16
「結局延長しちゃったね」
「猫の可愛さを甘く見ていたな」
結局三時間以上もいたため、俺達は二時間料金からフリータイム料金に変更していた。
「けどあれは仕方ない」
「うん。尊い出費だったね」
高い料金を払った分、俺達の満足度は高かった。まだ確認はしていないが、今頃二人の写真フォルダーは猫の愛くるしい写真で埋め尽くされているだろう。
猫カフェに満足していたが、気が付けばもう夕暮れだ。気持ちばかりだが、気温が少し下がっている様に感じる。すぐに夜も更けるだろう。
そうなると二人で決めた次の目的地に行くことになるのだが、俺はあまり気乗りはしていなかった。
「……本当に行くのか?」
「うん。だって、佐々木の好きな事を知っておきたいし」
俺が駄々をこねると予想していたのだろうか、森下はスマホで地図アプリを取り出してアニメイトまで最短ルートで進んでいた。俺は否が応にも付いて行くしかなかった。
「私を猫カフェに連れ出してくれたんだから、佐々木にも同じ事をし返してあげないとね」
その言葉の裏には嫌味など一つも無く、本当に俺の事を知ろうとしてくれている事が分かる。
純粋な気持ちだからこそ、俺は森下の善意を拒絶する事が出来ずにいた。
恥ずかしいと思いながら、強引でも俺のやりたい事を受け入れてくれるのが嬉しく思ってしまう。もしかして森下も同じ気持ちだったのだろうか。
猫カフェから徒歩で十分の近場にアニメイトはあった。特徴的な青色の看板は遠目からでも、そこにアニメイトがあるんだと分かる。このアニメイトは地下にあるため入口は本当に小さく、すれ違う事も出来ないほど狭い階段を降りなければならない。
入った瞬間に迫り来るのは、熱気だ。
推しのために命を削るオタクたちから放たれるこの独特の雰囲気は、やはりアニメイトでしか味わえないものだ。
「凄い……」
俺も初めて来た時は森下と同じような言葉を言ったな、と昔を思い出して店内を見渡す。
アニメイトの店内にはあの狭い階段からは想像もできないほど人で賑わっていた。そこいらの本屋であれば並んで本を選んでいても、間に2mほどの距離が出来るがこのアニメイトだと距離感はほとんどない。
アニメイトは最近では生粋のオタクで無くとも、アニメを見てグッズを買いに来る新参者もいる。一般の書店ではあまりない特典もこのアニメイトならば大抵はあるので、その作品の熱狂的なファンであったら尚更ここに買いに来るのだ。
「じゃあ行こ」
オタクの空気で溢れているこの空間に流石にここで尻込みするかと思ったが、森下は存外平気そうで率先して進んで行った。
それから漫画やラノベ、本系が並ぶエリアに行く。
「いっぱいあるんだね」
「ああ。他の書店に行っても無い最新刊でも、大体アニメイトにあるからな」
アニメイトの良いところを上げるとすれば、最新刊は大体ある、という点にある。他の書店、特に小さな書店では並べられる本にも限りがあるし、入荷する本の数も厳選しなければいけない。だがアニメイトは大体の最新刊を入荷してくれる。困った時はアニメイトだ。
とりあえず、人の波に従って進む事にした。どこの出版社の本も並んでいて、電子書籍を購入する時には味わえない実際に自分の眼で本の色合いや表紙の絵の見比べが出来る。久しぶりに来たがやはり楽しいものだ。
「あっ、これって映画になったやつでしょ?」
そう言って森下が手に取ったのは、発行部数五十万部を超えて実写映画になった有名漫画だ。主人公を演じた女優が優れた演技で瞬く間に大ヒットした。数少ない実写化の成功例と言える。
森下は背表紙に書かれていたあらすじと表紙の帯を読んで本を棚に戻した、
「本当に何でもあるんだね」
辺り一帯を見渡して森下は言った。
「ここになら佐々木の好きな本もあるかな?」
「多分あると思うぞ」
「じゃあそれ教えてよ」
えっ、と固まる。
「だって佐々木の好きなものが知りたいって言ったじゃん」
「言った、けど……」
どうしようか。
確かに俺の好きな本は間違いなくあるだろう。最近では珍しい王道の王道を行く、主人公が様々な過酷を乗り越えて成長していくファンタジー物語だ。アニメも三期まで放映していて、映画化やゲームにもなっている程に人気がある。俺の愛読書の一つと言っても過言じゃない。
ここで俺が悩んでいるのは原作のラノベとコミカライズした漫画のどちらを進めるか、という点だ。ラノベよりも漫画の方が初心者は読みやすいだろうとも思うが、原作はやはり原作ならではの作者にしか出せない雰囲気がある。
俺は少し悩んだ末に漫画コーナーからラノベコーナーに移動した。勿論、コミカライズした方も面白いのだが、キャラクターの細かい心情や周囲の状況が鮮明に書かれている原作の方が個人的にはおすすめしたい。これは決してコミカライズ批判では無いが、オタクというものは細かいこだわりがあるのだ。許してほしい。
「これだよ」
「“ダンジョンにある出逢いに間違いなんてありえない”?」
「そう、説明口調だけど最近のラノベのタイトルは大体そんな感じだから」
森下はへえ、と興味深そうにあらすじに目を通して、本棚に戻さずに手に取った。
「えっ、買うのか?」
「うん。せっかく佐々木が教えてくれたんだから同じものを好きになりたいなって思って」
その一言に俺の心臓は激しく高鳴った。
