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悪気はないから

 ――バリバリ、ムシャムシャ


 体中を芋虫の大群が這いずり回る。 


 気持ち悪い。 


 自分の体に噛み付かれ、食い荒らされている。


 怖い。 


 腕を見れば、皮膚を食い破られ、肉が露出している。


 しかし痛みは感じない。 それが気味の悪さに拍車をかける。


 怖くてたまらない。


 ――バリバリ、ムシャムシャ



 さらに虫がが這いずる。 肉が削がれ、骨を削り落とされる。


 訳が分からない。 


 虫たちを振り払っても叩いても引っ掻いても掻きむしってもまたどこからか現れ、視界を黒と紫の斑点で埋め尽くす。



「ハァ……ハァ……あぁ……ぁぁぁぁあああ゛っ!」



 怖い。 気持ち悪い。 助けてくれ。 助けて。 誰でもいい。 誰でもいいからッ! この虫どもを殺して……!



『いつまで……の? ……い加減……なさい』



 声……? 誰……助け……



『起きろっつんてんの! このバカ息子!』



「……ひぇっ!」


「今何時だと思ってんだぁ? お日さまがお空のてっぺんに上がってる時間だよ! 寝てる暇なんかあったら早く家事の手伝いでもしな!」


「は、はいっ! え?」






 ✳︎✳︎✳︎






 満腹だ。 この体で初めて満腹を感じた。 いくら壁を齧っても満腹にならない理由もわかった。 感情だ。 感情が足りなかった。


 悪夢への嫌悪感、恐怖、拒絶などあらゆる負の感情は、今まで食べたものと違ってお腹にたまった。 濃厚な味がした。 直感的に、これこそ体が本当に求めているものだとわかった。 



 ただ記憶の断片を()んでいただけでは満たされない訳だ。 宿主が眠りについたとき。 夢を見る時間こそが僕の食事時だ。 


 日中はただ壁の味見をするしか能のない僕だが、夢の時間なら別だ。 宿主の意識が薄れる睡眠時、僕は精神(あたま)の中を這いずり回り、食べた記憶をつなぎ合わせて悪夢を作り出せる。 起きているときは理性によって押し込められていた、青年の本能的な恐怖は、びっくりするほど濃厚で、それでいて甘くて、舌の上でとろけて、病みつきになる味だった。 宿主の青年には気の毒だが、お腹が空いているんだから、しょうがない。 食べなければ生き物は死んでしまうんだから、仕方がないんだ。



「――悪気は、ないから」



 だから、どうか許して欲しい。






  ***






 それからというもの、僕は夜が来るたび、青年の恐怖と記憶をむさぼり続けた。 幾度もの夜を越え、僕が食欲を満たすたび、僕は人の精神(こころ)の犯し方を理解していき、それとともに宿主の青年は衰弱していくようだった。




「お腹すいた……もっと食べたい」



 食欲は止まらない。 ここまで食欲を持て余すのは人生で初めてかもしれない。 人生……姿は虫だが、人の心を持っているのだから人の生だろう。 ともあれ、この誤魔化しようのない飢餓感。 一時満足感を得たとしても、次の空腹はさらに大きい。 食べれば食べるほどもっと食べたくなる。 そして僕はこの現象に心当たりがある。



「成長期かな」



 毎夜食欲を満たすたび、僕の体は目に見えて分かるくらいに一回りずつ大きくなっていた。 よく食べ、よく伸びる。 これは間違いない。 確実に成長期だ。 だからもっと食べなければいけない。 もっと食べて成長しなければいけない。

 そうと決まれば、次の悪夢(こんだて)を考えよう。



 昨日は、全ての歯がだんだん抜け落ちていく悪夢。 1本目の歯、口内で突然硬いものを噛み、ガリっという音と共に感じる異物感。 それが自分の歯だと気づき、2本目、3本目と歯が抜け落ちていくことで深まっていく、緩やかな恐怖は深い味わい。



 一昨日は、小人になって他人に踏み潰されそうになる悪夢。 人の足音が地鳴りになり、猫やネズミですら大怪獣。 青年は焦りのままに物陰に隠れていた。 焦りの感情はほのかな酸味となり、恐怖の甘味を引き立てる。



 今日は、今までやってないパターンの悪夢がいいな……青年の幼少期の追いかけっこの記憶と、さっき壁から齧りとった伝染病の知識なんかを組み合わせて、何かできないだろうか。 



 追いかけっこ、感染…………ゾンビ映画?



 あらすじは……身近な人がゾンビになってて、通行人を噛みついて感染させるところを目撃。 そこから逃げ回るものの、遂には捕まって青年自身も噛みつかれてしまう所でクライマックス。 良いかもしれない。 特に、親しい人がゾンビになっている所なんて見たら、どんな恐怖が味わえるのか楽しみで仕方がない。 親しい人を失う恐怖と、自分の命が脅かされる恐怖。 今日の食事は刺激的な味がしそうだ。 いや、これも生きるためなんだ。 悪いことをしているように見えるけど、生きるためなら許されるはず。





「早く……夜にならないかなぁ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白く引き込まれます、 続きが読みたいです
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