普通、機械とはいえ、人の姿をして人の声を使う可愛い女の子を解体しようと思いませんよ。思えないと思います」


「だってお前、見た事ないからさ」


「話、成立させる気あります?ありませんよね? 」


「どんな構造してるのか分かったら、天蓋の外へ出るのに役立たないかなと思って」


「…………怖いですねぇ。あぁ怖い」


 ティーアは己の頭の中に、自分の主人の情報をまた一つ書き加える。

この人間は、思ったより狂気的な人間なのかもしれないと。


 距離を計りかねた手は、まだ彼の手を取る事は無い。


「ところで、機械って事は動力がいるよな。

(なに)で動いてるんだ? 」


「電気ですね。ですが充電できる設備がこの街に残ってるとは思えないので、人が摂取するような食べ物でも大丈夫です。えぇ大丈夫ですとも」


「……それさ、今から無補給でどれぐらい保つ?」


「大体4日ぐらいでしょうか。えぇ、でしょうね」


シアンは何やら険しい表情で口の端をもごもごと動かす。

何度か言葉を喉で押し留め、腕を組んで唸っている。


「そう言えば、空に蓋をされていては陽が届かず、作物も育てられないと思うのですが……皆さんはどうやって食糧を?食糧を得ていますか?」


「“まほうつかい”さんが外から持ってきてくれる……んだけれど、問題がここなんだ」


「問題?問題とは? 」


「どうやって把握してるのかは分からないが、毎度きっかり、配給に来る人間と同じ量の食料しか持ってこない」


 シアンは瓦礫のテーブルの上に、レーションの入っていた皺だらけの袋を並べる。

そのどれもが、青年であるシアンなら3口もあれば食べ終わる程度のサイズだ。

そしてこれが、シアンの今日一日ぶんの食事である。

 

「俺たちは本に書かれている人たちと違って働いてないから、そこまで量を食べなくて良い。だから配給の量も少ない」


「成程、これでは食料を分け合うのも難しい。難しいですね」


「で、見た目は人間みたいだし、人間って誤魔化すとしても……正確に封天街の住民の数を把握されてるかもしれない」


「この街は見る限り、ほぼスラムみたいなものでしょう?知らない間に子供が産まれていたっておかしく無いのでは?ないと思いますが?」


「なんか子供が産まれると何処からともなく現れて、赤子を連れて行くんだよな」


「それ、この街から人が消えません?消えますよね?」


「ある程度育つと戻ってくる。物心が付いてすぐの辺りかな。

だから、この街の人間は親の顔を誰も知らないよ」


 それが常識であり、子供を産めば一旦預かられるものと決まっている封天街ではそもそも母性本能なるものが薄い事が殆どだ。

娯楽の少ない封天街において性交渉とは快楽を得る為にやる強姦紛いのものを指す事が多い。


「あと、封天街の住民では当たり前に知ってる、“まほうつかい”さん相手へのルールが幾つかあるのが一番難しいところだ」


 シアンは指を3本立てる。

まるで子供に言い聞かせるようにゆっくりと、指を一本ずつ折ってルールを説明していく。


1.“まほうつかい”さんの前で暴力等の他人に危害を与える行為をしてはいけない。

その場で切断されてしまうから。


2.“まほうつかい”さん相手に逆らったり嘘をついてはいけない。

多少なら問題ないが、あまりに度が過ぎれば何処かへ連れ去られてしまうから。


3.“まほうつかい”さんに攻撃してはいけない。

理由を聞き返すバカは、今頃死んでるだろう。


「これでお前の事を聞かれたら、俺は庇えない。

大きな嘘はまず看破されるぐらいに“まほうつかい”さんは鋭いんだ」


「では私が人間と嘘をついて配給に出るのも厳しい……厳しい訳ですか」


 今度はお互い腕を組んでアイデアを寄せ合う。

崩れた廃墟の外壁からは唸り声がそのまま外へ漏れ出ており、二人の声は一向に明るくならない。


「……お前が機能停止するのを待って解体した方が、俺の天蓋脱出の為の研究になるし、楽な上に得なのでは」


「ちょっ、後先考えない刹那的な考えはどうかと私は思います!思いますが!? 」


「分かってる分かってる。冗談だって。

そんな事しないよ」


 ティーアは瓦礫の机から身を乗り出し、シアンの胸ぐらを涙ながらに掴んで振り回すが、当のシアンは頭を揺られながらも声の波を荒立てない。


「この街の人間は天蓋の外へ出るなんて言ったらバカにするけど、お前は笑わなかったしな。可能な限り力になるよ」


「……そんなに、見たいのですか?天蓋の外が? 」


「見るだけじゃない。

歩いて、探索して、俺の知らない世界を見てみたい。

この本の中のような世界を自分の足で踏みしめたいんだ」


 瓦礫の机の脇に置かれた何十冊も積まれた本を撫でながら、シアンはどこか遠い目で語った。

その瞳孔は本の表紙では無く、どこか遠い世界を映しているように濁る。


「その為なら俺はどんな事だってする覚悟がある」


 その目には、封天街の空気をそのまま宿したかのように光が無い。

この街の空の先を目指している少年は、対照的な深淵を覗くような目をしている。


 有無を言わさぬ少年の雰囲気に、ティーアはどうにも二の句が継げなくなっていた。


「ところでお前、その語尾を2回繰り返す喋り方なんなの?」


「えっ、今更ですか?今更なんですか? 」


 そんな事は無かった。

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