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鈴木の手にボールが渡った瞬間に皆が攻め上がり、自陣にはボールを持つ鈴木ただ一人となった。これで奪われてしまえば簡単に失点を許すだろう。
「ああ、動きやすい」
しかし失点するかもしれない、などくだらない考えが無い鈴木は、薄ら笑いを浮かべて疾走する。
今でこそ大人しくなったが、ミニバス時代の鈴木はスピードスターだ。一度走り出したら相手をぶち抜くまで止まらない。
部内一と呼べる程に高いハンドリング技術でプレスを掛けて来た信存選手を翻弄する。
右と見せかけて左、左と見せかけて左、時には前にも後ろにも揺さぶりをかけ、幾つものフェイントを積み重ねた。
そしてその時はやって来た。僅かに、ほんの僅かに敵選手の軸足が滑ったのである。
そしてドリブルでの突破に獰猛と呼ばれる執着を持つ鈴木はその隙を逃さない。
自分の足を駆り立てて、プレスを突破した。
一瞬だがフィールドは五対三の構図が出来上がった。
最初に安住にパスを出す。近くに敵のディフェンスがいたのでドリブルで避けるフェイクを入れて引き付け、今度はフリースローライン近くまで入り込んでいたセンターの江越にボールが渡るが、すかさず江越はボールをパスした。スティールを狙った信存の選手が見事に空振る。
最後にボールが渡ったのは皆の動きによって完全にフリーになっていた俺だ。
ただ、練習と同じように丁寧なフォームで打つ。
ボールはネットを揺らさずに、綺麗な弾道を描いて得点が決まった。
これで87対82。
だが、これだけじゃ終わらない。
終わらせない。
「ッ!?」
スローインを投げる信存の選手は、そのあまりのプレッシャーに息を呑んだ。
俺達がやったのは敵選手と同じ、ゾーンプレスだ。
「お前らそれ、初めてだろ!」
東が愚痴る様に呟いた。
分かっている。これは付け焼刃の、苦肉の策だ。
ただの負けたくないって意地だ。
全国に行くようなチームがする事じゃない。
それでも、負けたくない。勝ちたい。全国に行きたい。
「あっ」
「貰い」
センターの江越が相手からボールを奪い取った。俺はすぐにスリーポイントラインまで下がり、江越からパスを受け取った。
「っ、の野郎!」
完全にフリーで打てると思っていたのに、東が超越した反応を見せた。
しかし流石に距離があり、俺のシュートを止められる事は無い。
綺麗な弾道を描いたシュートは再びネットの内側に落ちた。
二連続のスリーポイント。これで87対85。残り二十五秒。逆転の射程範囲内だ。
「俺に寄越せ!」
東が叫んだ。勝利への執念が東を駆り立てている。
スローインを投げる選手が、その声に反応して高々とボールを投げた。
東はスリーポイントラインよりも外でそのボールを受け取り、すぐに駆けた。
しかしこちらも、そこには安住を配置している。
「どけ、一年!」
「どきません!」
一時的だが1on1の構図となった。
片や全国常連校のエース、片や無名の一年生。
その結果は火を見るより明らかだった。
しかしーーーー。
「っ、の……!」
「ふぅ、っ!」
安住は粘った。
粘着質に、執拗に東に取り付いた。
余りに泥臭く不格好なディフェンスだが、それでも二秒の時間を安住は稼いだ。
その二秒はゾーンプレスで敵陣地まで上がっていた面々がディフェンスに戻るのには十分すぎる時間だった。
「戻せ、東!」
「くそっ!」
結局、東は簡単に安住を突破する事が出来ずにポイントガードにパスをして、攻撃の陣形を組む事を選んだ。
さてどうするか、なんて悠長な事は言ってはいられない。
どんどんプレッシャーを掛けていく。
相手チームはいくつものパスを繋げて行くが、最終的にボールが渡る相手は分かっている。
東だ。
東は無駄とも思えるひらりひらりと軽やかにレッグスルーを繰り出し、そしてドライブを仕掛ける。簡単には抜かせないとディフェンスに付いていた武田が追い掛けようとするが途中で障害物に阻まれた。
