第6話
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「まあ、こんな感じかな」
懐かしそうに微笑む蜂須賀は、子どもに聴かせられない部分をぼやかして、雪緒へそう答えた。
「わざわざ、ありがとうございます」
「いいのいいの。私が話したかったんだから」
何となく誇らしげな様子で頭を下げた雪緒に、蜂須賀は小さく笑い声を交えてそう言った。
「さてと、そろそろ時間だね」
カーラジオの時計を見てそう言った蜂須賀は、ルームミラーで尾行する車チラリと見つつ、雪緒にこの作戦で最も大事なポイントについて説明した。
蜂須賀は最後の届け先である、1階がガレージになっている雑居ビルの3階に、かなり大きめな箱を届けると、やっと帰路についた。
30分程、幹線道路を走って郊外にやって来た蜂須賀の車は、タワーマンションの地下駐車場に吸い込まれていった。
「やれやれ。やっとか」
「さっさとお嬢をお連れして帰りましょうぜ」
「ああ」
車を路肩に止めて尾行係の2人がそれを見届けると、中年の方が携帯電話を取り出して、その住所を別働隊に伝えた。
「こんなとこで死ぬんじゃねえぞ……」
少し速度を落として偽装タクシーとすれ違いつつ、横目でそれを見た帆花は、祈る様にそうつぶやいた。
車から降りた蜂須賀は、大あくびをしつつ地下駐車場の入り口へ向かって進んでいると、正面から銀色の高級なバンがやって来た。
自宅の上の階の住民が乗っているものと同車種だったので、蜂須賀はそれだと思った――フリをして、特に注意を払わなかった。
防犯カメラから車体が蜂須賀を隠した位置で、バンが突然動きを止め、スライドドアが勢いよく開くと同時に、5人分の手が蜂須賀の車内に引きずり込んだ。
「お前らだ――、あっ、か……」
その手の主達は小田嶋直属の手下で、彼女の首筋に薬物を打ち込み、素早くその身体を無力化した。
「う……、み、ゆ……。んむ……」
力なく呻き声を上げる口をガムテープで塞ぐと、彼女を下着姿にした上で手足に枷を付け、横長のアルミ製ダストケースへ放り込んだ。
蜂須賀とよく似た背格好をした女の同僚に、彼女の服を着せて入れ替えると、なにくわぬ挙動で駐車場から出て行った。
さてと、ここまでは上手く行ったな。
全く薬物が効いていない蜂須賀は、暗闇の中で目を開いて、適度に身じろぎしながら冷静に反撃の時を待つ。
手下達はそんな事などつゆ知らず、股間と想像を膨らませながら、蜂須賀をどうしてやろうか、と話し合っていた。
油断しきったそんなマヌケ達満載のバンの背後に、土地の管理会社に偽装した軽ワゴン車が付いてきていた。
「……」
その車内に居るのは、休暇中に『情報屋』から呼び出されたせいで、憮然とした表情をする、やたら存在感の薄い黒ジャージの男だけだった。




