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夏休みに入り、学校に行く必要が無くなった俺達だったが、バスケ部は大会が近いため練習漬けの日々を送っていた。しかし程よい休憩も必要だと言う監督の意向もある、運良くバイトも休みの日だった事で、俺は丸々一日の休みが貰える事になった。
思わぬ休日だが、バスケの自主練に費やすわけでも無く、また勉強に費やすわけでも無く、俺は駅前で待ち合わせをしていた。
始まりは夏休みが始まった頃、ラインで森下と話していた際に好きな物の話になった事が起因している。夏休みから上映する映画の話や、行きたいと思っていたけど恥ずかしくて中々行けなかった猫カフェの話。それから俺の好きな漫画やラノベの話が続き、ある時に「じゃあ今度一緒に行こうよ」と向こう側から言って来たのだ。
まさかそうなるとは思っておらず、最初は何かの冗談かと思ったが話を進める内に明確な予定が決まって行き、冗談でも無くて本当に二人で遊ぶんだ。と自覚すると愉悦が湧いて来た程だ。
それから予定はどんどん決まり、ついに当日がやって来た。悩んだ末にシンプルなファッションが一番良いと思って、白いTシャツにジーパン、白をベースにした青いロゴのスニーカーにトートバックを肩に掛けた服装にした。この服装なら外れは無いし、万が一にも失敗はしないだろう。
この僅かな待ち時間でも俺はうずうずしてしまい、何度も髪型を確認したり、メッセージを開いたり閉じたりを繰り返している内に「お待たせ」という待ち人――――森下の声が聞こえた。
「いや、全然待ってない、よ……っ?」
ようやく時間だとかなりウキウキで振り返ったが、思いも寄らなかった森下の服装に驚愕して押し黙ってしまった。
白いTシャツに合わせた、ふわりとした紺色のロングスカートは涼し気に夏の風を靡かせている。足首までベルトでしっかりと引き締められたアンクルストップサンダルによって、スカートからちらりと覗く生足が輝いて見えた。小さなショルダーバックを肩にかけ、その細い腕には白い腕時計が巻かれている。
森下のイメージはどちらかと言えばかっこいいカジュアル系だったが、今は真逆の清楚系のファッションに身を包んでいた。目付きが鋭く、あまり濃いメイクはしないナチュラルメイクの森下が着ていると尚更落差が強いというか……。
これがギャップ萌えというやつか。
「……じろじろみて、何?」
森下は口調を強めてはいるが、その頬は朱色に染まり照れているのは明らかだ。
しかし森下の服装を上から下までまじまじと見てしまったのは事実なので「ごめん」と謝っておく。付け加えて。
「あと、似合ってるなって思って……」
「そ、そう……?」
素直にそう褒めると、森下も嬉しそうな、恥ずかしそうな表情で顔を俯かせた。
気まずい沈黙が流れるが、このまま留まっていても時間が過ぎるだけだ。
「じゃ、じゃあ行こうか!」
「あっ、う、うん。行こう!」
沈黙を打ち破ったのはヤケクソの一声で、森下もそれに乗っかってくれて何とか足を動かす事が出来た。あのまま何もしなかったら、お互いに照れたまま一日が過ぎる事になるところだった。
お互いに照れた顔を直視しない様に少し歩いて、お目当ての映画館までやって来た。夏休みという事もあって学生で賑わっていたが、そのほとんどが男女の二人組、つまりカップルだった。
周囲からは俺と森下もカップルに見られているのだろうか……?
