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変わり代わる木の下で

作者: 竹林むつき

 夢というのは本当に残酷だと私は思う。大抵のひとは叶わないにもかかわらず大人たちは「大きな夢を持て」という、しかしそう言った大人たちは自分の子供のころの夢を叶えたのだろうか、多分叶えていないだろう。


『自分には夢をかなえられなかった、だから自分たちの子供たちには大きな夢を持ってほしい』


 そう言って自分たちの夢を諦めて自分勝手に子供に期待を寄せる。けれど年が経って自分達の子供が青年になり、そして大人になるにつれて、やれ「現実を見ろ」、やれ「そんなわけのわからないことをしないで普通に安定した生活を目指しなさい」と言う。あぁなんて・・・・・



 じめじめとした暑さが続く夏のころ、私は長期休暇を使って里帰りをしていた。生い茂る山々に囲まれていて家々よりも、青々とした水田が目立っている。そして車もまばらなおかげか、車道で子供たちが元気に追いかけっこをしているのだろうか、元気に走っている姿が見える。やはり田舎の空気は都会と違って工場や車の排気ガスがないおかげで澄んでいる、そして何よりも人が少ないから都会と違ってずっと静かだ。その代わりにいろいろな種類のセミがけたたましく鳴いているが、これはこれでいいものだ、なんて思っていると私の通っていた小学校についた。


 なぜ大学生になった私が小学校にいるか。それは地元の小学校以来からの友人のK君が、長期休暇中にこっちに帰っているのなら小学校の同窓会を開くから来ないか? という旨をメールで送ってきたからだ。今年はいつもの長期休暇と違って何か特別な用事があるわけでもなかった私は二つ返事で返したというわけだ。

 少しペンキのはがれた校門を開け、広々とした運動場を歩いて校舎に着くと、にぎやかな声が聞こえる。どうやら既に同窓会が始まっていたらしい。私は受付の人に参加費と出席名簿にチェックをして、コップ一杯のジュースを貰ってから、どうにも話の輪の中に入っていく気になれなかったので教室を素通りしていまだ思い出の中で色あせることのない私たちの中庭の方へと向かった。なぜたかが小学校の中庭にそれほど思い入れがあるのか、それは私とメールを送ってくれた友人のK君、そしてもう一人の友人の三人にとってこの小学校の中庭にはまだ私たちが幼く、無垢であった頃の輝かしい特別な思い出の象徴があるからだ。


 あぁ、ここも随分と変わってしまった。中庭に着いた私の初めての感想がそれだった。そこには私の、私たちの中庭はなかった。私たちがここで遊んでいた小学生の頃は、こんなに生命の息吹が感じられるほどたくさんの種類の花は咲いておらず芝生の中に一本の木がポツンと生えていただけだったし、こんなにも見た目が綺麗な場所ではなく子供達が、私たちが遊ぶ為だけの場所だった。なんて事を思いながら一本の木に向かって歩いて行った。その木は私にとっての思い出の象徴だ、いや象徴だったのだ。


「君は変わっていないね」


 ふと、そう声を漏らした。周りの環境や関わる人たちが激しく変わる中で、この木がその変化についていけなかった、ただこの木だけが変わることができなかった。そんな様子がまるで都会の同郷の子がいない大学にわざわざ進学して家からも離れて一人暮らしをしたのに何も変わることができなかった、寧ろこっちに帰ってきて安心してしまっている自分に腹が立つくらい似ていた。

 そう、私は結局変わることはできなかったのだ。・・・・・何から? 私はいったい何から変わりたかったのだろうか。当たり前のことだが私は何かから変わりたくて家を、この環境から飛び出したわけだ。だが何から変わりたかったのだろうか、何もできない自分から? 違う、何もやる気のない自分から? それも違う、いったい私は何から変わりたいというのだろうか。


 そんな自問自答をしていると後ろから誰かが近づいてきているのか、土を踏む音が聞こえた。少し気になって、後ろを振り向くと一人の女性がこちら側に歩いてきていた。なんだ、彼女も来ていたのか。彼女は私の友達であり、そしてこの木の下で一緒に遊んだB子だった。


