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魔女と悪魔の少女  作者: かづ
2/2

少女との出会い

「シアー、いるかぁ?」


森に響く程の大声を上げて親友がやってきた。しかし俺は何も答えない。何も言わずともいつも勝手に見つけてくれる。

俺とは違って魔力の気配を敏感に察知することは出来ないらしいため、どうやって探しているのか疑問ではあるが、まあ向こうから見つけてくれれば楽でいい。そう一人納得して、手元に視線を戻す。そして数秒、風が靡いた。


──来たか。


本を閉じて、そのまま視界も塞ぐ。

髪が仄かに揺れた瞬間、鋭く切り裂くような風が辺りに吹き荒れる。しかし、それも一瞬のこと。

再び静寂に包まれたことを確認し、ゆっくり眼を開ける。目の前には、俺と同じくらいの背丈の少年が箒を持って立っていた。


白魔女の証である、雪を連想させるような真っ白い髪に、笑みを浮かべたその表情は、黙っていれば一見儚げな印象を与えるだろう。

吸い込まれそうな程に黒い瞳は、光に反射する度に様々な色で彩りを魅せる。


「珍しく先に帰ったかと思えば、まぁたここかよ。全く、お前はホントに本が好きだなぁ」


しかし、俺にとって彼は、儚げとは程遠い。

ましてや真面目でもない。まあ、やることはしっかりこなすがな。


緩くネクタイを締め、着崩したシャツの上に俺と同じ見習い魔女の黒い制服を肩から羽織った出で立ちは、彼曰く、自由に動けて楽でいい、らしい。


「……お前の甘党もかなり厄介だけどな」


しかし、その格好のせいでよく教師に怒られている姿は、真面目さを買われて見習い魔女の代表者に選ばれた者とは思えない。


「そうかぁ?」


それが俺の親友・クオと言う魔女だった。


「それにしても、相変わらずよく見つけるな。前より早くなってないか?」


思わず感嘆の声を上げると、


「伊達に何年も親友やってねぇよ」


持っていた箒を魔法で消しながら返された。


「……そうだな」


俺の返答に、だろ?と自慢げに言ったクオは、座ったままの俺の隣に腰を下ろし、ニカッと笑った。思わずその顔からそっと視線を逸らし、ふと思い出した問いを口にする。


「ところで何の用だ?今日は仕事が終わったらそのまま人間界へ遊びに行くと嬉しそうに話してたはずだろ?」


クオとの話は永遠に尽きない。初めに要件を聞いておかなければ、忘れて夕刻まで盛り上がってしまうだろう。そのせいで昔は何度もすっぽかしてしまい、二人で怒られた記憶も新しい。…俺は悪くないと思うんだがな。


「あぁ、仕事は明日に延期になっちまってなぁ。長の予定が合わねぇんだとよ」


クオは手を頭の後ろで組み、眼を閉じる。


「そうなのか」

「まぁ仕事なんて硬っ苦しい言い方したところで、結局はただの見回りだしな」

「そういう問題じゃないだろ。代表者の仕事なんだから」

「お前は硬ぇなぁ」


腕を解き、ケラケラ笑いながら肩に回してきたクオに、お前は適当過ぎだ、と苦笑を浮かべた。


「んでさ、時間が結構余っちまったから、このまま人間界に行こうかと思ってよ。シアも一緒に行かねぇか?本もいいけどよ、偶には街にも降りようぜ」


魔女たちにとって人間界は、非常に便利な存在だった。時には課題に、時には遊びに、時には物の入手手段として利用される。

そして何より、人間に魔女の姿が見えないことも、俺たちにとってはメリットが大きい。

そのため、クオを初めとした多くの見習い魔女も様々な目的で出入りしている。


「人間界か…」


俺は視線をクオから外し、木々の隙間から覗く青い空に向ける。


この森とはまた違った心地良さに包まれながら、自然に身を任せ、まるでそこだけ時が止まったかのような感覚に陥る、あの穏やかな空間。また、遠くから花々の優しい香りや、木々の柔らかく揺らぐ音が時折伝わってくる。そんな情景を思い浮かべ、無意識に口角が上がった。


「そうだな。久しぶりに、あの森で本を読むのも悪くないかもな」

「………お前人の話聞いてたか?全く、お前は本のことしか頭にないのかよ…」

「まあな」


問いかけられた言葉に肯定し、ムスッとした表現を浮かべたクオを後目に箒を呼び出して跨ると、俺は呪文を唱え始める。

慌てて箒を呼び出すクオに、くすりと笑いを零した瞬間、俺たちを眩い光が包み込んだ。


ーー


光が薄れたのを感じて眼を開ける。目の前に広がる光景は森ではなく、広い丘の上だった。丘を下ると、小さな街が建ち並んでいる。その街に背を向けた先には、深緑の大きな森が広がっている。


日が高く昇った時間だからだろうか。ゆっくりと腰を曲げて歩いている老人、ボールを追いかける背の低い少年たち。自転車という乗り物に乗る女性の姿など、様々な人間が集まっていた。

そんな中で箒に跨ったままの異質の俺たちには、やはり誰も気付くことなく通り過ぎて行く。


**


魔女の姿は人間には見えないが、魔女は人間界の物に触れることができた。そのため、魔女たちは魔法界では貴重な薬草や幻の宝石などを探しに、人間界に赴いていた。

だからこそ、誰も知らなかった。気がつかなかった。


───人間そのものに、全く触れることができないことに。


昔、人間に姿が見えないことをいいことに、イタズラをしようと考える二人の見習い魔女がいたらしい。内容としては、人間の背から飛び出て驚かせる、という単純なものだった。


