15.天蓋魔境- Ⅱ
“まほうつかい”の手刀が水平に薙ぎ払われる。
同時に廃墟街が真っ二つに倒れていくが、やはりシアンは寸前の所で素早く屈んで魔法を回避していた。
「(……やはり、不意打ちでなければ当たらない。何故……
「何故当たらないと思う?」
まるで思考に割り入るような形で、シアンは“まほうつかい”に指を向ける。
“まほうつかい”は思考を読む魔法とも一瞬勘繰ったが、封天街の住人のデータを全て管理しており、体はロボットである為健忘も無い事から、そのようなデータは無かったと一瞬で結論付け一蹴する。
「俺はさ、“まほうつかい”さん。
天蓋から出る為に必要な事として、まず貴方を倒す事が必須だと最初は思っていたんだ」
「別に、僕への命令に『天蓋からの脱出を阻止しろ』というモノは無いのだけどね」
「当時の俺がそんなの知る訳無いだろ」
「それはそうだ」
お互いに笑い合う。
声の弾みだけを捉えれば和やかな談笑。
しかし、その間にも“まほうつかい”は容赦なく何度も腕を振り、その度に闇に包まれた街が斬り刻まれていく。
それを寸前のところで避けるシアンは、しかし一歩でも回避運動を間違えれば体を失う死線の上で踊っていた。
「で、ずっと観察した訳だよ。
貴方が人間をどう分割するか、逃げた人間をどう追うか、貴方に斬り刻まれた人間はどんな傷跡をしているか……とかな」
「人が死ぬ様を積極的に観察するような常識を教えたつもりは無いけど?」
「それぐらいしかこの街には娯楽が無いもんで」
“まほうつかい”自身が屈みながら腕を薙ぎ払う事で、足首程度の高さと非常に低い位置に魔法を展開するが、シアンはそれを跳躍して回避。
「貴方の魔法は、それほど長く残留しない。
効果が現れるのは殆ど一瞬程度だろう」
「この前、君は同じように油断して左腕を失っている訳だが」
「じゃあこう言おう。
多分、貴方はその魔法をあまり長く持続させたく無いんだ」
「その根拠は?」
「ティーアから聞いたんだが……魔法っていうのは体内に蓄えたエネルギーを消費していくらしい。
電気とか食料とか、そういったものからロボットの体を稼働させる為に取り出してるエネルギーを」
書斎にて、魔法についてより細かい確認をする為にティーアと話していた。
“まほうつかい”の能力に対して自分の予測が一度誤った以上、可能な限り疑問点は潰していこうと考えていたのだ。
結果、ティーアの炎の魔法は燃費が非常に良く、軽く爆発させる程度なら殆どエネルギーを使わないという事が分かっていた。
「ティーアの魔法はとてもエネルギー効率が良い。
その代わり、水を利用しなければ殆ど破壊力を出せないらしいんだ」
「そんな弱点を、わざわざ僕に教えて良かったのかい?」
「問題ない。ここで倒していくからな」
さも当たり前のように言い切るシアンを、さらに激しい分割の魔法の雨が襲う。
だが、やはり糸を縫うような挙動でその全てを回避してのけた。
「そこで考えた。
貴方の魔法は、ティーアの水のように別の要素を必要とするか、エネルギーの消費が非常に大きいんじゃないかとね」
「……」
今度は鳩尾辺り、屈むにも跳躍するにも首か頭部を斬り離されるのでは無いかという位置の魔法を、背中から倒れるように回避していく。
「貴方のその分厚い外套の下がどんな構造になってるかは分からないんで、これ以上は考察出来ないんだけどな」
「だが、それは推理であって魔法を回避出来る理由では無いだろう?」
「あぁ申し訳ない。話が脱線してた。
そっちの方はもっと簡単だよ」
右肩から斜めに手刀が振り下ろされる。
しかしこれも全力で横っ飛びし、地面に倒れ込みながらも避ける。
「貴方の魔法、確かに強いんだが、軌道が単調なんだよ」
「それは、手刀を目印とした直線でしか能力が発動しない事に気づいての事かい?」
「それもあるんだが、何というかな。
こういう言い方を貴方に言うのは正直嫌なんだけど……」
それは、“まほうつかい”が気が遠くなる年月、人間を管理していても気づかない理由だった。
それはシアンという人間だからこそ、すぐに気づいた事だった。
「ティーアもそうだったんだが、ロボットは流暢に話せても、どうやら人間みたいに咄嗟の判断や細かい調整を自力で行うのは無理らしい。“まほうつかい”さんの魔法で言えば、緩急やブラフが一定すぎるんだ」
「僕が、ロボットだから?」
“まほうつかい”は振り下ろす手刀を止める。
未知_____それを確認してみたいと頭の中のコンピュータがそう判断を下したのだ。
「正直、不安な点もあったよ。
俺の腕は、その突然の緩急に切断されたんだからな」
「だが、わざわざこんな事を言う理由はあるのだろう?」
「あぁ。よく考えれば、あの時に言った言葉は何か変だった」
手刀を作り、当時の再現のようにシアンはそれを真っ直ぐ頭頂から振り下ろす。
「『前方注意だ』だっけか?」
「それが?」
「ずっと観察してたから分かるんだが、貴方は基本的に湾曲した言葉を使わない。
直接的な物言いをする傾向がある」
人差し指を残して指が畳まれ、手刀は目の前の相手を指し示す形へと変わる。
それは“まほうつかい”では無く、厳密にはその後ろを向くように指されていた。
「その言葉と、普段は横方向にしか切断の魔法を見せないようにしていたのは、多分“まほうつかい”さんのマスター?とやらの影響だ」
「……っ」
「初めて動揺したか?
