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俺はトートバックがあるからいいが、小さなショルダーバックしか無かった森下はアニメイトの袋を持ったまま歩く事になってしまう。
周囲の人通りが多ければ、清楚系のギャルがアニメイトの袋持っているという情報量の多き状態が公然の眼にさらされてしまう。
「……それ、良かったら俺の鞄に入れようか?」
「うん? これくらいなら持てるから大丈夫だよ。ありがとう」
どうやら森下は、俺が気遣って持つと言ったと勘違いした様だ。
間違ってはいないが……。まあ、俺が周囲の目を気にし過ぎなだけか。
森下は気にしていないどころか、楽しそうに袋を揺らして歩いていた。
そんな姿を見ていると周囲の視線などどうでも良い気がして、安心したと思ったら今度は俺のお腹が「きゅるる~」と鳴った。
「お腹空いたね、佐々木。そろそろ晩御飯食べようよ」
人混みがあり喧噪に包まれる中で森下は俺の微かな腹の虫の泣き声を聞き取ったらしい。
気付いてくれた事が嬉しくなったが、気遣わせてしまったのが申し訳なくもなった。
「あっ、勘違いしないでよ。私だってお腹減ったんだから」
昼食は二時ごろにパンケーキを食べただけだが、男ならともかく女子がそんなにすぐにお腹が減るとは思えない。きっと俺の安っぽいプライドが傷付かない様にしてくれたのだろう。
ならせめて、何か美味しいお店に行かないとな。
「でも、この辺りに何かお店あった?」
「いや、居酒屋ばっかりだからなあ……」
手頃な値段でお腹いっぱい食べられる牛丼チェーン店ならあるが、流石にデートに来たのに牛丼は無いだろう。
地図アプリで少し遠いがレストランを見つけた。そこその値段はするが味は良いらしく、お洒落な店内の雰囲気も評価が高い。ここならデートの締めにもぴったりだろう。そう思い、森下に相談しようと思った時に腹の虫が思わず声を漏らす程の濃厚な味噌の香りが漂って来た。
見て見ると、そこには小さなラーメン屋があった。もう晩飯時にも関わらず繁華街から少し離れた位置にある事もあって人が並んでおらず、すぐにでも入れそうだ。
「……ねえ、あそこにしてみない?」
美味しそうだ。そう思った矢先、森下からそう提案された。
「えっ。でも、ラーメンなんかでいいのか?」
「うん。私、ラーメン好きなんだよね」
少しウキウキした様子の森下が、どうする?と首を傾げて聞いて来た。
森下が好きで行きたいのなら断る理由は無い。
「俺もガツンと来るもの食べたかったし、ここにしようか」
そして二人の考えが一致した事もあって、俺と森下は店内に入った。券売機方式の様で、ポスターを見ると濃い香りが漂う、焦がし味噌ラーメンがおすすめメニューの様だ。郷に入っては郷に従えというので、焦がし味噌を選んだ。
店内は全席カウンター席でかなり狭いが、穴場の様な雰囲気も相まって期待感を上げた。
「お好みは?」
「普通で」
「私も」
「あいよ」
無口な店主だと思ったが、個人経営のラーメン屋ならどこもこんなものだろう。
それから今日あった事を話題に話しているとあっという間に時間が過ぎ、ラーメンが出て来た。しかし頼んでいた焦がし味噌ラーメン以外にも、五個入りの餃子が一緒に出て来た。これは何かと店主に尋ねると「サービスです」とそれだけ告げて、店主は厨房での作業に戻ってしまった。
「ありがたく頂こうか」
「うん、そうだね」
「「いただきます」」
手を合わせてから、ラーメンを啜る。食べた瞬間に口の中に一気に味噌の濃厚な味わいが広がった。この味わいの深さは思わず米を頼みたくなるほどだ。次に餃子を醤油に付けて一口食べれば、焼き立てなのだろう。サクサクした食管の後に、中にぎっしり詰まった身から肉汁が溢れて来る。これは一口食べてしまえばやみつきになる味だ。
ふと隣を見ると、ラーメンが熱々なのが苦手なんだろう。髪を耳に掛けて、ふうふうと息を掛けて冷ましていた。それからスープがはねない様にゆっくりと啜った。
何だろう、この……。