「久しぶり、あっちでも元気にしていた?」

「うん、B子こそ周りにまた迷惑かけてない? 大丈夫?」

「もうわたしも子供じゃないし、そんな年でもないし、さすがにそんなことはしてないよ。あの頃よりかはね。」

「あの頃よりかは、ね」

「なに? その疑いの目は」


 B子はそう言いながらクスリと笑った。そんな様子がまるであのころと変わらなくて私も思わずクスリとつられて笑ってしまった。容姿はすっかり変わってしまっていたが、B子は私たちがここで遊んでいたときと同じく明るくてみんなと直ぐに打ち解けることができる不思議な魅力に溢れていた。B子は昔からトラブルの中心にいたが、それでもみんなに頼られて、どんな性格の子でもあっという間に友達になることができる素敵な人だった。その代わりいつも私とK君は大人たちから『B子を見張っておけ、何かあったらすぐに言いに来なさい』と言われていた。

 B子が木の下に座り、私に横に座るように催促してきたので、服が汚れることは少し気になったがB子の隣に腰を下ろした。


「それにしても、なんであんた今まで同窓会に参加しなかったの? あんたがいなかったせいで去年なんかあんた一人除いて全員来ていたのにわたしたちの組が揃わなかったのよ」

「ごめん、去年まではあっちでやることが多かったから予定を合わせることができなかっただけだよ」

「そんなこと言ってほんとは面倒だっただけじゃないの?」

「・・・・・そんなことはないよ」

「ちょっと間があったのはわたしの気のせい?」


 そんな軽口をたたきあいながら私たちは「最近どうしてる?」だとか「あっちでの生活は順調なの?」なんて子供のころのようにたわいのない話をしていた。さっきまでの自問自答ですっかりまいっていた私の心はすっかりいつも通りに戻っていた。やっぱりB子は凄い、自分にその気はなくてもいつも私たちの迷いや不安を取っ払ってくれる。なんて思っているとふとB子が、


「ほんとに懐かしいよね。あ、小学生の頃ここで将来の夢とか話し合ったこと覚えている?」


 と言ってきた。そんなことしただろうか? はっきり言って全く思い出せない。覚えていたらさっきまであんなにも私は自分が何から変わりたいかを悩むなんてことはしていなかっただろうし、この中庭で感傷的な気分になることもなかっただろう。


「B子は自分が何になりたいって言ったか覚えている?」

「え、覚えてないの? わたしはね、素敵なお嫁さんになりたいって言ったの。そしたらあんたが苦笑いしながら『頑張れ、私は応援しているからめげちゃだめだよ』なんて言ってさ。わたし悔しくてあんたを見返すためにたくさん努力したのよ。」

「私そんなこと言った? 本当にごめんまったく覚えてない。ついでに言うと何言ったのかも覚えてない」


「・・・ねぇ、やっぱりあっちでなんかあった?」


 いきなりどうしたのだろうか。子供のころの話をしていただけなのにB子がいきなり私に対してそんな質問をしてきた。確かに私は悩んでいたがB子には一言も話していなかったはずだ。いくら私たちが仲良かったとしてもいきなり言われると驚きもするし、若干不快にも思う。

「どうしてわかったの? B子にはなんも言ってないはずだけど」

「そりゃ、わかるよ。あんたこっちにいた頃はあんな暗いオーラ出していなかったしわたしとしゃべっている時もなんかあのころと違っていたから、なんかあったのかなって」


 やっぱり、B子は鋭い、私の心の中なんて簡単にわかってしまう。でも私はこの『何かから変わりたい』ということをB子には悟られたくなかった。

 

 だからだろうか


「何にもないよ、大丈夫だよ」


 なんて少し突き放すような言い方をしてしまった。

少し、きつくいってしまっただろうか。私とB子しかいないこの世界にさっきまでの和気あいあいとした雰囲気はなく、草木の囁く音が聞こえるくらいの静寂がこの世界を包んでいた。・・・やってしまった。そう思った私は思わずB子から顔を逸らしてしまった。そんな私の横顔じっと見つめていたB子が


「やっぱり、あんたあっち行ってからなんか変わった?」

と言ってきた。思わずドキッとしてしまった私は、動揺をB子に悟られないように平静を装いながらB子の疑問に答えた。


「変わった? 私が? 私自身は何も変わってないと思っているけど」

「いや、あんた変わったよ。昔から物静かな子だったけどあんなに哀愁漂わせる奴じゃなかったし、久しぶりに見てこっちにいた時から変わったなー、と思ってさ」


 変わった? ほんとに私は変わったのだろうか、確かに自分が気付かないうちに変わっていたなんて話はよく聞く話だが、B子の話を聞くかぎりあまりよくない変化だろうがそれでも私があのころから変わったというのならそれは私にとってはうれしいことだ。でもほんとに私は変わったのだろうか、この中庭と木のように周りが変わったから少し変わったように見えただけではないのか。B子にとって私はその変化した幻想の木ではないのか。私はやはり思い出の中と何ら変わることのない実在の木ではないのか。ダメだ、すぐこうやって人の言うことに疑心暗鬼になってしまう。


