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獣の声

 


 あれよあれよと馬車に乗せられ数時間。

 シュザンヌ達にきちんとした挨拶も出来ず、私は公爵領の御屋敷に戻ってきた。



「なかなか手酷くやられたようだね」


「申し訳ありません、お兄様」



 書斎で首を長くして待っていたようで、お兄様はお怒りだ。長い脚を組んで苛立ちとと共に座っているその様子は、美形なだけあって迫力があって良く似合う。顔は笑っているが目は笑ってないそれを私は何度も見た事があった。

 身体があれば土下座する勢いで謝るが首だけの今はそれは叶わない。

 そしてその恐ろしい雰囲気に身体があれば間違いなく逃走していたが、イグルスに持たれている今はそれすらも叶わない。

 お兄様はイグルスに私を手渡されると、私の髪を一撫でして恐ろしく美しく微笑んだ。



「少し自由にさせすぎたね、お嬢さん。どうしてやり直してからこんな短期間でこう(首に)なれるのかな?」


「勿論、ご迷惑をお掛けしたのは承知です。で、でも攫われたのは言わば事故と言いますか……」


「事故?そっかぁ攫われただけで首が飛ぶなんて、それはそれは不幸な事故だったねぇ」



 特大の嫌味に私は言葉を詰まらせる。

 何も言わない私の唇を、お兄様は人差し指で軽くなぞった。



「攫われた後、大人しくシュザンヌ嬢に庇われなかったのは何故?」


「何故ってそれは……」


「エンデルス卿は謝っていたよ。行き届かない娘のせいで君を傷つけたと」


「やめてください!まるでシュザンヌ様が死んでもいいみたいな事……!」


「リーゼを守って死ぬなら、それはエスメラルダ一族の末裔として本望だ」



 お兄様は当たり前の事を子供に言い聞かせるようにそう言った。



「いいかいリーゼ、君はこの世で至高の“エスメラルダの宝石”だ。こういう時は黙って守られているのがお互いの為なんだよ」



 脳裏にエンデルス邸でシュザンヌを出迎えた子供達の姿が過ぎる。

 シュザンヌの帰りを心から喜ぶ弟妹達と、再会を喜ぶシュザンヌ。あの光景を見た私には、死んだ方が本望だったなんて到底思えない。

 それに、“エスメラルダの宝石”の色を持ち合わせただけでどうして誰かの命を見殺しにする免罪符になるだろうか。

 お兄様が自分の寿命を削ってまで私を生き返らせてくれたのは感謝している。それに危険な行動に出て結果的に怪我を負ってしまった事も、反省している。

 でも、これはおかしい。



「そんな望みを押し付けないで下さい」


「リーゼ」


「今回の事、微塵も後悔はしてません。……ただ、今後は気を付けます」



 私の気持ちは“エスメラルダの宝石”を大切にするお兄様には伝わらないだろう。

 きっと叱られると思うけれど、私の気持ちを知って貰いたい。

 そう思ってお兄様の瞳を見つめて私は言い切った。

 けれど意外にもお兄様は私を叱らなかった。

 その代わりいつもの余裕は身を潜め、少し手が震えているのがわかった。



「やっぱり()()同じ事を言うんだね。またそうやって僕を置いていくんだろう」



 初め、それは1度目の私の事を言っていると思った。

 けれど本能で、お兄様の言ったそれは私ではないと感じた。

 お兄様は誰を亡くしたの?

 私を一体誰に重ねているの?

 置いていくことは許さないよと囁かれ、鳥肌が立つ。

 私が怖がったのが分かったのかお兄様は優しく笑い、私の髪を撫でた。



「アルトゥル、準備は」


「滞りなく」



 アルトゥルがそう答えると、元々屋敷にいたアルトゥルが四人がかりで棺桶を持ってきた。

 その中には明らかに誰かの物である骨と肉が身体の形に置かれていて、それはナイトドレスを身に纏っている。

 誰の骨とは聞くまい…。大型の獣の骨だ。そういうことにしておこう。

 お兄様は首の私をその棺桶の中に入れる。いよいよ身体が戻るのだと思い、その世の理を逸脱したお兄様の力を少し恐ろしく感じた。



「“再生”には痛みを伴う。切られた時よりずっとね。でも君は受け入れなければいけないよ。もう二度と同じ過ちを起こさないように」


「大丈夫ですよ、僕がお傍にいます」



 そうしてお兄様は祈るように手を組み、“再生”が始まった。



 ……“再生”の感想ですか?

 前回2度目を始める時に意識がなくて本当に良かったわね、私!

