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ホームルームが終わり放課後になった。今日は部活もあるので早めに荷物をまとめていると午後から登校して来た春香が話しかけて来た。
一か月ぶりの会話だったが相変わらず春香はSNSに夢中の様だ。その手に握るスマホに映るのは、知らない女子がダンスを踊っている姿だった。
「ねえねえ、来週なんだけど最近流行りのダンスがあってさーーーー」
やはり今回のデートも、そのダンスを踊るためにどこかの映えるスポットに行くつもりなんだろう。
春香とのデートはいつも春香に合わせて、綺麗な風景がバックになる場所や、多くの人が知っている観光名所に行っていたが、そんなことで本当に付き合ってると言えるのだろうか?
少なくとも俺の中の付き合うというイメージは違う、付き合うっていうのはもっと二人で楽しめる場所に行くんだと思っている。
正直、春香といつも行っていたデートはデートじゃないと思う。あれでは俺がカメラマンの、ただの付き人じゃないか。
だから今回は春香と本当のデートがしたい。そう考えていた。
「ごめん、春香! 今回は俺にデートプランを考えさせて貰えないかな!」
だから勇気を出して、飛び込め。
「絶対に退屈させないからさ、俺に任せてもらいないかな?」
そう言うと春香は「え?」と驚いた表情をしたが、少しして頷いた。
「あー、うん。別にいいけど……」
「ありがとう。それじゃあ、来週の土曜日な」
「おっけー」
呆気に取られた様子の春香だったが、練習があるので急いでいる事もあり、さっさと約束だけ取り付けて体育館に向かった。
すでにポイントガードの鈴木と一年の安住は練習前のシューティングを行っていた。
「おっ、帰って来たな。エース!」
最初に声を掛けてくれたのは、一番仲が良いと言っても過言じゃない鈴木だった。にやにやと笑いながら言うものだから、「まあ、ヒーローってのは遅れて来るもんだからな」と言うと「調子乗んな」と尻を蹴られた。
仮面を被っていた頃に、一番素に近い感覚で接する事が出来たのはこの鈴木だけだ。
「あっ、佐々木先輩!」
鈴木と話していると、今までシュートに夢中だった安住が気付いて駆け寄って来た。犬みたいだな、こいつ。
「心配しましたよ! 今日帰ってくるって言っていたのに、朝練に来ないからまた身体壊したのかなって」
そう言われて見れば、確かに安住とは一緒に朝練をする事が多かった。倒れた日の前二週間くらいになると毎日来ていたくらいだ。
実は俺は今回、鬱になった事をきっかけにして生活習慣を見直してみる事にしたのだ。そして改めて自分が過度な日程で過ごしていた事を知り、これは鬱になるわけだと自分で納得する事が出来た。
再び前と同じ日程で過ごせばまた鬱になりかねないと思った俺はまずは手始めとして、朝練の頻度を減らすことにしたのだ。朝練は強制では無いし、普段の部活だけでも十分に練習は出来る。それでも毎朝練習していたのは俺の自己満足でしかなかったのだ。
「ごめんな、実は朝練の頻度を減らそうと思ってさ」
安住と鈴木は少し驚いた表情をした。
「まだ身体悪いのか?」
「いや、ちょっとオーバーワーク気味だったし、また休まないといけなくなると嫌だしさ」
そう言うと納得した様な、してなさそうな表情で鈴木は頷いた。その隣を見れば安住が悲しそうな顔をしていたので、髪をわしゃわしゃと撫でてやる。
「そんな捨てられた子犬みたいな顔するなって! もう朝練行かないわけじゃないし、また1on1してやるからよ!」
「~っ、はい!」
ぐしゃぐしゃになった髪で嬉しそうな顔をする安住は、どこかゴールデンレトリバーを彷彿とさせる。バスケ部のマスコットになれそうな逸材だ。
「集合―っ!」
副部長の立場である、センターの江越の声でシュート練習を中断してバスケ部員は一斉に監督のもとに集まった。
