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1.朝を知らない街

 そろそろ配給の時間だと少年の腹の音が告げた。


 鼠色のボロ切れのような外套を纏った少年は、瓦礫の中から立ち上がり、急いで街の中心部へと向かう。


 所々に設置された街灯の放つ僅かな光だけがこの街の光源だが、十数年も暮らしていればそんな暗闇の中で廃材に躓いて転ぶ事なく走るのも容易である。


 配給は1日1回、計三食分の食料が配られ、今こうして配給列最後尾に並んだ少年でも受け取れるよう数が足りなくなることは無い。


 少年は配給された合成食料のスティックの束を受け取りながら、それを配っていた白い仮面と分厚い鎧のような服を纏った人物を引き止める。


「“まほうつかい”さん!また続きを聞かせてくれよ、

外の話! 」


「君は本当に知識欲旺盛だね。

……そうだね、今日は何から話そうか」


 配給に来る人物は“まほうつかい”と呼ばれており、見渡す限り廃墟の街から出れる唯一の人物だ。


 そんな人物を蔑むように、街の人間達は遠目で冷ややかな視線を送る。

当然、そのような視線で見られる人物に懐く少年も同様に差別され……


「……媚び売り使い魔のシアンが、また“まほうつかい”に尻尾振ってるよ」


「んなことしたって配給は一度も増えてねぇのに意地汚い奴だよなぁ」


 少年改めシアンは、この陰険な街で夢を見ていた。

もはや誰もが願う事すら無い夢を。


「じゃあ、今日はこの天蓋(・・)の外の生き物について話そうか」


 街の人間らの心情が暗いのは、果たして街の外周と空の全てを覆う暗幕のような壁が原因なのか。

それを今更考える人間は、この街に残っていない。


 太陽と外界をこの街から完全に隔絶する天蓋(てんがい)に覆われたこの街は“封天街(ふうてんがい)”。

廃墟と腐った人間で出来た、決して上がらぬ暗幕の街だ。


 


○●


 シアンが物心ついた頃から、この街は朝を知らない街だった。

空と街の外周をドーム状に覆う、ガラスとも岩とも言えない謎の物質で出来た壁に囲われていたからだ。


 あたり一面を見回しても瓦礫しか無い事と相まって、人々の感情を代弁するかのような漆黒が街全体に広がっている。

僅かばかりの街灯の灯りがその闇を照らすには、数と光量が足りなかった。


 そんな街……封天街で、体が細い体つきと僅かに紫がかった白髪をした少年・シアンは、淡いオレンジの光を放つ電気ランプを片手に瓦礫の下を漁っていた。

片方のレンズが壊れた防塵ゴーグルを額に上げたのは、探索が終わったという合図だ。


「よっし!先時代の本ゲット!

しかもこれは分厚くて期待も持てるぞ 」


 埃と砂利の積もった厚い装丁の本を、シアンは恋人を抱きしめるように両手で抱える。

その手は土まみれで擦り傷も幾つか出来ており、瓦礫の上には汗の跡が何滴もついていた。


「では早速中身を拝見……ん、ん?んん〜? 」


 シアンは本を開くや否や、中に書かれていた文章に頭を捻る。

ページの端を持って1(ページ)ずつ捲っていくが、その表情は険しくなっていくばかりだ。


「筆跡に癖がありすぎてわかんねぇよ……

日記は魔法使いさんと一緒に読まなきゃ分からないけど、今日の配給は終わったしなぁ……」


 封天街に文明は無い。つまり、識字や本という文化そのものが無い。


 シアンは生まれて此の方好奇心旺盛な性格で、たまたま見つけた誰も見向きもしない薄い何かを何枚も纏めた物がどんな物かと知りたくて、配給に来る人物にしつこく聞かずにはいられなかった。


 その薄い何かを何枚も纏めた物を“本”と呼び、文字なる物があると理解するのに、成長期の脳がそう時間をかける事は無い。


 読めるのはあくまで器具を用いたフォーマットとして完成してる字が主であり、個人の日記などで字体が大きく崩れてるものはシアンだけでは読解が難しかった。


「仕方な……くはないけど。めっちゃくちゃ読みたいけど……」


 シアンは爪が手のひらを抉らんとするほど、やり場のない怒りで握り拳を震わせる。


 どのような書籍が何処の廃墟に眠ってるかなど分かるはずも無い。

当然、そんな予定を事前に立てる事など出来るはずもなかった。


「仕方ない……次のお宝を探すかぁ」


 そうしてシアンは廃墟漁りを再開する。


 が、シアンは危惧していた。

二冊目の本が見つかった場合をだ。


「同じ筆者の同じ筆跡の本なんて出た暁には、俺の怒りが抑えられるかどうかも分からんね」


 彼の好奇心は底無しだ。


 好奇心の蓋が一冊の本の魔力に惹かれて決壊寸前だというのに、もう一冊読めない本が出てきたらどうなってしまうのだろうか。

シアン自身も経験した事が無い、恐ろしい事態だった。


「……なんだこれ」


 瓦礫を退ける作業をしてる中、シアンは気になるものを発見する。

それは床に取り付けられた、片手で握れるサイズの取手(とって)だ。


埃と砂利と、人工灯の少ない地域という3つの要因が全容を隠していたが、よく見れば取っ手を四角く囲うように地面に切れ目のような跡が見て取れる。


「地下室……ってやつか?実物は初めて見るけど」


 シアンは恐る恐る取手に手をかける。

軽く力を入れて引いてみると、石の重量感を感じた後、少しの摩擦音がする。

どうやら鍵はかかっておらず、経年劣化によって機能不全に陥っている様子も無い。


「結っ構重いな……っ 」


 封天街には新たに建設された建物は存在せず、

人々が棲家にしてるのは何百年も前に遺棄された廃墟である。


 人々は新たに建物を建てなかったのではなく、天蓋によって太陽が届かない事で植物も育てられず、それでいて雨風が既に降らない状況では建物を立てる要因が封天街には存在しなかったのだ。


 当然だが、生まれも育ちも封天街のシアンにとって、建築物の構造や用途というのは、落ちていた本から齧った程度の知識しか無い。

……それでも封天街の人間の中ではかなり知識がある方なのだが。


「……階段? 」


 自分の腕よりもぶ厚い扉を開ければ、その先には地下への階段が続いていた。

それは埃被っていて、少なくとも直近で人が使った形跡は無い。


 シアンは階段にゆっくりと片足を乗せる。

踏みしめてみるが、崩落するような不安定な感覚は足の裏から感じ取れない。

それにシアンは安堵するように溜息を吐く。


封天街の廃墟は碌に整備もされていないので、まず崩落の危険性を確かめるのは、シアンにとってある種の癖のようなものだった。


「先はかなり……深いって言うんだっけか。こういうの」


 封天街は廃墟とそれを囲う天蓋の街であり、洞窟や井戸も地下も本来は無い。

“深い”という感覚が無ければその言葉は次第に廃れ、今の封天街においてその言葉を使う者は少ない。


「……行くか」


 未知に対する恐怖と好奇心を、唾と一緒に飲み込む音が聞こえた。

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