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12.再起

 二人は元来た書斎に戻り、棚や引き出しなど何か収納出来そうなものを中心に片っ端からひっくり返すように漁っていた。

部屋を漁れば、“まほうつかい”が言っていた通り幾つかの水と食料が手に入る。


「とは言っても食料は結局、この美味しくなさそうなレーション……レーションだけですか……」


 ざらりと砂のような質感の小さなレーションを幾つかテーブルの上に並べ、ため息まじりに愚痴をこぼす。

太陽が消え動植物が殆ど無いという事は、当然取れる食料も少ないのだろうと無理やり納得はしたが。


 ティーアはその中から一つの封を開け、口の中に投げ入れる。

咀嚼(そしゃく)はしない。彼女はロボットであり、体内に入れた燃料は直接エネルギーとなるから細かく噛み潰す必要がないのだ。


「これ、ほっとんど栄養が無いですよ。

よくこんな、こんな栄養素の少ない食事だけで人々を管理しようと思いましたね魔法使いのマスターとやらは」


「……あ、そうなのか」


「へったくそな、ひどい相槌ですねぇ」


 ティーアは飲食物と一緒に探し当てた本や紙の束を一緒に机の上に並べ始め、シアンの前に開いて置くことで確認を促す。


「何を?」


「これからの事ですよ。

ずっとここに留まっている訳にもいかないでしょう。

街に戻ったとして、あの“まほうつかい”の、サイコパスの言う通りなら殺されるだけなんですし」


「サイコパス?」


「ざっくり言えば考えとかがおかしい奴らの事ですよ。

マスターも似たようなものですね。同じようなものですね!」


「そうか」


「もっとリアクション、反応をして欲しいところでしたね……」


 大きく溜息をつく。


「話を戻します。

食事も量は多く無いですし、これからどうするかなるべく早く決めていきましょう。

幸い地図があったので、この辺りの地形、地域を歩くには苦労しなそうです」


「そうだな」


 相変わらずの生返事に、ティーアはどう反応すればいいか困っていた。


 彼女が知っているシアンは好奇心の塊だった。

天蓋の外へ出る事に対して異様な執着心を見せており、他者に何を言われようと何をされようと自分を曲げようとはしない変わり者……というのが己がマスターの認識だった。


 しかし今のシアンは、何に対しても無気力で、千切れた腕と一緒に心の熱を置いてきてしまったかのようで。


「……何か質問・必要な事などが無ければ私の方で勝手に、好きなように今後のプランを決めてしまいますが」


「うん、頼んだ」


「……了解。分かりました」


 シアンは適当な本を手に取って開く。

表紙は見ていない。ただ無造作に、手の届く範囲にあったものを開いただけだ。

1ページ捲って、しばらく目を右に左に走らせるが、手が動く事はない。


 そうして(から)の時間を過ごして、唐突にシアンの方から口を開く。


「あのさ」


「はい?なんでしょうか?何か質問がありますか?」


「本を、読もうとして……なんだか読めないんだ」


「そうですね。何やらページを進める手が止まっていましたので。

ここの本は難しいですし、何か分からない文字など……


「そうじゃなくて」


 遮るように出した声は大きくないが、ほんの少しだけ、困惑をしているような震えが混じっていた。


「今までは太陽がある世界を目指して、太陽のある世界を空想して、その為の知識やイメージを広げる為に本を読んでいたんだ。

本を読むのも、本を探すのも楽しかったんだ」


 ページの端に当てた手を離す。

その右手は震えていて、紙をくしゃくしゃにしてしまう事を必要以上に恐れて。


「それがどうした?その目標を失ってから、俺は何をすればいいか分からないんだ。

目標を失ったら何をすればいいか分からない。好きな本だって、どうやって読んでいたかも思い出せない。それ以外の楽しみ方も分からない」


 呼吸が荒くなる。瞳孔が不規則に揺れる。

元の自己中心的で行動的な彼の面影はどこに消えたのか。

 