だったら、やっと勝負の土俵に上がれたみたいで嬉しいよ」
その事実を、言葉にせずに“まほうつかい”は飲み込む。
それを認める事で得るメリットが無いからだ。
その代わりに、目の前の人間への……否、敵への、最大級の厳戒態勢を敷く。
「君が僕の魔法を上手く回避する術があるのは分かった。
しかし、君に僕を倒す或いは逃げる手段はあるのかな?」
「どうだと思う?今度はそっちが推理する番だぜ?」
“まほうつかい”も、度重なるシアンの回避行動をただ眺めているだけでは無かった。
かといって、奇策がある訳では無い。
“まほうつかい”は機械だ。
学習する機能はあれど、勘というモノは存在しない。
今からある程度は魔法の撃ち方を修正できるが、やはり組み込まれた思考ルーチンが一定のパターンを出力してしまう。
そして、シアンがこれを勘で読み取る事で回避が噛み合っている事も分かっていた。
故に、確定した情報を集めていた。
シアンの服装はボロ切れのような外套のみ。
そこに何かを隠すスペースは無く、回避の際に様々な角度で体を振り回していたのを観察して、何か怪しいものを仕込んでる様子がない事も把握している。
シアンは人間の柔らかい体だ。
全身が完全に機械部品の体に蹴りや殴打だけで致命傷を与えるのは難しいだろう。
栄養不足と太陽に当たらない事が相まった体は貧相で、よりその難易度を上げている。
「(やはり時間稼ぎが目的か?なら一体その理由は……?)」
お互いに足を踏み出さない硬直状態。
実際は“まほうつかい”が何度か魔法を放つ事でシアンの体力と気力を消費させているように、盤面を動かす権利は殆ど“まほうつかい”が握っている。
指定した範囲を分割する魔法。
当たれば必殺の魔法だ。
直線にしか位置を指定できない上、エネルギー効率も悪いが、現在の力関係は執行人とギロチンにかけられる人間のように絶対的。
この1対1で覆る事は無い。
「(なら、僕に致命傷を与えられるのはあのロボット……ティーアという事になる)」
“まほうつかい”はティーアの魔法を2度見ている。
1度目は地上の逃走。2度目は上空への逃走。
そのどれもが、一瞬で視界から消えるほどの爆発力だった。
それが攻撃に転じられれば、どれ程の破壊力を生むか……それが分からない事は無い。
「(つまり警戒すべきは、目の前のシアン君では無い)」
「そろそろ考え事は終わった……かッ!?」
息を整えたシアンが、自分から“まほうつかい”に向けて走り出す。
距離は殆ど離れていない。
全力の走力は、容易く“まほうつかい”の眼前までシアンを送り届ける。
“まほうつかい”はシアンでは無くティーアを警戒するべく廃墟街を見渡していた為、咄嗟の対応が遅れるが焦らずに手刀を構えようと腕を振りかぶる。
「(何を考えているかは分からないが、彼に僕にとっての有効打は無い。ここは我慢比べを_____
そう考えた矢先だった。
“まほうつかい”は、自分の腹部に高温の反応と破損を感知する。
「なッ!?」
「警戒すべきはティーアで俺じゃ無い……アンタならそう考えると思ったよ!」
即座に飛び退き、“まほうつかい”は自身の腹部を確認する。
そこには、服が焼け焦げた跡が残っていた。
少し遅れてシアンの方向を確認する。
するとそこに立っているのは
「俺一人じゃ打開策が無い。ティーアだけじゃすぐに真っ二つになる。
なら、俺とティーアが協力すれば良い」
「…………君は本当に、何度も僕を驚かせてくれるね!」
残った右手に炎を纏い、暗闇の封天街を照らす篝火となった男がそこに立っていた。