そして、道端を歩く人間たちを見つけた魔女たち。早速驚かせようと、一人の魔女が背後から箒を飛ばして近づいた瞬間、前に乗り出し過ぎたのか、箒の上でバランスを崩してしまった。身を投げ出されることはなかったが、体制を立て直す暇はなく、そのまま人間に直撃する形となった。


「ど、どいてどいて〜!!!」


慌てて人間に叫んでも、その声が届くはずもなく。ところが驚くべきことに、魔女は人間の体をすり抜けてしまった。


「「えっ」」


しかし驚いたのもつかの間、直撃を免れた箒は、スピードを落とすことなく目の前に広がる森に突っ込んでいき、魔女はガサガサと大きな音を立てて地面に落下した。因みに箒はその拍子に折れてしまったらしい。


「うわああぁ!!」

「え、ちょっ……!」


魔女の行動は全く意に介さなかった人間も、夜の音には恐怖心が湧いたのか、大慌てで駆けて行ったというエピソードと共に、この出来事は長に報告された。

これにより、人間に干渉することが不可能だと理解した魔女たち。それからは、人間へ関わることなく、人間と魔女は、決して交わらない存在となった。


**


「なぁ、ホントに来ないのか?」


クオは口を尖らせながら、箒を降りた俺に問いかける。一緒に街に行かないことに、まだ不満があるらしい。


「ああ。今日は読みたい本があるんだ」

「……今日"は"じゃなくて今日"も"だろ」


クオは不貞腐れたようにボソリと呟く。


「今度は一緒に街に行くからさ」


苦笑混じりに返した言葉に、ちぇっ、と零したクオは困ったように笑い、片手を軽く上げる。


「んじゃぁ、いつもの時間にここに集合な。また時間忘れんなよ?」

「ああ、わかってる。じゃあな」

「おぅ、後でな!」


手を振り返すと、クオは俺に背を向けて、街の方へと箒を飛ばして行った。

クオを見送ると、俺も本を片手に森の方へと向かって歩き出した。


ーー


魔法界の森と人間界の森は、どちらも静かで過ごしやすく、俺の落ち着く場所だった。魔法界の森は、薬草や集会会場、様々な噂が飛び交う神殿があるらしく、中々遊びには適さず、滅多に魔女も入ってこない。

一方人間界の森は、そもそも規模が違う。


実際に箒で真上を飛行すると、街と反対側から、街の方へ覆うように広がっていて、魔法界の森よりも遥かに広い。鳥のさえずりや優しい香りの花々、その中には薬草もあるが、奥へ進むとほとんど生えていない。

森の入口付近には、花々が咲き乱れていることで、人間もたくさん集まりやすくなっている。しかし、俺が向かう先は、人間が来ない緑一色の、奥まった場所にある。


カサカサと葉を踏み締めながら、狭まった道を通り、いくつもの木々の間を抜ける。すると、段々と光が差し込みやすくなってきた。そうして辿り着いた場所で足を止めると、円を描くように木々が並んだ中心に、一本の巨大な大樹がそびえ立っている開けた場所に出る。その大樹の傍には切り株があり、俺は足を進め、大樹に背を預けて腰を下ろした。


人間界で読書するときは、必ずここまで来る。ある日は木の上で、またある日は、切り株に腰掛けて一日を過ごしている。今日もまた、そんな変わらない日常を過ごそうと本を開くと、木々のさざめく音の中に、珍しい音が混ざった。


見つけた、と弾んだ声色と共に、遠くからカサカサと、人工的に葉を踏み締める音が聞こえてきた。クオかと思ったが、全く魔力を感じないので、おそらく人間だと結論づける。薬草を摘みに来た他の魔女などでは面倒だが、人間であるなら関係ない。

先程の言葉通りなら、探し物でもしていたのだろう。こんな所で探し物が見つかるのかどうか多少の疑問を抱くが、まあ出入りしているのが俺だけとは限らないしな、と納得し、それから一切興味を示すことなく本に眼を落とした。


────

───

──


「──ねぇ」


声がする。


「ねぇってば」


また声がする。相手は何をしているのだろう。こんなに呼びかけているというのに全く返事をしないとは、随分失礼な奴だな。


「もぉ〜〜〜!」


今度は叫び声だった。

そして次の瞬間、思わぬ出来事が起きる。


先程から誰かに声をかけていた人物は、なんと俺の読んでいた本を取り上げた。俺は驚き、流れるように視線を上げると、相手は本を自身の背に隠していた。まあ、かなりの大きさのため、背からはみ出していたが。

いや、それよりも───


「なんの本読んでるのって聞いてるの〜!!」


チリン、と鈴のなるような可愛らしい声が怒りに染まっている。

そして、視界に映ったのは、頭の真横で左右に結ばれたサファイアのような青い髪に、白いフリルの着いた、可愛らしいワンピースを身につけた幼い少女。その少女の瞳は、逆光にも関わらずキラキラと輝き、惹き込まれそうなほど透き通っていた。


……?

少女?


───人間?


「……………………………は?」


森には、俺の間の抜けた声が木霊していた。

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