なんていう考えを表に出してしまえば、今日という日を台無しにしてしまう。邪な考えを振り払って、チケットを購入した後に映画を見ながら摘まむためのポップコーンとジュースを購入した。
選んだのは、アメリカンヒーロー物の超大作だ。本来なら恋愛映画とかを選ぶべきなんだろうが、俺も森下もこのシリーズの大ファンでずっと楽しみにしていた。お互いに好きなもの同士なら構わないだろう、とデートの鉄則など捨て置いて入館する。
人が多くて狭苦しい中央の席よりも、左右の壁際の方を選んべば人がいないので楽だと思いこの席にした。
「楽しみだな」
「そうだね、予告編を見た感じだとかなりやばい展開になりそうだけど……」
それから俺と森下は、前回までのシリーズであった出来事や、今回の映画で起こりそうな展開を予想して談義しているとあっという間に上映時刻がやって来た。
ピーッという開幕音と共に、映画が始まった。
映画はまだ序盤ながらに、キャラクター同士の論戦が繰り広げらえていた。それぞれの思惑や野望が交差する中、迫り来るのは過去最大の敵。チームが一致団結しなければ勝ち目は無いが、果たして今の険悪な雰囲気の中で再びチームに戻る事は出来るのか……、といった風に中々に熱い展開が広がっていた。
これから山場を迎えそうな雰囲気があるが、激しい尿意が襲って来ていた。
ジュースを飲み過ぎたのがいけなかったのだろう、どんなに我慢したって映画のクライマックスまでは持ちそうにない。それなら今の内に行っておいた方が安全だろう。
森下にも一言断りを告げようかと思ったが、そもそも映画館で喋るのはマナー違反だし、何よりも集中して映画に見入っていたので邪魔してしまうのが憚られた。
姿勢を低くして見ている他のお客さんの邪魔にならない様に会場を出て、トイレをさっさと済ませた。他の会場も上映中の様だったが、通路には夏休み以降に上映予定の映画のポスターが張られていてつい見入ってしまう。
いくつか面白そうな映画を見つけ、後から森下に見せるために写真を取っておいた。
それから会場に戻った瞬間、巨大な爆発音と吹き替え声優の「っ、みんな伏せろー!」という叫び声が聞こえた。
まさかと思って駆け足でスクリーンが見える位置まで行けば、もうすでに戦闘は始まっていた。今まで中違いしていた仲間たちが団結し、お互いに守りながら戦っている姿は圧巻だ。
しかし、ここまでの経緯が見れなかったのは非常に残念だ。
気分が落ち込んでいる事を察しながら、俺は自分の席に戻った。
まあ、事の経緯は後で森下に聞けばいいか、と思いながら俺は戦闘が続く映画を見ていると、とんとんと肩を叩かれた。
何かと思って見て見れば、森下が微かに紅色に塗られた唇を俺の耳元まで寄せて来て、
「マークがね、キャシーに告白したの」
そっと囁く様に森下のハスキーな声でそう言った。
~~~ッ! 決して声には出ない叫びが、俺の心の中で響いた。
全身に電流が奔る様な、それでいて甘ったるい幸福感が全身を巡った。
途端に耳を押さえて、何をするのかと言う意味を込めて鋭い視線を向けたが、その時には森下はスクリーンに集中してこちらなど気にも留めていなかった。
若干の怒りが湧いてやり返してやろうかと思ったが、耳に残る吐息の感触が、そんな事はどうでも良い様に思えた。
それよりも森下が言った言葉の意味を考える。
そもそも、仲間たちが仲違いする事になった発端が、普段は仲間たちの間を取り持つキャシーが、想いを寄せるマークが女の子と歩いている姿を目撃した事から始まった。
その女の子はマークの妹でしかもマークもキャシーに想いを寄せる、つまりは両想いの関係だったにも関わらず、問い詰めるキャシーの言葉にマークも言い返し、大きな喧嘩になってしまったのだ。
そのタイミングで仲間の言い争いが過激になってしまったのだ。
しかし、マークがキャシーに告白したのなら問題は解決する。お互いに両想いだったのだから、恋人になるのは必然だろう。それから二人で仲違いを仲介すれば、元通りのチームに戻る。
そうやって俺がいなかった間の映画の流れを理解している内に、映画は佳境を迎えていた。敵の策略によって仲間たちは各地にバラバラに飛ばされ、協力する事は出来ない。敵は強大で、それぞれに相性の悪い相手を当てていた。
ふわり、と風が吹いた気がした。そんな事があるはずが無いのに、風が来た方を見れば森下が真剣にスクリーンを眺めていた。
映画には傷を負って動けない恋人を護るために立ち上がったマークが映し出されていて、森下の頬には一筋の涙が流れた。
少なくとも俺はそこらの買いがなどよりもよほど美しい光景だと思い、森下の横顔を確かに記憶に刻むのだった。
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