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練習が終わるとすっかり辺りは暗くなっていた。今日はシフトが入っていないのでバイトも休みで、この後はすぐに家に帰る事が出来る。
「佐々木先輩!」
帰り支度をしていると安住が駆け寄って来た。1on1の申し込みかと思ったが、安住もすでに練習着から着替えてジャージ姿になっている。
ならば何の用かと思えば、どうやらこれから鈴木と一緒にラーメンを食いに行くらしい。
「じゃあ……、行こうかな」
家に帰っても深夜まで勉強をする必要は無い。
「えっ、何、佐々木も食いにいくの!?」
「まじかよ! 激レアじゃねえか!」
俺がラーメンを食べに行くと言ったのが珍しかったのか、二年生を中心としたチームメイトが集まって来た。
しまいには俺も行こうかな、と言い出す始末だ。
「おいおい、俺らがこれから行こうと思っているラーメン屋は狭いから席少ないんだよ。こんなにいたら入れないだろ!」
鈴木が直ちに文句を言うが、それでもチームメイト達は引き下がらない。
「えーっ、俺らも佐々木と遊びたいんだけど」
「ええい、早い者勝ちだ!」
何と言う暴論。チームメイト達も同じ意見の様で、ブウブウと文句を垂れていた。このままじゃ不満が爆発しそうなので、早めに代替え案を提案した方が良さそうだ。
「それじゃあ、次行こうぜ」
「えっ、次?」
「おう。まあ、バイトある日は無理だけど、これからシフトも減らしていくつもりだから、前よりはみんなと遊べると思うからさ」
そう言うと、チームメイト達は皆、嬉しそうな顔で騒ぎ出した。
「それじゃあゲーセン行こうぜゲーセン!」
「バッシュとか練習着とか見にスポーツ店行こうぜ!」
「この前、駅の方に新しいラーメン屋が出来てさ!」
みんなとの約束を取り付けると、もう一か月くらい後まで放課後の予定がびっしり埋まってしまった。
ラーメン屋に向かうまでの道のりで鈴木と安住は若干不貞腐れた表情をしながら歩いていたが、学校帰りに友達と何かを食べに行くのが初めてだと伝えると途端にご機嫌になった。
「んじゃ、今日のところは涼介の初めてで満足しておくか!」
「そうですね!」
「何だよその言い方、気持ち悪ぃ……」
今までだったら絶対に言わなかっただろう悪態をつき、それでもゲラゲラと笑ってくれた鈴木と安住に友情に似た感情を抱くのだった。
ちなみにラーメンの味は最高だった。
久しぶりにバイト先に行けば、店長たちが忙しなく働いていた。人数が足りないわけじゃなさそうだが、見ればサラリーマンの団体さんがお越しの様だ。
「あっ、佐々木君!」
「おかえりなさい!」
「復帰早々悪いんだけど、とりあえず入ってくれるかな!」
「了解です、すぐに着替えて来ますね!」
しばらく休んでしまった事を謝ろうかと思ったけれど、この忙しさでは挨拶をする事もままならない。ひとまずは店を落ち着かせるために全力で働いた。
「田中さんご来店されました~!」
「まじか、僕が接客するから佐々木君はホールお願いね!」
突然のトラブルにも対応し、何とか営業を終える事が出来た。
今日は団体さんが店を終える時間まで貸し切りにしていたみたいだけど、酔った勢いなのか分からないが、あれよあれよと解散になっていた。
他にお客様も来なかった事もあって、店長の一存で今日は早めに店を切り上げる事にしたのだ。
「店長、皆さん、長い間すみませんでした!」
バイトが終わって少し時間が出来たので、みんなの前で一か月も休んでしまった事を謝った。
「全然大丈夫だよ、負担掛け過ぎちゃったね」
と、店長は優しい言葉で返してくれた。
「それで今月のシフトなんだけどね」
「店長、その事何ですが……」
「うん?」
休み明けで酷く申し訳ないが、体調不良の原因と今までの無理な日程について話さないと前に戻ってしまう。
「そっっっかぁ~……!」
全てを伝えると大きな溜息を吐く店長は、両手で顔を覆いながらしゃがみこんでしまった。
「困りますよ、ね……」
店長は「うん。困るよ」と断言。
当たり前だがバイトはシフトによって回っている。それが突然、一人の都合で入る日を減らすと言われてしまったら、経営者側は当然止まるし、その割を喰らうのは同僚のみんなだ。
「すみません」と謝罪の言葉を言おうとすると、店長が「でもね」と言葉を続けた。
「今まで佐々木君に頼りっぱなしだったのは分かってたし、今こうして本人の口から言って貰えて、改めて佐々木君に負担をかけていたんだなーって……」
まるで自分への情けなさを責め立てる様に、店長は深い溜息を吐いた。
