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2.コバルトブルーの髪の少女

 シアンにとって、地下というものが初めての経験だ。

天蓋に囲まれ、太陽の届かない封天街は半ば地下のようなものだが、実際に地面の下に潜るという事を知らない。


 未知は恐怖であり、足を(すく)ませる。

だが、それでも好奇心は少年の足を闇の中へと押し出す。

それは怪物の口の中へ、自ら餌になるような感覚をシアンに想起させた。


 シアンは電気ランプを胸の前に掲げ、一歩一歩慎重に階段を下る。

埃っぽい空気が鼻腔を汚し、時おり咳の声が地下へ続く通路に響く。


 そうしてしばらく階段を降り……それでもシアンの眼前には、まだ闇が広がっていた。


「ったく、いつまで続くんだか。

地獄の底にでも通じてるんじゃないのか? 」


 自嘲気味に笑い飛ばすも、その頬には汗が伝っている。


 右も左も壁で横道などは無く、永遠にも思えるほど続く暗黒の閉鎖空間は、一人の少年の時間の感覚を奪い取るのには十分な恐怖を持っている。


 電気ランプが頼りなく自分の足元を照らし続けてどれ程経っただろうか。

そのランプは遂に……障害物(・・・)を照らし出した。


「地下室にまで隠してたのが……瓦礫の山かよ」


 胸の前にあるランプを、次は頭の上へと持ち上げるように掲げ、地下の終着地点に光を灯す。

そこにあるのは、見渡す限りの壊れた機械の山だった。


 地下室は狭く、大人の人間が六人ほど大の字で寝転がればそれだけで床が見えなくなる程の広さだ。


 床を埋めるのは、千切れたワイヤーに割れた液晶、細かな金属片などのスクラップ……この廃墟の街が本来の姿ならいざ知らず、現状の封天街の住民にとっては価値のないものである。


 シアンは大きな溜息と共に床に座り込んだ。


「時間の……無駄だった……」


金属で出来た地下室に慟哭が響いた。


 地下室という未知の空間も、外の瓦礫の山と同じであるならば、シアンからすればそこに浪漫は無い。


 項垂れるのも程々にし、立ち上がって地下室から出ようと踵を返したところで……何かが崩れたような音がシアンの背後から鳴る。


「人の気配は……無かったはずだよな」


 背後は振り返らずに、歩いてきた階段を注視する。

当然分厚い埃が被っており、シアンの足跡以外に何かが通った形跡は無い。


「まさか……魔族……?」


 彼は思い出す。


 封天街にて、本当かどうかも分からない、天蓋というベールに覆い隠されてるからこそ“もしかしたら”の感情を想起させる与太話を。


『配給に来る“まほうつかい”は時折、人を天蓋の外へ連れて行くだろ?

あれは駄目な人間を選んで連れてくらしいんだって』


『天蓋の外には怖い“魔族”がいて、人間を食べちゃうんだって』


『この天蓋は魔族から隠れる為のものらしいけど、もしかしたら天蓋の中にも……』


 シアンはどっと脂汗が流れるのを、何度も何度もボロ切れのような服で拭いて誤魔化す。


 理性では分かっている。

これはあくまで与太話。


 実際に天蓋の中で人間以外の者なんて“まほうつかい”以外に見たなんて話は絶無。

“まほうつかい”が人を連れていくのは本当だが、天蓋の外に何があるかなど誰も知らない。


「……本には何も書いてないのが、良い証拠ってもんだ」


 彼が集めた計64冊の本の内容にも、魔族なんて記述は一つも無かった。


 “まほうつかい”も快く自分の質問に答えてくれて、よくしてくれている。


 だが、もしも(・・・)本当に魔族がいたら?


 もしも(・・・)、“まほうつかい”が悪い人だったら?