 そこに蹲っているのは、一人の臆病な少年だった。


「俺は心の中で差別してたんだ。

目指してるものがある俺と何も無い封天街の奴らは違うって。

太陽に憧れがあったのは嘘じゃ無いけれど、それ以上に俺は周りの何も考えていない奴らと一緒になりたくなかったんだ」


 ティーアはそれまでのような野暮ったい台詞を吐く事はしなかった。

ただ、金色の瞳で俯く彼を見つめ続ける。


「天蓋の外に出て、目標を失って。

そうして何も無くなった俺は一体何なんだ。

太陽を目指して日々を生きていた人間をシアンとして他の奴らと区切るなら、今の俺は一体……誰なんだよ……」


 本を置き、顔を覆って、狭い書斎の中で更に小さく丸まる。

顔を右半分しか覆えず、目尻に浮かぶ熱いものが目の前の相手にばれそうになると、急いで右手を横にして両目を覆い隠す。

 

 灯の少ない書斎で、覆い隠されたシアンの顔だけが影に隠れて見えなくなる。


「なぁティーア(・・・・)。俺はまだ“シアン”に見えるか?

どんなに傷ついても不敵に笑って、太陽を目指して奔走していた人間は、まだそこにいるか?」


「………………成程。あぁ成程」

 

 シアンの吐露を最後まで聞き届けて、ひとまず相槌。

見開いた金の瞳をゆっくり閉じて、最初に口から吐き出されたのは……


……心の底から面倒そうな、深く長い溜息だった。


「このマスター、本っっっ当に面倒くさい!超面倒くさいですねぇ!」


「え、は?」


「おっ?初めてまともに困惑した顔を見せましたね?

更に言ってやりましょう!外に出たら中と同じ環境だったってだけで悲嘆に浸って自分に酔いすぎなんですよ!ナルシストですか貴方は!?」


 そして、慰める意図などない、息継ぎの合間も僅かな口撃が始まる。


「というか、たった一回失敗しただけで悩みすぎなんですよ貴方は!

こんな高性能ロボットが側にいるんですから、他にももっと色々な事に挑戦できます!チャレンジ出来るんですが!?」


「でも、あれは俺の生涯をかけた挑戦で……」


「そんな肌にシワが無い綺麗なお顔でよくもまぁ生涯をかけただなんて言えますね!

というか聞きたいんですけれど、封天街を脱出出来た人って貴方以外にいるんですか?いないと思いますけど」


「知ってる限りでは……俺たちだけ、かな」


「じゃあこの下の街の住人の生涯を全部纏めても届かない偉業を成してるんですよ!おめでとうございます!

というか自己肯定感が低すぎるんですよ!

そこぐらい誇ってもいい!誇ってもいいでしょうが!」


 火山が噴火したような声が、容赦無くシアンに浴びせ続けられる。


「大体貴方は


「うるっせぇよ!俺にとっては、俺にとってはそれが全てだったんだ!

“まほうつかい”さんに言葉を教えてもらって!太陽を知って!それだけが俺の


「それもう聞きました!別の返しが無いなら黙ってください!

今は私が話してます!語っているのです!」


 シアンの決壊した怒声も無理やり上から被せて抑える。

それは会話や口論というよりは、ただお互いに好き勝手言葉を投げ続ける壁当ての様相を見せていた。


「それが全てって、それじゃあ私は視界に入ってない有象無象ですか?あの時地下で私に語った夢は、魔法使いを突破する為に一緒に練った作戦は!

そんな大事に考えた全ては有象無象ごときに話せるつまらないモノだったのかって聞いてるんですよ!聞いてるんですが!?」


「それは……」


「一度夢に敗れて悲しい?それは分かります!当たり前です!ですが、ですが……」


 やがて気迫に気圧され、思わず倒れそうになる所を、ティーアは胸ぐらを掴み上げて無理やり自分の顔の前まで引っ張り上げる。

ボロ切れのような外套が悲鳴をあげていた。


「じゃあ今度は新しい夢を、目標を!今度は1人だけじゃなく、憧れだけじゃなく!