「んっ、……どうかした?」
「いや、何でもない……」
頭を振り払って、邪念を捨てる。
俺は何を考えているんだろう。
森下を独り占めしたい、だなんて……。
ラーメンを食べ終わって、時刻は十九時。しかし森下は明日、家の用事があるらしいでの早めの解散をする事にした。駅まで一緒に歩いて行く。
颯爽と身体の熱を攫ってしまう夜風が吹いている。Tシャツを選んだのが失敗だったか、少し肌寒かった。
だが俺にはこの寒気が夜風のせいなのか、もう直やって来る森下とのお別れの時間に対するものなのかよくわからなかった。
「じゃあ、ここまででいいよ。お父さんさんが迎えに来てくれるから」
「そ、そっか。分かった」
寂しい。その言葉は最初に頭に浮かぶ。
もっと一緒に居たい。何て身勝手な事を考えているんだ。
そんな事を言ってしまったら森下は迷惑に思うだろう。
そもそも、今日はまだお別れしたくないなんて言えば、まるで誘っている様に思われる。
森下にそんな人だったのか、と言われた方が俺はショックだ。
「それじゃあ、また夏休み明けに」
「ああ、気を付けて……」
去って行く森下の後姿を、今すぐに追い掛けてしまいそうな自分を制止するためにジーパンを握り締め、俺はただ眺めている事しか出来ない。
でも、本当にこのままお別れでいいのか?
俺は自分自身に問いかける。
それじゃあ、自分に嘘を吐くのなら仮面を被っている時と何も変わらないじゃないか。
自分の意志に、自分自身の声に従って、仮面を被らない素面の自分として生きるんだじゃないのか。
そうだ。俺は、自分に嘘を吐きたくない。
このままお別れなんて嫌だ。
ならどうする?
考えろ、考えろ、考えろ。
「ッ、森下!」
呼ぶと、森下は振り返った。
本当は呼び止めて欲しかった、と思っている様な表情だった。
「来週、大会があるんだ! だから、見に来てくれないか!?」
みっともなく、声が震えていた。
もう仮面を被らないと決めたとは言え、心からの言葉を出すのは酷く恐ろしい。
それでも、俺は少しでも森下と一緒に居たかった。
この想いを伝えたかった。
しかし森下はそう言われると思っていなかったらしく、目をぱちくりと瞬かせて驚いた後にくすりと笑った。
「いいよ!」
そして森下は嬉しそうにそう言った後、走って行ってしまった。
こうして俺は夏休み中に遭う約束を取り付ける事が出来たのだった。
家に帰り、リビングには寄らずにシャワーを浴びた後、すぐに部屋に戻ってベッドに寝転がった。バスケ部の方がよほどハードな気がするが、それでも今日は酷く気疲れをした。しかし疲れているだけで、満足感に身体は満ち溢れていた。
来週、ちょうど一週間後に二日に渡って全国出場校を決めるための大会がある。しかし俺達の学校はシード枠に入っているため、試合があるのは二日目からだ。だが一日に三試合もやらなければいけないハードな日程のため、決勝戦の頃にはどこの選手もヘトヘトになっている。
それでも、森下が見に来てくれるのなら、かっこいいところを見せれる様に頑張らないと。
明日から練習も始まるし、いつまでもデートの余韻に浸ってはいられない。バッシュと練習着の支度をして、それから……。
ブブッ。スマホの通知音が鳴った。
誰かと思って見て見れば、森下からのラインだった。
何かと思えば写真が送られて来たみたいで、開いてみると猫の小さな肉球に頬を叩かれて、だらしない笑みを浮かべた俺が写った写真が何枚も送られて来た。
『いつの間に!?』
『佐々木が猫に夢中になっている間に』
なんて恥ずかしい写真を……。
その後に「試合頑張ってね」と付け足された、たったの一文で気分が高揚した俺はすぐにでも練習をしたくて、ボールを身体の周囲で回すハンドリング練習をした。その練習は一時間以上にも続き、寝る前にそれだけの量の運動をすれば眠気がすぐに来るわけが無く、結局は朝に遅刻して監督から「大会前に気が弛んでいるぞ!」とお叱りの言葉を受けるのだった。
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