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世迷言


かつて可愛がっていた者がいた。


ロッテンマイヤー公爵家付きの執事長の息子だ。

名は覚えていない。歳は私とそれほど変わらなかったはずだ。幼い頃、私は彼といつも一緒にいた。


しかし別れは呆気なかった。彼は屋敷の近くの森で遊んでいる時に獣に頭を喰われて死んだのだ。私を守って、呆気なく。あれは私の知る最初の死だった。


 獣に頭を喰われた息子を見た執事長は目を見開き、呆然としていた。どんな憎しみをぶつけられても仕方がない。いつも溌剌(はつらつ)とした彼の呆然とした姿は今でも容易に思い出せる程、幼い私にとっては衝撃的だった。

変わり果てた姿の亡骸を1度抱きしめると、執事長は私の前に跪いた。



「我が愚息に、貴方様をお守りする名誉を賜り光栄でございます」



───怒りをぶつけられた方がどんなに楽だっただろう。



「……お前の子供を助けなかった。魔物に喰われた時、腕からだった。助けられたかもしれないのに、私はあいつを見捨てたのだ」



 私を庇って食われた時、あいつは助けを求める目をしていた。

私はそれを見て見ぬふりをして、1度逃げた。しばらく経って泣き声が聞こえなくなった。戻った時には彼にはもう、自慢の金色の髪も何もかも無くなっていた。



憎んでほしかった。


──それだけの罪を背負ったのだから。


左様でございますか、と執事長は答えた。

感情の見えない無機質な声に、恐る恐る顔をあげる。


 

「光り輝くロッテンマイヤーの覇者。貴方様を守る事こそ何よりの誇りであります」


 

執事長は微笑んでいた。






 

誰も彼も私にひれ伏した。

何千歳も歳上の者だって、頭を下げて顔色を窺う。

最初は気分が良かった。

望みを言えば全て叶えられる。

私との縁を求めて大勢が媚びへつらう。

自分は特別なのだと、悦に浸った。

 

優越感がありきたりのない日々に変わるくらいの時間が経った頃、転機が訪れる。


 


「サミュエル様!ご機嫌麗しゅう」



公爵でありロッテンマイヤーの首長である父主催の舞踏会。挨拶に来るもの達にうんざりしていると、一際大きな体が近づいてきた。

髭面の丸々太った男、名をローレル侯爵と言う。

奴の自慢の金の瞳とやらは、私と比べれば橙色の間違えでしかない。声も大きく粗暴で、下品な男として私は嫌いだった。


仕方がなく手を差し出すと侯爵も皆と同様、額を付けて跪く。


 

「こんな小僧に頭を下げなければならないなんて。早く帰って、鞭を振るいたいものだ」



いつも通りの挨拶だったはずが、彼の声が聞こえてきたのだ。

声だけではない。まだ幼さの残る震える少年に鞭を打つ記憶ごと、流れてきた。まるで自分がこの男になったかのように、目の前でそれは行われていた。


初めての体験に呆気にとられていると、ローレル侯爵は心配そうに眉を寄せる。


 

「サミュエル様?如何なさいましたかな」


「……ローレル卿」


「なんでしょう」


「こんな小僧に頭を下げる気分はどうだ?」


「ハハ!なにを仰る」


 

──── もし神が存在するのならば、感謝してやっても良い。初めてそう思った。


 

「いい趣味だ。貴殿の誕生日には最高級の鞭を贈ろう」

 

「……な、何故それを……!」


「名前は、そう……ルーカスというのか。人間のようだが、どこで?独り占めは狡いとは思わないか?」


「あ、……っ」

 


───笑みが自然と浮かんでくる。

何と使える特性なのだろう。やはり私は特別で、勝者で、()()()なのだ。

 


「ふぅん、狩場から連れ出したのか」


「ひっ、止めろ……化け物がっ……!」


 

強くはたかれる手。

震え後ずさる侯爵に、何事かと注目が集まった。

オーケストラの演奏すら止まる。

私の特性が開花したのは、とても静かな夜だった。

 


その一件以来私の扱いは大きく変わった。

 

ロッテンマイヤーの首長は相談役と呼ばれる5人の長老達の意見により決定される。

その中で最も力を持ち、ロッテンマイヤーの影の支配者といっても過言では無い男───アインツ・ローゼマイン翁の後見を受けたからだ。

次期ロッテンマイヤー一族の首長候補の一人から、次期首長に最も近い者に変わったのだ。

 誰もが私に平伏す。

 その瞳には怯えを浮かべて。

 


 誰も私に触れることは無い。

友でさえ、婚約者さえ、妹さえ。


 私の世界は美しかった。そして静かだった。

 


ある日。いつも通りの灰色の日々。

父に付けられた側仕えとかいう何処かの令息に、狩場に誘われた。行きつけの狩場から、かなり品質がいい娘が入ったと店から連絡があったらしい。

 そこは私も以前も行ったことがあるが、内装も美しく中々満足した記憶がある。承諾するとすぐに狩場に向かうことになった。

案内人に連れられた先には2人の女がいた。1人は桃色の髪をした、赤い瞳の女。そしてもう1人は、整った顔をした銀色の女。



「貴方の正義は間違っているわ」



力強い大きな瞳を向けて、銀色の女は私に刃向かった。

私を否定する?そんな事、あってはならないのに。



灰色の中で湧き出す、燃えるような不快な感情。


リーゼロッテ・エスメラルダ。

 

 私の人生に突然現れた、初めて私に真っ向から逆らう者。関わるとろくな事にならない奴。対等に話しかけてくる不気味な女。それなのに私を怖がる妙な同胞。


 

「貴方は人間に恋をした。そしてカルロ帝国は人間の手に落ちた。私はその時王太子妃で、彼女の為にと貴方に殺されたと言ったら信じるかしら、サミュエル・ロッテンマイヤー」



弱みを握ってやろうと思ったのだ。


見えたのは、信じ難い記憶だった。


しかし妄想にしてはあまりにも鮮明なそれは、未来だと信じざるを得なかった。


私が人間に恋をした、と。

そんな可笑しな記憶をもつ女は、嘲るようにそう言い捨てた。

 



「冗談も休み休み言え」


「そう思うわね。私も冗談であってほしかった」


「この私が?……食糧風情に恋をするだと?」


「ええ。人間風情に恋をして、何万年も続いたこの国は消滅したの」


 

カルロ帝国が消滅する?それが私か人間に恋をしたから?侮辱でしかない妄言だ。

 それを否定するにはこの女の思考をもう一度視るしかない。もう一度腕でも掴んで無理矢理にでも思い出させる。拒めばどこか引きちぎって……と考えたあと、ここはエスメラルダだと思いだした。


 厄介だ。特にあの執事……。


エインリッヒが厄介なのは当然として、あの執事からは執事には似つかわしくない“強い吸血鬼”の気配がする。

どうするか……と悩んでいると、リーゼロッテ・エスメラルダは右手を私に伸ばした。



「なんだその手は」


「勝手に記憶が見れるの?それとも私が考える必要がある?」


「……思考が見える」

 

「分かった。説明するよりこっちの方が速いわ。早く私に追いついて」


「わかった。……“視せろ”」

 



差し出された手を握る。慣れない温かさに、少し不思議な感覚がした。


 

 



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