「あー、今日から佐々木が復帰する。夏休みの大会に向けて、よりチームの強度を上げていくぞ。それじゃあいつも通り練習始め! 佐々木は俺のところまで来るように」
短く必要事項だけを告げて、監督は体育館隅のパイプ椅子に腰かけた。あそこは監督の定位置で、何でもコート全体を見渡せるらしい。
ともかく呼ばれたのは俺だけなので、練習を開始するチームメイトを余所に監督のもとに向かい、深々と頭を下げた。
「すみませんでした!」
「うん」
かなり怒られると覚悟して頭を下げたんだが、返って来たのはそんな素っ気無い言葉だった。
不思議そうに監督の顔を伺っている俺の視線に気付いたのか、監督は気まずそうに頬を掻いた。
「いや、不幸中の幸いというか、何というかな。あーっと、つまりだな、……お前が休んでいる間にチームの問題点と改めて見つめ直す事が出来たんだ」
監督は話しながらおもむろにパイプ椅子から立ち上がった。
「このチームは今まで、佐々木涼介というエースに頼り切りだった。得点は取れないし、他の面子もエースが敵を引き付けてくれないとまともに決めきれない。こんなチームじゃ、いずれ瓦解していただろう」
確かにチームとして考えれば、俺を中心に稼働していたといっても過言じゃなかった。ボールを回すのは鈴木の役目だったが、一度俺にボールを回して相手の反応次第で作戦を組み立てて、隙があれば自分や他の面子で点を取る。困った時はエース、つまり俺に渡して点を取ってもらう。それは最早、俺のワンマンチームだった。
「だからこそ、今は後輩育成にも力を入れ、チーム全体で得点力を上げるための練習に励んでいるんだ」
監督の視線を追うと一年生を中心に精力的にシュート練習に励んでいた。そしてその傍らには、アドバイスをする先輩の姿があり、素直に従った一年生は次の一本でしっかりと決める事が出来た。
よく見ればその二年生からのアドバイスがチーム全体で行われていて、一年生は皆アドバイスを吸収してグングンと上手くなっていた。
「このチームはまだまだ強くなれる。お前のおかげだ、佐々木」
本当にその通りだと思う。
少なくとも、このたった一か月で一年生はかなり成長している。
このまま行けば、全国出場だって夢じゃないぞ。
「もちろん、このチームの中心はお前なのは変わらないぞ! これからも存分に働いてもらうからな!」
ガハハハ、と監督は豪快に笑う。
それから真剣な表情に戻り、頭を下げた。
「今まで、お前一人に負担をかけてすまなかった。俺は監督失格だ」
それは謝罪の言葉だった。背中が見えるほど深々と下げられた頭、唇を食いしばった様に震える声は自責の念が込められている様に重たかった。
「そんな、頭を上げて下さい! バスケ未経験の俺がここまで成長できたのは監督のおかげです、失格なんてありえないですよ!」
それは俺の紛れも無い本心だった。
監督は厳しい面もあるが時に優しく、そして時に部員とともに悪ふざけをする親しみのあるお父さんさんの様な人だ。
嫌っている部員もいるにはいるが、俺がこうしてバスケ部のエースとして頭角を現せたのは監督のおかげだ。
そんな人の事を、監督失格だなんて絶対に俺は言わない。
「っ、すまない……」
「だから謝らないでくださいよ」
ようやく頭を上げてくれても続ける謝罪の言葉に、俺は苦笑しながら「俺はまだ監督を全国に連れて行ってないですから」と告げた。
その一言に監督は目頭を押さえて顔を背けた。鼻声なのはきっと気のせいだろう。
「っ、この……、生意気言いやがって」
「監督が監督なら、絶対に次の大会も優勝できますから」
だから練習行ってきます、と告げて俺はさっさと練習に戻った。
久ぶりの練習は身体の節々が痛くなったが、それでもネットを揺らないシュートを決める感触はとても心地よかった。
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