「店長として申し訳ないよ。君はまだ高校生で、本当なら大人が気遣ってあげないといけないのに、君に隠させてしまった。負担を我慢させてしまった」
店長はしゃがみこんでいたのをやめて、立ち上がる。
「本当に申し訳ない」
そしてどこかの監督と同じように、店長は背中が見える程に深く頭を下げた。
頭を上げて下さい、と言って少しして店長は頭を上げてくれた。
どうして謝るのだろう。迷惑をかけているのは俺なのに。
その考えが表情に出ていたのか、店長は苦笑しながら理由を語ってくれた。
「君たちは高校生でも世間一般では「バイトなんかやったら大人の一員だ」、って風潮があるけど僕はそう思わない。まだ十七、八年しか生きていない子供なんだよ。だから大人に迷惑をかけるのは当たり前だし、支えてあげるのが大人の役目なんだ」
涙が出そうになった。
大人と一緒だという気持ちで働いていた。迷惑をかけてはいけない。自分の尻は自分で拭わないといけない。少しでもミスをすれば、人に迷惑をかけてその上で巻き返しが出来ない大きなトラブルに繋がってしまうかもしれない。
それが焦りに繋がっていた無理をしていたが、こうして店長に迷惑をかけるのが当たり前と言って貰えたことで、これまで背負っていた重荷が無くなった気がする。
「とりあえず新しいバイトの子を探すとして……、その間までどうしようかなー……」
ところが、さっきまでのかっこいい店長はどこにいったのか、いつものへにゃへにゃ声で再びしゃがみこんでしまった。
やはりと言うべきか、人手は足りないみたいだ。俺が抜けた穴は大きいし、新しいバイトを入れるにしても時間が掛かる。それまで俺を除いたこの面子で乗り越えられるとはとても思えなかった。
「えっと、その間くらいなら俺も頑張って……」
「だめだよ。それじゃあ、また僕が佐々木君に甘えちゃうから」
ピシャリと拒否された。
確かにここで俺が手を貸しても、また最初に元通りだ。
でもどうすればいいのか、頭を悩ませていると。
「私も知り合いにあたってバイト探してみるよ」
「うちの後輩にもバイト探してる人いたし、誘ってみるね」
これまで成り行きを見守っていてくれたバイト仲間で大学生のお姉さん二人が助け船を出してくれる。
「私はちょっとシフト増やしたいって思ってたし、ちょうどいいかな」
三十路半ばの主婦の女性がそう言った。
「店長! 俺は彼女に振られたばっかりだし、仕事で忘れたい気分だからシフトめっちゃ入れて下さい!」
と言うのはイケメン大学生だ。しかし女運が無く、いつ話しても彼女に浮気されてその上で一方的に振られている。
「皆さん……」
彼らとは年齢はばらばらだし、所詮はバイトの仲間だ。俺の事を助けてくれる義理なんて無いはずだが、彼らはにこりと笑って言い放つ。
「いやあ、年下の佐々木君がそんなに頑張っていたなんて知らなくて」
「年上として情けないし、ちょっとぐらい先輩の意地を見せたくなった的な?」
若干頬を朱色に染めた大学生のお姉さん方が言った。みんなも同じ気持ちの様で、似たような表情をして照れた様に頬を染めていた。
「ありがとうございます……っ」
俺は大人に助けられている。
その事を改めて実感した一日だった。
後日、俺は春香とのデートに備えて駅前の設備時計の下で待ち合わせをしていた。今日は仮面を外してから初めてのデートだ。スマホの内カメラで前髪のセットを直しながら、春香が来るのを待つ。
今日は俺がデートプランを組み立てている。最初はお洒落なブックカフェに行く予定だ。読書家には人気が高いが、本を読まない人でも楽しめるくらい雰囲気が良い。愛好家に人気がある珈琲や、SNSでもバズっているパフェもメニューにあった。春香も気に入ってくれるはずだ。
そして俺は今日、春香に漫画やラノベ、アニメが好きな事を告白しようと思っている。春香にも俺の好きな物を知ってほしい。もし可能なら、春香にも好きになって貰いたい。それが無理なら受け入れて貰いたい。これまでは春香の好きな事を優先していたが、これから先は二人で楽しめるデートがしたいと思っている。
「待った?」
「いや、全然だよ」
早速の遅刻ありがとう。
しかし春香の遅刻は毎度の事なので、本来の待ち合わせ時間よりも前の時間を春香に伝えていた。今日はブックカフェに予約が必要な人気の席を予約しているので、遅刻は許されなかった。
女の子には化粧などやる事が沢山あるから、用意に時間が掛かるのは仕方がないことだ。
遅刻する理由とか、俺がどうして漫画が好きなのかとか、これから知り合っていけばいい。
恋人になるっていうのは、そういう事だって俺は思うから。
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