「ちょっと、大丈夫? 顔色がよくないけど。おしぼりもらってきたほうがいい?」


 どうやらいつの間にか考え込んでいたらしい、B子はそんな私を心配そうに見ていた。

「何でもない、大丈夫だよ。あぁ、そうだ。私が将来の夢になんて言ったのかB子は覚えている?」

 私がそう言うと、今度はB子が私から顔を逸らしてしまった。不思議に思っているとB子は決心したように、まるで『こいつはだめだ』とでも言いそうなくらい気だるげに息を吐いてから、私の顔を見てこう言った。


「あんたは、『今は何にもない』って言ったのよ」

「・・・は?」


「だから! 何にもないってあんたは言ったのよ! ひっどいよね、こっちがロマンチックに『素敵なお嫁さんになりたい』って正直に答えたのにあんたは百点満点のテストなら二十点以下の何の面白みのない回答をしたのよ!」

 そう言って怒ったB子の姿を見て私は思わず腹を抱えて笑ってしまった。B子が、少し間を開けてから私の将来の夢を言うからてっきり宇宙飛行士や化学者、B子の配偶者になるなんてことを言っているのかと思っていたのに、まさか『何にもない』なんて、今の私でも言ってしまいそうなことを言っているなんて逆に思ってもみなかったのだ。


あぁ、良かった。


 ・・・・・なぜ私は良かったと安心したのだろうか。驚くだけ、やっぱりと納得するだけならわかる。でもなぜ私は良かったと安心しているのだろうか。なぜだろうと考えていると、隣にいるB子が訝しんで私にデコピンしてきた。


「腹抱えるくらい大笑いしたと思ったら、いきなり真顔になって静かになるなんて怖いからやめてほしいんだけれど」

「ご、ごめん」

「あんたが何に悩んでいるのかは知らないけど、一つアドバイスするならそんなに無理して考えなくてもいいんじゃないの? あんたの周りがなんて言おうとあんたはあんたなんだし」

 心のどこかで私自身期待していた面もあるのかもしれないが、少し悔しくもB子の言葉を聞いて自分自身なぜこんなにも悩んでしまっていたのかがわかってしまった。


 私は周りが変わる中で自分も変わらなければと思っていた自分から変わりたかったのだ。


 もうそんな年じゃないからお前も大人になれ、いつまでも子供のままでいるなと、散々周りの大人たちから言われ続けて自分自身に変わらなければいけないと無意識に思ってしまっていたのだ。そうだ、別に変わらなくてもいいじゃないか。周りの大人がなんと言おうと自分のやりたいことをやればいいんだ。


 そうだ、変わらなくてもいいんだ。


「B子、ありがとう。」

「なによ、いきなりそんなこと言って。まぁ、あんたの中で何が立ったかは知らないけど。何かあったのならそれはあんた自身のおかげであってわたしのおかげじゃないわよ」

 そう言ってB子は夏の太陽にも負けることのない輝いた笑顔で言った。

「そうか、そういえば君はそういう人だったね」

「ちょっと、それどういう意味よ!」


B子は私の一言に怒ってしまったが、なんだかあの頃を思い出してまた笑ってしまった。

「いつまでもここにいたい気持ちもあるけど、もうそろそろ教室に戻ろう?」

そういいながらB子は立ち上がり私のほうに手を伸ばして言った。私はその姿を見てまたあの頃を思い出してしまって、クスリと笑いながらB子の手を取ることなく自分で立ち上がった。

「私だっていつまでも子供のままじゃないよ」


 そう言ってB子に笑顔で答えるとB子もつられてクスリと笑った。

私たちは昼休みのチャイムが鳴って急いで教室に帰る小学生のように小走りで教室に行くのではなく、放課後に友達と一緒に帰る小学生のようにゆっくりと未だに賑やかな私たちの教室へと歩き出した。

ふと、私を呼ぶ声がして後ろを振り返ると一本の私たちの思い出の象徴の木を中心に青々とした、夏の日差しも忘れさせてくれるような綺麗な世界が、私たちの世界が広がっていた。


『なぁ、お前に夢はあるか?』


 ふと、そんなことを聞かれたような気がした私は


「うん、あるよ。私の夢は・・・・・」


 私の答えは夏の風にさらわれて空へと消えてしまった。

 ただ、『そうか、頑張れ』と、誰かが満足そうな笑みを浮かべながら言った気がした。

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