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14.天蓋魔境-Ⅰ

 実のところ、2人は“まほうつかい”の居場所に検討がついている訳では無い。


 “まほうつかい”からすれば、「封天街の中にいなければ手出しする必要も無い」と自らルールの抜け穴を作って、手出しを辞めている状況だ。

早急に逃げてしまった方が身の安全は確保できる上、何かアクションをするにしても、もっと別の準備をしてからゆっくり向かうでも良い。


 更に言えば、“まほうつかい”は書斎にあるものを全て把握しており、封天街からの出口も全て知っている。


 相手のロボットの魔法を使うための燃料がもう少ない事を確認している以上、侵入に使ったロープを切ってあとは逃げていればそれだけで相手はガス欠になる。


 結局はシアンたちの自己満足の為の、合理性も正当性も無い行動。それが彼の恩返し。


 分からない。かもしれない。意味が無い。

ないない尽くしの作戦とも言えない無謀は、しかし実際に始まろうとしている。


 作戦決行前、街の中心部は何人もの住民達が

顔を出して口々に好きな事を話している。

いつもなら実際の音量以上に煩わしく感じた雑踏も、今のシアンの耳には全く届いていなかった。


 結局二人が寄り道したのは、元のシアンの住処に足を踏み入れただけだった。


「やっぱり、ここなら来ると思ったよ」


「……全く、理解に苦しむね。

君たちがここに来る理由は無かったと思うけど」


 封天街の中心部。そこに仁王立ちしていれば、待ち人はすぐにやってきた。

白い仮面に体格を隠すように纏われた服。

“まほうつかい”その人である。


「理由ならあるさ。俺は今日、恩返しに来たんだ」


 そう言って、シアンはティーアに運ばせた大量の本を二つの山に分けて地面の上に積む。

文字だけで構成された分厚い本から、薄い絵本まで本の種類は様々だが、積み重ねた本の高さは2人の身長を軽く超す。


「64冊。俺がこの街で集めて読み切った本の全てだ。

そして、今の俺の知識の大体7割かな」


「うん、それで?」


「この本を読めるようになったのは、“まほうつかい”さん、貴方のおかげだ。

俺に文字と常識を教えてくれた貴方がいたから、俺は……シアンは今ここに立っていられるんだ」


 その瞳にもう迷いは無い。

真っ直ぐに“まほうつかい”を捉えたシアンは、次にその視線を落として深く頭を下げた。


「俺はこれから旅に出ようと思います。

“まほうつかい”さんは、天蓋の外の生物は殆ど絶滅したって言ってたけど、それでも自分でもまだ曖昧な何か(・・)を探したいんです」


「……」


「だからその前に貴方に、恩師である貴方に、

せめてものお礼を言わせてください」


「……うん」


「今まで、本当にありがとうございました!」


 より一層大きなお辞儀。

それをしばらく仮面越しに眺めて、その場から動かずに話し始める。


「正直、驚いた。

もう駄目だと本気で思っていたよ」


 “まほうつかい”が動く素振りは無い。

魔法を放つ際に見せた手を水平に構えるような動作も行わず、その手は力を込める様子もなく自由に垂れ下がっている。


 仮面の下はティーアのような精巧な人面では無く、顔の下の筋肉をあり合わせの機械部品で再現したような人工物であると知っているのに、シアンはそれが柔和な笑みを見せたような錯覚を覚えた。


「強くなったね」


「っ、はいっ!」


「多分、君一人じゃ駄目だったんだろう。

そこのロボットのお嬢さんがシアン君の精神の成熟に一役買ったんだろうね」


「え〜?そ、それほどでも、ありますかねぇ?いや、ありますね!」


 自信家な笑いを堪えようともせず、腕を組んで胸を張るティーアに関してはそれ以上何かを言う訳では無い。

“まほうつかい”は右手で手刀を作り、頭の上の位置まで持ち上げた。


「ところで二つ疑問があるのだけど」


「はい」


「戻ってきたら僕に殺されるよね?

それと、紙とペンはあったはずだし、僕に何かを伝えるなら書き置きで良かったんじゃないかな?」


「そうですね……」


 顎に手を当て、わざとらしく考えるポーズをするシアン。


 “まほうつかい”は、考え無しの無謀であれば失望するだろうなと考えていた。

しかし、そんな考えを嘲笑うかのようにシアンは自分の無くなった左腕を指差した。


「_____今思い出しました。俺、左利きだったんですよね」


「………………へぇ」


「あと、2度も処刑に失敗してる人に殺される気はありませんよ?」


「……本当に強くなったね!君は!」


 手刀が振り下ろされる。

それを合図に、廃墟の一つが真っ二つに切断され、大きな音と土煙を上げて崩れていく。

大量の粉塵の中でうっすらと光る街灯が、やがて瓦礫に押しつぶされて見えなくなった。


 しかし、眼前の二人は依然無傷。

寸前のところで数歩横に歩いて回避していた。


「言ったろ?大丈夫だって」


「いやあの、毛先がちょっと切れたんですけど?切れたんですが?」


 自分のコバルトブルーの髪を持ち上げ、視界の良くなった目には涙を溜めているが、シアンはこれを軽く笑って受け流す。

 

 “まほうつかい”の顔は仮面に隠れており、元より完全な機械の体から表情など読み取れるはずも無いが、シアンは“まほうつかい”の毛色が明らかに変わったなと感じていた。


「よし。それじゃあ……倒すぞ!」


「分かりました!了解ですマスター!」


 シアンは気合を入れる際のルーチン……片方のレンズが破損したゴーグルを付けて前へ出た。


 ティーアは即座に後ろへと飛び退き、人間が瞬きを2回する程度の時間で“まほうつかい”の視界から消える。


 前と同じように廃墟街の何処かに隠れたのだろう。

“まほうつかい”はそう理解するが、すぐ探し出そうとはしない。

まず、廃墟街は封天街に住む人間の主な居住地であり、そこに犯罪者が近づいた時点で騒ぎが起きるから時間が経てば勝手に見つかるからだ。


 食の楽しみもなく、エンターテイメントが存在しない封天街の人間は常に娯楽に飢えている。

逃亡者を見つけたとなれば、人間一人が命からがら逃げ出すのをタチの悪いエンターテイメントとして消化するのがこの街の人間の一般的な思考であった。


 そして、いざとなれば逃げ出す為に待機させる意図もあるのだろう。

前はそれで逃亡に成功しているからだ。


「(ロボットの方は一旦無視する)」


 “まほうつかい”は思考を巡らせる。


 ロボットの方を意識から外すとして、問題は目の前のシアンだった。


 手には何も持っておらず、ボロ切れのような外套には大したものを隠せる様子は無い。

唯一、その表情だけが今までで最も輝いているが、その自信を推察する材料も意味も少ない。


 “まほうつかい”の手には、あらゆるものを分割するという、当たれば殺せる、まさに必殺技(・・・)とでも呼ぶべき魔法がある。

これを横薙ぎに振るうだけで十全な対応は難しい筈だ。

前回の一戦でもこの魔法の恐ろしさは十分に理解しているはずだろう。


 それなのに


「どうした?やけに魔法を使おうとしないみたいだけど……」



 この男(シアン)


「……怖いのか?」


「まさか」


 あまりにも大胆不敵に笑っていたものだから、“まほうつかい”はその真意を確かめたくなってしまった。

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