  

もしも、もしも、もしも……そんな仮の否定しきれない感情は、どうしても溢れてくる。


 そんな感情の波にさらわれて、彼の取った行動は


「上等ッ! 」


 確かに少年に恐怖はあった。

だが、それ以上に彼をここまで動かしたのは好奇心だ。


 踏み出したのは、逃げ足では無く勇足。

再度照らし出された地下室の一角、その機械の残骸の山を掻き分けて何かが蠢く。

まるで赤子が産声を上げるかのように。


 スクラップが雪崩を起こし、ゴミ山をゴミ山が上書きしていく。

そんな場所へと臆さずシアンは進み、寧ろその分けられたスクラップを大雑把に掻き分けた。


 そして遂に、スクラップの山の中に埋もれていた未知のベールが剥がされる。


「にん、げん……?」


 そこで鎮座していたのは、生物と思えないようなコバルトブルーの長髪を所々癖毛のように跳ねさせている一人の少女だった。


○●


 シアンが地下室で見つけたモノ()は、要素の一つ一つは人間のようだった。


 だがら 、あまりにも混じり気の無い美しすぎるコバルトブルーの長髪と、まるで死人のような生気のない真っ白な肌をランプで照らし出せば、その考えは部屋に舞うホコリのように散ってしまう。


 シアンはどうにもそれを人と思えなかった。


「どちらかというと、人形みたいだ」


 シアンはその肌をなぞる。髪を掬う。

瓦礫ばかりに触れてきた手が、それらの滑らかさに驚いて引っ込む。


 そうして少女の形をした何かを観察していると……それはバネが跳ねるように突然起き上がった。


「状況確認。状況確認。_____不可。

設定確認……主従権削除済み」


「な、なんだ?」


 少女の形をしたモノは飛び起きるやいなや、無機質な言葉を虚空に向かって紡ぎ続ける。

今この場においては単語の羅列以上の意味をもたらさない伝聞を語り続け、やがて開眼を合図に口を閉じた。


 ランプの光を受けて黄金色に煌めく瞳は、やはり人間と呼ぶには不自然なほどに美しい。


「これより所有権移譲にあたり、幾つかの質問を行います」


「……はぁ?」


 喉の奥に小骨が刺さったように歯切れが悪い相槌。

しかし目の前の少女に遠慮する様子は無い。


「問1.貴方の名前を教えてください。」


「……シアンだ」


「問2.貴方はロボットをどのような用途に使用しますか?」


「ろぼっと……って何だ?」


「問3.貴方の好みの異性のタイプを教えてください」


「いきなり踏み込むな?

んー……まぁ、気兼ねなく話せる人とか」


「問4.貴方の__________願いはなんですか?」


「……願い?」


 その質問にシアンは言い淀む。

そして自分の今までの行動を思い出す。


 天蓋という街を覆う暗黒の中で、何を思って宝探しに興じていたのか?

この街で使えない知識を蓄えるのは、廃墟の街を奔走するのには何の意味があったのか?


「……一冊の本を拾うまで、俺はただの封天街の一般人だった。

配給された食料を食っては、真っ黒で何も見えない視界を閉じて変わらない世界で眠る、何も無い奴だった」


 左手に持った、今はまだ読めない本に力が籠る。

それは今まで表に出せなかった感情の流出のように。


「ふと気になって、皆に忌み嫌われてる "まほうつかい”に本の読み方をダメ元で聞いたのが始まりだった。

そこで俺は、“本”という概念と、その中に記された“太陽”の存在を知ったんだ」


 地下室を見上げてもそこには無機質な鉄の天井が広がるだけで、それ以外に何かある訳でも無い。

しかし少年の目は、それよりずっと先を見据えた確固たる意志の眼差し。


「俺は太陽を見たい。いや、それはキッカケで……俺は、天蓋の外を見てみたい!

こんな狭く暗い世界を抜け出して、本の中にあるような明るくて無限の世界を見に行きたい!」


「ふむ」


 全てを込めた熱量に当てられたコバルトブルーの髪の少女は、対照的に落ち着いた相槌を返す。

その黄金色の眼をしばらく泳がせると、もう一度その瞳の煌めきをシアンの瞳孔へ向ける。


「60点といったところでしょうか。

私の所有主としての適性は……まぁ、ギリギリ合格でしょうね。ギリギリ合格です」


 瞬間、彼女の今までの起伏の無い声色に明確に()がついた。


それを皮切りに、今までの作業じみた問答のイメージは何処へやら、その声は弾力を持って放たれる。


「不肖ながら、この私……型番を三番、名をティーア!

貴方をマスターとして認めましょう!ええ、認めますとも!」


「えっ、誰」


「今名乗ったでしょう!?名乗ったはずですよね!? 」


「いや、いきなり別人になったから」


「ロボットというのはこういう物ですのでご容赦ください!ご容赦いただければ幸いです! 」


「だからそのロボットって……いや、なんか長くなりそうだし、俺の住処で色々話さないか? 」


 二人は話し声を地下通路に反響させながら廃墟を後にした。

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