オタクは単純で自分が好きな作品を褒められただけでも嬉しくて、こうして読んでくれると言われただけでその場で飛び跳ねてしまいそうになるほど高揚する。
「そ、そっか。ありがとうな」
まあそれとは関係無しに森下が可愛い事を言うものだから、心臓が高鳴るほどドギマギしたのも理由なんだが、そこには気付かないふりをしておこう。今意識したら次々に作品を進めて、引かれてしまいそうだ。
厄介オタクは調子に乗ると歯止めが利かなくなる。
「あっ」
俺は自然と、最新刊の列に並べられたラノベに手が伸ばしていた。
すぐに気が付いて、手を止めた。
「あれ、買わないの?」
「あ、ああ。電子書籍で十分だし……」
そう言いつつも、俺の視線はその本に釘付けだった。
どうしても気になって、やはり止める事は出来ずに俺は本を手に取った。
「紙の、本……」
それは久しぶりの感触だった。
重さも、紙特有の肌触りも、あの頃と何一つ変わらない。
どんなに電子書籍が便利だとしても、何があっても忘れられない大好きな感触だった。
「買いなよ、佐々木」
「でも……」
母さん親に何を言われるか分からない。
もしもまた、本を捨てられたら、俺は正気でいられる気がしなかった。
「大丈夫だよ、もしも何か言われたら私がガツンと言うから!」
森下は腕の筋肉を見せつける様に腕を上げた。
しかし筋肉など一切見れず、それでも自信満々に言うものだから、噴き出して笑ってしまった。
「ははっ、そうだな。うん。その時は頼んだ、森下」
「任された!」
森下にそう言って貰えて、肩が少し軽くなった。
お互いに買うものを決めてからは、店内を散策した。
グッズ売り場ではアニメ化や映画化している作品が多くあるので、森下が見た事あるグッズも多かった。中には実写化した作品は知っていても、原作がこんな絵だったとは知らなかった、なんて作品もあったほどだ。
俺達オタクは、大抵は原作から入るので分からない感覚だった。
しかし、だからと言ってニワカだとか馬鹿にする事はしない。
実写化だって一つの作品である事に変わり無いし、そこから原作に入ってくれる人がいる事も事実だからだ。
実際に森下は好きだった実写化映画の、原作のキーホルダーを手に取っていた。青髪のヒロインが実写女優よりも可愛くて気に入ったらしい。こうやって、普段は漫画を読まない人がその作品のグッズを読んでくれる事が嬉しくなった。
それからグッズコーナーを過ぎると今度はコスプレ用品が並ぶエリアに来た。
「メイド服だけでいっぱいあるんだね……」
「歴史的に見ても古今東西、メイドの種類は沢山いるからね」
森下の呟きに答えた。
「まあ、オーソドックスなのはロングスカートのメイドかな。ほら、何となく清楚なイメージがあるでしょ? そして近年台頭して来たのが、メイド喫茶とか秋葉とかでよく見るミニスカメイドだね。大きく分けただけでも二種類はいるし、もっと細かく分類して行けば二十や三十以上は区分できるんじゃないかな」
数舜遅れて、メイドについて熱く語ってしまった事に気付いた。オタクあるある、語り出すと止まらない。
だがそんなキモイオタクにも森下は「へ~」と楽しそうに話しを聞いてくれていた。
その優しさが心に染みる。
「ちなみに佐々木はどっちのメイドさんが好きなの?」
「断然、ロング」
即答である。
そもそもメイドというのは主人に奉仕するのが仕事である。ミニスカはどちらかと言えば、人に魅せる作りになっている。だが主人に仕えるメイドが他人に肌を見せるなど言語道断でロングスカートの様に肌を隠せる服装が好ましい。しかもロングスカートのメイド服にはロマンが詰まっている。胸が強調された作りでは無いので、そういった点では魅力に欠ける様に想われるが、あの見えずとも上から押さえ付けられている胸元には無限の可能性が常に開放しているミニスカメイド服などよりもあるのだ。服を脱いだ時の破壊力を想像してみるがいい。普段は隠されていたものが解放されるという魅力の蓄積によって、その威力ははっきり言って未知数だ。それにミニスカメイドとは違ってロングスカートにはスカートの隙間からパンツが見えるか見えないかのギリギリのラインが無いから楽しくないだろ、とかそんな馬鹿な事を抜かす輩もいるが、ロングスカートにも絶対領域はあるのだ。ロングスカートだけあって普通に歩いている分にはその内部が覗く事は無いだろう。だが、それもまた胸と同じで隠している分、威力は蓄積されている。では仮にメイドが激情に駆られて上段蹴りを放ったとしよう、その際に何が見えるだろうか。答えは、宇宙だ。あの中はメイド好きの俺であっても見通せない程の無限が広がっている。ロングスカートの中身は可能性であり、宇宙であり、銀河なのだ。よって俺は断然ロングスカート派だ!
「なるほど、佐々木はロング派っと」
「そんな事メモに書いてどうするつもりだ?」
「何もしないよ」
「そうか?」
まあ、森下の事だから悪用される事は無いだろう。
コスプレコーナーを見終わった後は、もう十八禁コーナーぐらいしか見る場所もないため、カウンターで購入してアニメイト訪問は終わった。
作者の励みになるので「面白かった」「続きが読みたい」などと思ってくれた方は高評価やブックマーク、感想などを是非よろしくお願いします。




