悪辣な知能
虫頭に変身した人たちに群がられていた、小柄な「祓魔師」を1人捕まえ、食事をさせてもらった。
僕の鱗粉には、鱗粉を吸いこんだ人を眠らせる効果があった。 しかも、異常に即効性が高い。 成長して色々と便利な機能が増えている。
ただし、鱗粉を使える回数は限られているはずだ。 箒で叩かれた時の怪我は栄養を補給しても治らなかったので、おそらく治癒力は普通の虫と同じだろう。
そこは自由自在に何でも治るファンタジーであって欲しかった。
普通の蝶や蛾の生態と同じだと考えると、鱗粉は一度剥がれたら再生したりしないので、使い所は見極めなければならない。
ともあれ、そうして手に入れた記憶によれば、僕はいわゆる指名手配犯のような状態らしい。
妖魔という概念。 それを退治する祓魔師という概念。 祓魔術。 領主からの命令。 僕すら知らなかった、僕の種族の性質。 実に様々な情報が手に入った。
「はぁ……うまく説得できないかな……」
アイデアならあった。 能力を売り込むのだ。 記憶を読み取るこの能力、使い道などいくらでも思いつく。 例えば、口の固い犯罪者から事件の記憶を吸い出す、とかどうだろうか。 シャーロック・ホームズもびっくりの名探偵になれるに違いない。
「試してみる価値は、あるな」
***
説得は失敗した。
話すら聞いてもらえなかった。 通常虫型の妖魔に知能はないらしく、僕が喋ったことには大層驚かれたが、妖魔の言葉など人を惑わすものに決まっている、らしい。 誰に話しかけても反応はおおむね同じだった。 誰に何を話そうが、変わらず祓魔術が飛んでくる。 偏見は根強い。 どんな姿であれ、言葉を話せるならほとんど人間に違いないはずだ。
しかし――仕方なかったのかもしれない。 そもそも、僕は人に害を与えるためだけに人工的に生み出されたらしかった。
「じゅる……ああ、自白させる魔術とか既にあるのか……はぁ……名探偵になるのは無理だな」
僕はここまで何十人もの人間から食事を――つまり、危害を加えてきた。 だが、不可抗力、仕方ないことだと思う。 そうしなければ食欲を満たせない。 生きていくには食べなければならないし、食べるならお腹いっぱいになりたい。 記憶を少し食べるだけでは満たされない。 悪夢に魘される人間の感情を吸わなければならない。
しかし、僕がそのような食事に使った人間は、もれなく虫頭の眷属に変身してしまう。
つまり、最初から共存の芽など、あり得なかったのだろう。
「………………お腹、空いたな」
長く伸びた口吻を、後頭部から外した。 七人目の祓魔師だった。 知識もたくさん集まった。 言葉も、文化も、地理も、歴史も、魔法も、妖魔の立場も。
眷属が眷属を増やし、増えた眷属は僕との食糧争奪に参加して、もうじきこの街には食糧がなくなる。
「眷属も眷属という割に、全然言うこと聞かないじゃんか」
記憶も感情も丸ごと吸い出されて変身した人は、文字通り虫並みの知能だった。 こちらの言葉を理解するほどの脳みそがない。
「ギァァア゛ア゛アァウァ!!」
「うるさい」
一緒に食事をしていた眷属が吠える。 眷属化が進行しており、二足歩行、四本腕の人間サイズの虫だった。 体もデカけりゃ声もデカい。
「ギギア゛ァァウ゛!」
「うるさいってば」
「聞゛ギマ゛ァア゛ァァウ!!」
「……え?」
「聞グまァァズ!」
「え、喋れたんですか?」
「ジャぶ、じゃべべ、ルようなっダァ!」
「なんて?」
どうやら、多少の知能を獲得したらしい。 しかも、僕の言うことを聞いてくれるらしい。 眷属が喋るなど、祓魔師の脳内データにはなかった知識だ。 なんであれ、敵だらけの現状、味方ができるなら都合が良い。 頭が良くなる条件が分からないので、同じくらい眷属化が進んだ人と比べたり、もう少し食べさせてみたりしてみることにした。
***
「お腹ガ減りましダ!!」
「減っだま゛ス! デす!」
「なガるこす、エんア゛!」
「僕もだから、静かにしてください」
「…………!」
バッタのような脚を持った眷属、カマキリのような腕を持った眷属、蛾のような羽を生やした眷属の三人はそれぞれ、四本の手で口を塞いだ。 常に食い意地が張っている上にうるさいが、言えば黙っていてくれる。
喋れるようになる条件は少しだけ分かった。 眷属化してから時間が経っていること。 そして、魔術的素養に優れた人物から多く食事を摂ること。 祓魔師ならおよそ二人分、一般人なら二十人分くらい食べれば喋れるようになる。 ただ、どれだけ食べても知能が上がらず言うことを聞いてくれない人もいたので、個人差があるのかもしれない。
「はぁ……」
しかし、喋れる眷属を三人まで増やしたは良いものの、必要な食事は四倍近い。 エンゲル係数爆上がりだ。 正直なところ、先行きが見えなかった。 初めに考えていた共存の方向性はますます頓挫した。
「……これからどうしたら良い?」
「頭、吸゛ウ゛!」
「記憶をアバ、奪イマズ!」
「いるばえあ……ないど、ナイトメア!」
抽象的な質問に対しても、返事が返ってきた。 かなり自我もはっきりしてきたようだ。
「どうやって?」
「別ノ゛所、餌さガス! 頭吸゛ウ゛!」
「ふづ、祓魔師を滅ぼジまズ!」
「なえん……れぃア!」
欲望まみれだが、逃げるも戦うも一理ある。 個人ならともかく、徒党を組んだ祓魔師などは相手にしていられないし、かといって逃げ隠れるには包囲され過ぎているし、食事になりそうな人はどんどん減っている。 隣町への最短距離を突っ切るのがベストだろうか。
最後の一人は何言ってるのか分からない。 こちらの言うことは理解しているようだが……。
「ぐらこぅす、ないとめあ!」
「…………はぁ」