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試合直前。俺は気を整えるために、会場となる総合体育館の邪魔にならない観客席の端の方で柔軟体操も兼ねて簡単なヨガを行う。実際に気の流れを感知する様な特殊能力を俺は持ち合わせていないが、覚えているヨガのポーズの一つ一つに気持ちを込めて行う。
これは精神的な安定をもたらす目的もあった。いつもと同じ行動を繰り返す事で、いつもと同じ力を引き出すルーティンというやつだ。
いつも以上の力を無理に引き出す必要は無い。いつも通りで良いんだ。俺は、俺達は強いのだから。
それでも、いつも通りの力を出した程度で今日の相手に勝てるのかと自問自答してしまう。
「ふー……」
思わず溜息を吐く。
相手は古豪 信存高校。過去に県大会優勝数三十回、全国優勝三回を経験している、正真正銘の同じ地区で最強の相手だ。少なくとも俺達は毎回、この信存を相手に敗北を積み重ね、県大会を突破する事が出来ずにいた。
だが、今回は今までの俺達とは違う。
俺や鈴木、センターの江越、フォワードの武田と安住、控えなら影野を含み、個人個人の実力ならば信存にも勝っていると思う。
今まで負けていたのはチーム力の差がモロに出ていた。贔屓目抜きにしても俺のワンマンチームだったが、今ではチーム全体の意識が変わり、ポイントガードの鈴木を筆頭にして自らが得点を狙う貪欲な攻撃型のチームに様変わりしている。
大丈夫だ。負けない。勝てる。
暗示をかける様に自分に言い聞かせた。
だから震えよ。止まれ、止まるんだ。止まってくれ。
「先輩。女子の決勝、もうすぐ終わりそうです」
「……おう」
安住からの催促で俺は体育館に向かった。
コートでは女子の決勝が行われている。すでに大差が付いているにも関わらず、どちらのチームも積極的に攻守を繰り返していた。その攻防はまさに互角と言っていいほどであり、どこか芸術品の様な美しさもあった。
そして、審判によって吹かれる笛の音によって試合はあっけなく終わった。
終わった途端に泣き崩れるお互いのチーム、勝者と敗者の現実を改めて突き付けられた気がした。
手足の震えは止まっていたが、今度は指先が冷たくなった。
冬の北海道にスキーに行った時に初めて見る冬の山で、雪が鞭の様に打ち付けられる恐怖を俺は忘れない。
漠然とした恐怖が俺を襲う。試合が終了して選手たちは観客に一通りの拍手を受け、応援をしてくれた事に感謝する礼をするとコートが明け渡された。
敗戦したチームの選手が横を通りがかった。その頬には大粒の涙が流れていて、チームメイトに肩を叩かれていた。その姿が自分と重なり、俺も負けるんじゃないのかという恐怖心が芽生える。
コートに入る前に「お願いします」と一礼し、俺達はコートに入る。せめて声だけでも出さないと、震える声を絞り出そうとすると怒号に似た掛け声が会場に響き渡った。
「「「1・2・3・4!」」」
観客席にいるベンチ外のメンバーが空になったペットボトルで音を鳴らし、腹から声を振る絞る。観客席から下げられた横断幕に刻まれるのは【前進】。爆発音に近い声援を気にも留めず、十数人で絶え間なく行われるタップ練習には誰もが視線を吸い込まれた。
決勝の雰囲気に呑み込まれない全国常連校、王者の貫禄。
余りの覇気に俺達はただ茫然とするしかなかった。
そして、信存高校にはタップ練習に終止符を打つ男がいる。
「っしゃぁぁ!」
一際、大きな雄叫びを上げて長身の男が跳んだ。
否。それは跳躍という言葉では収まらない、鳥を思わせる飛翔だった。
一向に落ちる気配の無い彼はリング付近で落下していたボールを掴み取り、そのままリングの中にぶち込んだ。
「ダンク……」
「やばすぎるだろ……」
一年生から弱気な言葉が漏れるが、とても責める気にはなれなかった。
試合になれば俺がマッチアップする信存高校のエース 東大気。日本代表U18に選ばれた異端児だ。
雑誌で読んだが東の身長は183cmだと言う。バスケの世界ではとても身長が高いとは言えないが、それでもダンクをする秘密は彼の虚位的な下半身に筋肉にある。常人とは毛色が違う柔軟性を持ち合わせた質の良い筋肉が彼のダンクを可能としていた。
ネット上では賞賛と畏怖を込めて、鳥人間と称されている。
レベルが違うとはこの事だろう、俺は彼に1on1で勝った事が無い。
これまでにも何度もマッチアップしたが、どれもまともな戦いになって無かった。
それでも。何だろうか、この熱は。
「鈴木、上げてくれ」
「は? ちょ、おい」
鈴木に何の断りも無しに、誰もが信存の練習に視線を奪われる中で、その合間を斬り込む様に走る。
「先輩?」
「キャプテン?」
部員の視線が集まった。
そうだ、付いてこい。
そして見ろ。これがお前達の、桜高のエースだ。
俺はゴールのほぼ真下で踏み切り、跳んだ。
先ほどまで冷え切っていた指に体温が戻っている。
それどこか全身が炎を纏っているかのように扱った。
最強に勝ちたいと、俺の魂は燃えていた。
轟音。リングが揺れ、会場はしん……。と静まり返った。
「勝つぞ!」
とても試合に使えるとは思えない、人に魅せるためのダンクだ。
それでも、エースの叫びはチームの士気を上げるのに十分だった。
「「「オオ!」」」
もう部員の皆は誰も信存に怯える視線を向ける事は無かった。
集中していると言うよりも、他のチームに気を向ける暇が無くなったというのが正しい。エースであり、キャプテンが率先して練習を盛り上げようとしているのに、どうして黙っていられるのか。
俺達は信存に負けない様に声を振り絞る。
試合前練習は子気味良く行われた。
決して信存の様に誰の視線も奪うような連帯感は生み出せなくとも、一人一人が意識を一つの目標に向けていた。
部員数も劣り、チームワークも劣り、恐らく実戦経験も劣る。それでも俺達は本気で勝つもりで、練習に励んだ。
そんな俺達側の観客席から下げられた横断幕に刻まれる言葉は【全霊】。ただ全力を持って、王者に立ち向かう。
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