商業都市エルシュガ4
アイリは「ごめんなさい」とローブの男に必死で頭を下げている。殺しに来た相手に何やっているんだ。
ローブの男が気絶したため、茨たちが灰のように消滅し、穴だらけの広場だけが残った。
「ひ、ひいいいい! あ、兄貴―!」
そういえばこいつがいたのを忘れていた。
俺は尻餅を着いて動けなくなっている奴隷商人の前で、指をぽきぽき鳴らす。
「覚悟はできているんだろうな?」
「ひやー!」
俺たちはローブの男と奴隷商人を紐で縛り上げた。後はこいつらをどうするかだな。
先程の光景を見ればわかるが、この町の連中は奴隷を認めているようだ。こいつらも氷山の一角にすぎないだろう。やはり本元を叩かなければどうにもならないか。
「あ……あの……助けてくれて……ありがとうございます」
ベックに抱かれたエルフがこちらをうかがうような声を上げる。助かったはずなのに、その表情はどこか暗い。
ベックの野郎が不安を和らげるように、その頭を優しくなで始めた。
「心配することはないからね。怖いことはしないよ」
アイリも笑顔で語りかけるが、エルフの表情は晴れない。
これまでの過酷な体験で心に大きな傷を付けられたのか、それとも――
「おい餓鬼。もしかして仲間が捕まっているのか?」
エルフは目を見開き、何度も首を縦に振る。やっぱりそういうことか。
「ビルくん、どうしてわかったの?」
「あの奴隷商人が『今回の奴隷は』って言っていただろ。だったら奴隷にするため捕まっている奴らがまだいるはずだ」
俺は怯える奴隷商人の胸倉を掴み、睨み付ける。
「おい、お前らの仲間はどこにいる?」
「い、言うはずないだろうが!」
「なら仕方ないな」
俺は拳を振りかぶり、奴隷商人は恐怖に顔を歪ませた。
「おのれ、カスどもがぁぁぁぁあああああああああああアアアアアアアアア‼‼」
その時、気絶していたはずのローブの男が叫び出した。
抑えようとするが、それよりも早く茨で縛っていた紐を切り、俺達から距離を取る。
タフな野郎だ、あれほど魔法を使っておいてまだあれだけ動けるとは。
「さっきは侮っていたが、今度はそうはいかん! 終わらせてやるぞ!」
ローブの男が構えると同時に、俺達三人も武器を構える。再び戦いが始まろうとしていた。
「こりゃあ! ロクドウ!」
突然響いた大声にローブの男が飛び上がり後ろを向く。
声の主はさっきの婆さんだった。しかし、どうしてここにいるんだ?
「げーッ! 母ちゃん!」
「人様に迷惑をかけたらいかんとさんざん言ってきただろうが、この馬鹿息子が‼」
ローブの男もといロクドウは婆さんに思いっきり殴られ、頭を押さえていた。
さっきまでの傲慢な姿は鳴りを潜め、子犬のようにめちゃくちゃ狼狽えてやがる。
「で、でもこの仕事一杯金がもらえるんだ。母ちゃんに楽させてやれるんだよ!」
「そんな堅気に迷惑をかけて得た金で楽なんてしたくないわい!」
再びロクドウに拳骨が落とされる。
ロクドウは目に涙を浮かべながら婆さんに謝っていた。
「ごめんよ母ちゃん! 俺が悪かったよ!」
「謝る相手は私ではなく、あの人たちだろうが‼」
「はいいいい!」
ロクドウが急いでこっちに走ってきて鮮やかに土下座を決めた。
「申し訳ありませんでした。今回の件は全て私の責任です。どうか、どうか母にだけは何もしないでください!」
「お……おう」
ロクドウの豹変ぶりに誰もが言葉を失った。土下座するロクドウの横で婆さんも頭を下げてくる。
「うちの馬鹿息子が迷惑をかけてすみませんでした。お詫びと言ってはなんですが、この馬鹿を好きにこきつかってやってください。何をしても結構です」
「ちょ、母ちゃん⁉」
「お前は黙っていろ‼」
「あいたー‼」
「なら早速聞きたいことがあるんだが?」
頭を押さえながら青ざめるロクドウは、婆さんを一度ちらりと見るとゆっくり頷いた。