同じ考えを共有できる2人で見つけて行こうって言いたいんですよ私は!言いましたね!」


 狭い一室に轟く雷模様は、その言葉を持ってしばらく元の書斎の静寂を取り戻していく。

無言の間が続き、お互いに相手の目の奥の自分を見つめ合う。

片方は怒りを、片方は困惑する自分を眺めていた。


「……俺はさ」


 ほんの少しの水滴を絞り出すような声だ。


「ずっと、自分が分からなかったんだ。

人や本から教えて貰った事からしか自分を表現できなくて、気づけば自分の存在というか、自分の価値を無理やりに表現しようとし続けて、捻じ曲がっていった」


 シアンは無くなった左腕の肩口に手を当てる。

切り落とされた際に得ていた、狂気のような情熱はもうその目には無かった。


「周りの人間とは違うって。

ただ暴力的な、刹那的な快楽しか得ようとしない街の人間たちと違う者であれば、それは感性が死んだ人間じゃないんだって、そう思ってたんだ。

でもいつの間にか自分が、本の中で見た“普通の人間”とは違ってるんじゃないかと漠然と思ったんだ」


 シアンが自分の生き方に悩んでいたのは事実だ。

その為に、周りと少しでも違う事をしていたのも事実。

だが、生の実感を痛みから得てしまう異常性も、また事実であった。


「では聞きます。聞きますが……マスターの言う、“普通の人間”って何ですか?」


「それは……」


「目標や夢がある人間、それが死んでいない人間だと。本の中にあるマジョリティをなぞれるのが普通の人間だと。

で、今のマスターは目標が無いから死んでいると。感性が周りと違うから異常だと」


 シアンは静かに首肯する。

すると、ティーアは何度目かも分からない大きな溜息を吐く。


「芯がブレてない人間が〜とか、夢や目標がある人間が〜とか、ぶっちゃけどうでも良いと私は思うんですけどね。思いますがね」


「でも俺は、そうは思えない」


「まぁその考えも分かりました。

じゃあ休憩期間を設けましょうよ休憩期間。」


 胸ぐらを掴んでいた手を離し、床に尻餅をついて落ちたシアンの目の前に座って同じ位置で目線を合わせる。


「はっきり言って、普通の尺度とか人によりますし、別に怪我して喜んでる変態でも良いんじゃないですかね。良いと思いますよ」


「……変態ではない」


 少し目を丸くしてからの嘲笑。

「何を言ってるんだこいつは」とでも言いたげな手振りで肩をすくめる。


「あと先程も言いましたが、私と一緒に新しい夢でも何でも探しましょうよ。

そうすれば、“夢を探すのが目標”って屁理屈も出せます。出せますからね」


「……目標って、そんな適当でいいのか?」


「いいんですよそんな適当で。

なんだったら“何もしたく無い”だとか、“高性能美少女ロボットにお世話してもらいたい!”とかでも良い訳ですし。そういう選択肢もある訳ですし?」


「……最後のは自意識過剰だろ」


 しばらく聞いていなかった軽い悪態を聞いて、ティーアは肩を落としながら微笑する。

なんとか峠を越えたかと、ロボットではあるが……心の中では安堵していた。


「でもそれじゃ、俺が嫌った街の人間(あいつら)みたいだ」


「面倒くさいですねぇ。

もう天蓋の外へ自力で出たんですし、差別化しても良い気がするんですがね。だと思うんですけど?」


「いいや、こればかりは俺が嫌だ」


 煮え切らないような言葉が、芯を持った声色に変わり始める。

まだ立ちあがろうとしている足は震えており、唾を何度も飲み込んではいる。


 しかし少年は、ただ蹲るだけの死んだ人間は、その息を吹き返そうとしていた。


「何か目標を立てようと思う。今すぐ」


「じゃあ何かやりたい事ありますか?やりたい事」


「そうだな……」


 顎に指を当てて考える素振(そぶ)りをするが、実の所ほとんど纏まっていた。

ティーアに怒鳴られ、自身の弱い部分と向き合って残っていた物を探した結果、これしか思いつかなかったのだ。


「まず、天蓋を離れて旅をしたいと思う。

外の世界を見て、もっといろんな事を知れば夢も生まれるかもしれない」


「まず、という事はまだありますよね?何があるんですか?」


「“まほうつかい”さんに、しっかりお礼を言いたい。

旅に出る前に、今まで色々教えて貰った事と……もう大丈夫だって事を伝えたいんだ」


 シアンの目は下に向いていた。

それは未来から目を背ける為の俯きでは無く、その先にいるだろう恩師へ向ける視線。


「でも魔法使いの言ってた事が本当なら、封天街に戻ったら私たち殺されちゃいますよ?死んじゃいますよ?」


「無策で行ったらそれはそうだな」


 無謀な死への挑戦を、しかし希望を持った面持ちでその顔を上げる。

目の前にいるロボットの少女と、今度こそ同じ目線に合わせる為に。

 

 そうして、ただ無駄な屍を晒さないように、少年は天蓋の下で行った事をもう一度始める。


「作戦会議を始めようか」


 本ばかりが積み上がった狭く暗い書斎で、2人だけの秘密の作戦が始まった。

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