フリーでシュートを打つための基本中の基本の技、スクリーンだ。
しかし俺達は人一倍スクリーンを練習して来た、相手が仕掛けて来たとしてもーーー。
「抜かせない」
こうして代わりの選手がディフェンスに付ける。
「久しぶりだな」
マッチアップ相手が変わる事でミスマッチになるはずだった。
しかし、先ほどの攻防を見ればミスマッチとは呼ばない、再び訪れる東と安住の対峙。
東は単純なレッグスルーを繰り返し、そこから一気にドライブを掛けた。
さっきのディフェンスを見れば安住なら反応できるはずだ。
そう思っていたが突発的なアクシデントが起こる。安住の脚が絡まり、転んでしまったのだ。
フリーになる東。
「っしゃあああっ!」
「させん!」
意気揚々とゴール下に走る東を、江越が阻んだ。
と瞬間、東は口端を不適に上げた。
ダブルクラッチである。
空中で身体を回転させる事でゆるやかに避け、江越はゴール下からレイアップを放っーーーーー「だから、させねえって!」――――てない。
入り込んできた武田のブロックが直撃し、ボールはコート外にまではじき出されたのである。
しかし甲高い笛が吹かれた。
バスケットカウント、つまりフリースロー二本が与えられたのである。
「チッ」
「しゃあ!」
東のガッツポーズと同時に、相手のベンチから歓声が上がった。
ちらっと得点板を見れば、残り時間は9秒となっていた。
もしも東がフリースローを二本とも決めれば89対85。逆転は限りなく難しくなる。
安住は交代せずにそのまま続けるようだ。今から控えの選手を入れるよりも、身体が暖まって集中力も上がっている安住を入れて置いた方がいいという判断だろう。
しかしベンチでは影野がアップをしている、いつでも出れるから全力を出し切りなさいという監督の無言の応援だ。
ありがたい。これで遠慮なく安住を使える。
……今日は試合中なのに頭が良く回るな。
調子が良いのだろうか。指先まで感覚がはっきりしている。
観戦席からの応援も耳に届いているのに、このコート上だけはとても静かだった。
もしかするとこれがゾーンっていうやつなのかもしれない。
うん。そうだと良いな。
「ワンスロー!」
審判からの宣言でボールが渡され、東がシュートを放った。
するりとネットを揺らし、相手ベンチから歓声が上がる。
これで88対55。
次の一点で追い付けない点差になると分かっているのに、頭の中は淡々と冴え渡る。
頭の中は次にどう動き出すかを脳みそをフル回転させて考えていた。
二投目。東の放たれたボールが描く放物線が、僅かに乱れたのが見えた。
これは外れるーーーー。
俺はすぐに東がリバウンドに参加できない様に止め、武田と江越がリバウンドのポジション争いをする。
信存のリバウンダーと、互いに力と技術で押し合い、争いに勝利したのは江越だった。
すぐさまパスを出す。相手選手のプレッシャーに押されてパスというよりも転がしただけになってしまったが、しっかりと鈴木の手まで届いた。
鈴木はボールを持ち直し、目の前にディフェンスに走って来た選手のその奥を見据える。
鈴木が抜いた。しかし、もう足が動いていない。ハーフコートラインまで行った辺りで、このままボールキープしても自分では運びきれないと判断した鈴木が俺にパスした。
俺は丁寧にボールを受け取り、東と対峙する。
「だよなあ、そうだよな! 最後はお前だよなぁ!」
東はハイになっていた。テンションが上がり切って、瞳孔が開いている。
その瞬間、ふとコート全体が視界に収まった。
ふっと笑う。
朝から1on1をして、お互いに競い合い、ついには東と張り合う様になった。
だからこそこのパスを安心して預けられる。
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