プロローグ
「いい? 雪緒。あのお店に入って、髪が白いおじさんにこの人の事を訊くのよ」
一方通行の道の出口辺りに停まったワゴン車の中で、綺麗に染め上げた金髪の女性が、肩口まである黒髪を持つ、十代前半程の実娘に行き先を指しながらそう言い聞かせる。
ワゴン車から100メートルほど先にある、『喫茶・ハチノス』と書かれた、光る箱形の立て看板がその指し示す先にあった。
「お母さんは……?」
「ごめんね。お母さんは、ちょっと用事があるからついて行けないの」
ゆっくり首を横に振って、母親はその表情同様優しくそう言う。
「その人の言うこと、ちゃんと聞いてね」
「……分かった」
聞き分けの良い娘の頭を撫でた母親は、スライドドアを半分だけ開けて彼女を送り出した。
その一見男の子の様にも見える格好をした姿が、無事に店の中に入るのを見届け、
「出して」
「承知いたしました」
老境に差し掛かった運転手の男に母親がそう指示すると、彼は恭しく答え、ポツポツと弱い街灯があるだけの道へワゴン車を走らせる。
「あんなこと言って、よろしいのですか?」
「ええ」
「下手に希望を持たせるのは、かえって残酷かと」
「あの子は賢いわ。そんな事、もう分かっているはずよ」
運転手の懸念の言葉に、母親は拳を握りしめながら、憂いの混じった笑みを浮かべてそう返した。
しばらくほの暗い道を走った所で、
娘をお願いね……。
目を閉じた母親は背中を丸めながら、組んだ手を額に当ててそう祈った。