ちょっとだけオチのある短編集(ここを押したら短編集一覧に飛びます)
夏の音、片想い。
金魚模様の風鈴が、静かにそよいだ。
乾いた八月のカレンダーが、微かに擦れた。
どこか遠くで、蝉が飛び去った。
目を閉じると、夏の音が囁いてくる。
僕は、ここにいる。
君は、どこにいる?
「大好き、だよ」
君は突然、抱きついてきた。
小さな君の体が、ぴったりとくっついている。
汗でじんわりと湿った、僕の肌に。
君はいつも、僕を求めてくる。
恥じらうこともなく、キスをしてくる。
まるで僕に、誘惑されてしまったかのように。
君に触れたくて、僕はそっと手を伸ばす。
すると君は、すぐに遠くへ行ってしまう。
「ごめんね、もう行かなくちゃ」
そう言って、僕の元から離れていく。
「待って、行かないで」
僕の声は、届かない。
「僕の近くに、側にいてよ」
やはり僕の声は、届かない。
君の声は、しっかりと響いてくるのに。
そして君は揺らめきながら、姿を消した。
君は真夏の、陽炎みたいだ。
僕はそんな君が、嫌いだ。
コップの中の氷が、カタリと動いた。
扇風機は無心で、首を横に振っている。
「ありがとう、また会いにくるよ」
透明な風に乗って、君の声が聞こえた気がした。
「待ってるよ、ずっと」
僕はぽつりと、届かない君へ呟いた。
あれから今も、僕は待ち続けている。
夏の音に、耳を澄ませながら。
君を、ずっと。
蚊取線香は、焚かずに。