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その仮面  作者: kondouhazime
20/23

19

 コートにスタメンが足を踏み入れれば、俺の前に東がやって来た。


「今日も勝つぞ」

「今日は勝たせて貰う」


 一年生の頃からマッチアップする仲だ、軽口を叩き合いながらお互いに信頼を寄せている。


 ジャンプボールの結果、先攻は俺達に渡った。鈴木が丁寧にボールを相手コートに持っていく。お互いに初期位置に付く。


 信存高校が選んだ戦術は人では無くて自分達が担当の箇所を護るのがゾーンディフェンスだが、東が俺をマークするワンボックスワンに近い戦術だった。


 当然、通常のゾーンよりも他のメンバーが守るスペースは広くなり、隙が出来る。


 何度かボールを回した後に俺にところにボールが回ってくる。


 レッグスルーを二回。東の意識は完全に俺が何かを仕掛けて来ると思ったのだろう、腰が下がっていた。


 そのままドライブを仕掛けて、内部に潜り込もうとする。ちょうど東の後ろにいたディフェンスも引き付けられたのは上場だろう。


 いつもならここから自分で切り込むところだが、今までの俺達とは違う。


 後ろから手を回して緩やかでありながら、ディフェンスの意識を貫く鋭いパスが、リングを中心とした角度にして0度にいた東に渡った。


 ディフェンスが付いていない安住は、落ち着いてシュートフォームに入る。引き付けられたディフェンスが慌ててプレッシャーを掛けに行くがもう遅い。


 放たれたスリーポイントシュートが綺麗な弾道を描き、リングの中に放り込まれた。


「はあ!?」


 驚きの声を上げたのは東だった。


 別にこれは珍しい事では無い。エースが引き付けて、フォワードに点を取らせる。だがそれは他のチームなら、という話だ。


 今までなら他の選手に信存のゾーンディフェンスを突破する手段は無く、どうしても俺にボールが集まって来て、疲労が溜まったところをスティールして連続得点して点差を広げていくのが俺達のいつもの試合展開だった。


 だが、まだ序盤も序盤のプレーでエースが他の選手にパスを出し、そしてボールを預けるのは異例だ。おそらくだが信存も想定していた内容と違って、動揺が隠しきれていない。


 信存も点を決めようとスクリーンを掛けてスリーを放つが、外してしまった。リバウンドをセンターの江越が取り、今度は受け取った鈴木がそのまま速攻でレイアップを決めた。


 王者に想定外の一発をぶち込んだという事実が俺達には自信を、そして信存には驚愕を植え付ける事が出来た。


 監督はほくそ笑み、拳をぐっと握った。


 このままの流れで点を取り続ければ勝てる。


 誰もが、前半まではそう思っていた。


 前半の俺達は善戦していたと思う。変わらずにエースとしての働きをする俺、正確無比の鋭いパスを出す鈴木、190に近い身長と押し負けない体格を誇る江越、素早い動きで守備の隙間を縫う武田、公式戦に出ていなかったためにデータが無いというアドバンテージがある安住。誰もが自分の力を100%発揮していた。


 序盤の奇襲が成功した事もあって俺達はリードを保っていた。


 それでも十点差以上に引きはがせなかったのは相手の監督の対応が早かったせいもあるだろう。序盤、試合が始まって三分でタイムアウトを取り、試合が再開した頃には対応に追われていた守備も元の固いゾーンディフェンスに戻っていた。


 それでも俺達は一定の点差を保っていたが、第三クオーターの中盤から試合展開は一変した。


「始めなさい」


 信存の監督の号令で伝家の宝刀 ゾーンプレスが鞘から引き抜かれた。


 ゾーンプレスとは今までの自分達の陣地で行っていたゾーンを、オールコートで行うディフェンスの事だ。今の様に早い段階からプレッシャーを掛けて、パスを受けてから相手陣地に入り込む前にスティールし、そのままレイアップで決める。


 しかも信存のディフェンスの練度は凄まじく、ドリブルの名手であるポイントガードの鈴木ですら容易にスティールされて得点をもぎ取られてしまった。


 そのまま俺や安住が自陣に戻って何とか相手陣地までボールを運ぼうとしたが、その鉄壁は突き崩せなかった。


 時間は恐ろしい程残酷に現実を突きつけて来る。


 最初はリードしていてもじわじわと点差が開いて来るのは地力の差だろう。


 この大会まで俺達は練習を積み重ねて来たが、それでも信存が相手では付け焼刃でしかなかったのだろうか。


「っ、タイムアウト!」


 第四クオーター終盤。監督が最後のタイムアウトを使った。


 残り時間三十七秒。点差は87vs79。八点差ビハインドで負けていた。


 ベンチに戻った俺達は意気消沈し、完全に顔を下に向けていた。


「まだ行ける、安住。お前も前に出ろ、そして……」


 監督が掛けてくれる言葉がどこか遠くに聞こえる。


 三十七秒。たったそれだけの短い時間で八点も取れるのか?


 無理だ。恐らく、いや。その可能性は限りなくゼロに近い。


 お互いに同じ制限時間を共有し、攻守の入れ替えがあるバスケでは「点を取られないために持ち時間を使う」という戦術もある。


 信存がボールを保持し続ければ最大で二十四秒の時間を奪われて、残りは十三秒のみ。


 そんなの、無理だ……。



 がんばれ。



 何故か、咄嗟に振り返って観客席を見る。そこにはたくさんの人がいた。


 バスケ部の家族たち。そして、店長やバイト仲間たちまでいた。


 沢山の、本当に沢山の人達が声を上げて声援を積み重ねる。


 これだけ点差があるのに、どうして……。


「佐々木くん頑張れ!」

「まだ行けるよ!」


 まだ営業開始する時間じゃないとは言っても、彼らにだってプライベートの時間があるはずなのに押しかけてくれた。それから大山や工藤、クラスメイト達……。そして、森下が。今日はこの前とは違ったカジュアル系のかっこいいファッションで来ていた。


「がんばれ、佐々木っ」


 瞬間、再燃焼。


 身体の熱が上がり、瞳にぎらついたものが宿るのを感じる。


 そして心臓に燃え盛る炎が波を打った。


「作戦がある」


 誰もが監督の言葉を聞いていても、どこか喪失感を露わにしていた部員たちに向けて言い放つ。


「鈴木」

「ん?」

「お前、プレス突破できるか?」


 誰よりも信存のプレッシャーを受けていた鈴木は肩で息をして、頭からタオルを被っていた。


 そしてその言葉を待っていたとばかりにタオルを取り、笑う。


「任せろ」

「よし」


 その不穏な会話に下を俯き、心が折れ掛けていた部員たちが顔を上げる。


「監督。俺に、俺達に任せてもらえませんか?」


 最初、監督は何も言えずにいたが、それから少しして作戦ボードを折り畳んだ。そして「当然だ」と一言だけ告げる。その信頼に俺も頷き返す。


 部員たちの瞳に光が戻り、その魂に火が灯った。


 まだ勝てる。まだやれる。


 まるでそう言っているかの様に、彼らはベンチから立ち上がり、示し合わせたわけでも無く自然と円陣が組まれた。


「絶対に勝つぞ」


 その一言だけを告げる。


 おお、と雄叫びを上げる。


 途端、観客席から拍手が巻き起こった。


 俺達の保護者たちだけでは無く、試合に負けて敗退が決まった対戦校からも拍手が起こる。


 この点差から逆転するつもりなのか、本当にそんな事がありえるなら見て見たい、まるで彼らはそう言っている様だった。


「ああ、お望み通り見せてやるよ」


 こちらのボールから開始される。




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