 身体中の肉という肉が熱を持ったように熱くなったと思えば、骨がぎしぎしと音を立てて繋がっていく。

 多分叫んだ。意識が朦朧としていたから証拠は無いけど、これは絶対に叫んだ。


 一体どのくらいの時間が経ったのだろう。

 私には永遠にも感じられる苦痛の時間の終わりは突然訪れた。

 涙で歪む視界の中、お兄様の笑顔とイグルスの心配そうな顔が見える。

 腕を伸ばすとそこには紛れもない自分の手があった。

 身体が元に戻ったのだ。



「よく頑張ったね。これで“完璧”なリーゼになった」


「お兄様……。ありがとう、ございます。リーゼが悪うございました」



 お兄様の顔には明らかな疲労の色が浮かんでいて、それは紛れもない自分のせいだ。

 申し訳なさに謝ると、お兄様は微笑んで私の額に優しくキスをした。



「少し休んでいなさい」


「はい……あれ?あの、お兄様!」


「どうしたの?」


「足が動きません……!」



 お兄様はイグルスを連れて部屋から出ていこうとした。

 せめて見送る為に立ち上がろうとしたが、私は立ち上がることが出来なかった。

 正確には脚には何の感覚も無く、私自身が立ち上がり方を忘れてしまったようだった。

 焦る私とは裏腹に、お兄様はいつも通りだ。



「歩く必要が君にある?」


「そんな……!」


「冗談だよ。心臓から離れるにつれて感覚は戻るのは遅いんだ。暫く屋敷で静かにしているのがもう一つの罰だよ、お姫様」



 お兄様ならやりかねない笑えない冗談に私は寿命が多分300歳くらい縮んだ気分だ。

 言葉を無くす私を笑うと、お兄様はイグルスと連れ立って部屋を出る。

 アルトゥルと私は2人きり部屋に残された。

 何となく話す気になれず私は暫く棺桶の中から天井をぼーっと眺めていたが、しばらくするとそれにも飽きてしまった。



「ねぇ、アルトゥル。本当に動けるように戻るかしら」


「さあどうでしょうね」



 唯一動かせるようになった手だけを伸ばしてアルトゥルの方を向けば、私は抱き上げられた。

 頭だけを持たれているのとは違う抱え方だ。

 だけど私にはやはり感覚が無い。

 触られているのに分からないそれは、自分が浮いているような感覚がして気持ち悪かった。



「以前我が君は自分の身体を破壊しつくして、右の眼球1つの姿になりました。その時で10年なので、それよりは早く元に戻るのではないですか。」


「その間お兄様は、アルトゥルに世話を焼かれてたのよね」


「ご存知でしたか」



 アルトゥルは私を抱いて部屋を出る。

 部屋に連れていってくれるのだろうと思い、身体をそのまま預けた。



「早く治したければ強い力のある血を飲むことです」


「強い血?熊とか……狼とか?」


「サミュエル・ロッテンマイヤーを食べては如何ですか?きっと半年もすれば回復出来ますよ」


「もう。笑えない冗談ね」



 さっきからお兄様といい、ブラックジョークがお好きなようだ。

 私は溜息をつく。

 そうしているうちに私の部屋の前に到着したのだが、アルトゥルは私の部屋を素通りした。



「何処へいくの?」


「我が君がお呼びです。お嬢様が回復次第、連れてくるようにと」



 屋敷の端にあるアルトゥルは黒い扉を開ける。

 私は知っている。この先は地下室だ。

 かつて使われていたという罪人を閉じ込めるための牢屋や、拷問道具があるのだ。

 何故知ってるかと言うと、この私を抱えている男がかつて私を連れてきて三日三晩苦しめたからなのだが───。



「……まさか、閉じ込められる?」


「さあ、どうでしょう」


 「え、えええええ?!」





 少しの蝋燭しか灯りのない、暗い階段を降りていく。

 かつん、かつんと靴の音しかしない静寂。



「出せ!この無礼者!」



 その静寂を破った声が聞こえたのと、朧気にお兄様とイグルスの姿が見えたのはほぼ同時だった。



「何、ですか。これ……」


「君に嫌われたくないから、ロッテンマイヤーを滅ぼすのは止めにしてあげたよ。そうしたら公爵がこれをくれるというから貰ってきたんだ。リーゼにお土産」



 君の為の餌だよ、とお兄様は言う。

 暗くて視界の悪い中、地下牢がぎぃっと音を立てて開いたのが分かった。

 少しだけ目が慣れて来たようで、騒ぐ声の主の姿がぼんやりと見えてくる。

 ()()は手錠で壁に繋がれていた。




「君の好きにするといい」


「僕、ばらすの手伝いますね」


「……そこにいるのって、まさか」



 見えたのは、此処にある筈のない色。

 私を睨む瞳は闇の中で光る。



「サミュエル・ロッテンマイヤー」



 私の声に、金色の獣が唸ったような気がした。





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