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その仮面  作者: kondouhazime
22/23

21

「安住!」


 緩やかなパスから、安住の手にボールが渡る。


 安住の眼はゴールを見据え得ていた。


 その異様な集中力に東はぞっと背筋を凍らせた。


 冷や汗を流してディフェンスに駆け付ける。


 そう。駆け付けてしまったーーーー。


 安住はシュートを打とうとフォームを造り、そして駆け付けた東を嘲笑うかの様にパスを出した。


「ッッ!」


 パスを受け取ったのは、先ほどこの試合を決める一本を安住に預けた、このチームのエースだった。


 まさかこれも作戦だったのか、と東は内心で驚愕をあらわにした。しかし実際にはこのパスには意図した策など一つも無かった。


 複数人でチームを組む団体競技に置いて、最も致命的なミス。


 即ち、俺と安住の意思疎通が図れていなかったのである。


 しかしこれが良い方向に働いた。


 安住の努力を直に見て最後の一打を一年に託した、エース。


 毎日の様に直にその努力を見て来たからこそエースを信じた、一年。


 この二人に打算など無く、ただお互いを信じた。だからこそ、東は引きはがされた。


 残り二秒。


 そして放たれる一打はゾッとするほどに美しいシュートフォームで放たれようとしていた。


「うああああっ!」


 その時、付近にいた信存のポイントガードがブロックに飛んで来た。


 ブロックが間に合わずに放たれるボールは放物線を描く中で、俺は相手と交差していた。


「っ、先輩!」


 安住の声が響いた。


 しかし、俺は強い衝撃で身体が倒れそうになるのを感じながら、視線だけはしっかりとボールを追っていた。


 吸い込まれる様にただリングの中央を目掛けて、ボールは放物線を描いた。


 この時、俺の視界はクリアになりリングとボールだけしかみえていなかった。


 まるで時が止まったかの様に想える程、ゆったりと流れる時間の中でボールはリングに吸い込まれていった。


 倒れた瞬間、世界の時間が動き出す。


「おい、大丈夫か!?」


 鈴木がすぐに駆け寄って来た。


「最高」


 そう言えば鈴木はニカっと笑った。


 差し出された手を取り、起き上がる。


 得点板を見れば、88対88。


 時間は残り一秒。


 最後の攻撃のチャンスは俺の手にある一投のフリースロー。


 延長戦になったとして、安住だけじゃなくて俺も鈴木も体力の限界を迎えていた。


 この一球、この一打、この一本に全国出場がかかっている。


 フリースローラインに入れば、不思議と肩が震えた。


 前方にいる四人の選手の視線、後方に控えるリバウンドに参加しない選手たちの息遣い、ベンチから声援を送る両チームの頼もしい控え達。


 それでも敗北の二文字は一瞬も俺の頭に浮かばなかった。


 それはきっと……。



「頑張れ、佐々木!」


 

 君が見てくれているから。


 ボールを額より少し上まで持ち上げて、シュートフォームを構える。


 この試合をやって確信した事がある。


 きっと俺はバスケが大好きなんだ。


 最初は仮面を補う要素の一つになれば良いと思っていたが、このチームメイトに恵まれて、俺はバスケが好きになった。


 そして今日。


 俺は君の声に助けられた。


 頑張れ。なんて単純な言葉なのに、不思議と俺に活力を与える。


 それは君が魔法使いなんじゃなくて、もっと単純な理由だ。



 俺は君が好きだ。バスケよりも好きだ。

 だから俺はーーーーー。


 

 放たれたフリースローは淡々と、ただそうなる事が決まっていたかの様に美しい弾道でリングの中央に吸い込まれた。審判が得点を認め、会場が湧き、相手チームのベンチは静まり返っていた。


 しかし一人だけ諦めていない、東という男がいた。ボールを投げさせて自分が受け取り、自らが率先して攻め上がろうとした。


「まだだ! さっさと……!」


 時間と言うものは非常にも、逃れられない終焉を突きつける。


 その瞬間、試合終了の笛が吹かれた。


 得点板には88対89の数字。


 その数字は最早変わる事が無く、絶対的な数字となった。


 つまり。この瞬間、俺達の勝利が確定したのである。


 俺はただ最後に放ったスリーポイントシュートと、フリースローの感触を思い出すかの様に右手をぐっぱと握ってはその拳を見つめた。


 そして拳を、観客席にいる、あの人に向けた。  


 ニコリと笑う彼女を見て、不思議と重たかった身体も楽になった。


 結果的にチームを敗北に導いたバスケットカウントを与えてしまった信存のポイントガードが床に膝を突き、悲鳴にも似た慟哭をあげた。東はその肩にぽんと手を置いて何を言うわけでも無く、ただ整列のために並んだ。あの場で何かを言えば、それが彼を傷付けてしまうと分かっているから。そして敗因があそこにあったと東も思ってしまったから。


 信存のポイントガードは立ち上がり、大粒の涙を流して肩を震わせて、それでも整列した。審判の掛け声と同時に頭を下げれば、鼓膜が爆発したかと思った声援が降り注いだ。


 勝者にも敗者にも平等に降り注ぐ賞賛の声は、勝者の身体に生気を。敗者の心には溶岩に似たグツグツと燃え滾る悔しさを与えた。


 俺達は観客席にも頭を下げて、その日を終えた。


「監督、約束守りましたからね」

「……おう、おう……っ!」


 ただ一つ、監督が泣きじゃくっていたのだけは秘密だ。

 




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