魔王
幾多の戦いを乗り越え、遂に魔王城にたどり着いた。
そして――
「来たか、勇者達よ……」
玉座に座る黒い影。それを見た瞬間、自分が死んだような錯覚を覚えた。今まで感じたことのない重圧に冷や汗が止まらない。これでも前勇者が力の大半を抑えているから驚きだ。
ちらりとアイリの顔を見る。いつものとろそうな顔は鳴りを潜め、気を引き締めた勇者としての顔がそこにはあった。
「魔王! 貴方を倒し、平和を取り戻す!」
「平和か……勇者は皆同じ事を言う。だがそこに我らの居場所はない」
魔王は聞き飽きたと言わんばかりに手を軽く振る。その簡単な動作でさえ、恐ろしく感じられた。
「私は戦うことしか能のない化け物でな、戦場でのみ真価を発揮することができる。平和な世界は無力で、あまりにも退屈過ぎるのだ。故に――勇者と言うものを作った」
「え?」
アイリが目を見開く。他の連中も動揺が隠せていない。メリーも同じ反応をしていると言うことは、前回の戦いで語られなかったことなのだろう。
「どういうことだ? 勇者ってのはお前を倒すために生まれてきた存在だろ?」
「何故そのような存在が生まれてきたと思う? 私が力を貸して作り上げたのだ、戦うためだけに生まれてくる哀れな一族を。言い換えれば、貴様はモンスターだ」
「そんな……そんなことは……」
「貴様も心の奥底では戦いを求めていたであろう? 私と何も変わらぬ」
「……嘘」
アイリが聖剣を落とし、膝を折る。
そんな馬鹿の頭を思いっきり叩いてやった。
「痛っ! ……ビルくん?」
むかついたから胸倉をつかんで、顔をこちらに向けた。
アイリの瞳には光がない。どうすればいいのかわからない子供のようだ。
苦しんでいないこいつの顔なんて反吐が出る。
「いいかよく聞け、お前は一体なんだ?」
「え、勇者……いやモンスターだよ――」
「どちらもはずれだ、おたんこなす。お前はアイリだろうが」
「⁉」
瞳に微かな光が点る。
「勇者とかモンスターとか関係ねえ、お前は俺が大っ嫌いなアイリだ。生まれとか使命とか、そんな糞みたいなもんにとらわれてんじゃねえよ」
「ビルくん……うん!」
アイリが聖剣を手に取り再び立ち上がった。……ったく手間取らせやがったんだ、しっかり働いてもらうとするか。
「茶番は終わったか? ならば死ぬが良い。私はこの戦いに勝利し、新たな戦場へ赴く。それはこれからも不変だ、お前たちは私の渇きを癒すためだけに存在していたのだからな」
魔王の影のような体が蠢き、骨だけの巨竜に姿を変えた。
そして開戦を合図するかのように咆哮する。
「みんな、これが最後の戦い! 全力で行くよ!」
「おう!」
◇
戦いは苛烈を極めた。
激戦の末ベックが倒れ、メリーが気を失い、ミツキが力なく横たわっている。
立っているのは俺とアイリ、そして無傷の魔王だけだった。
「口ほどにもない。前回の勇者は骨があったが、此度の勇者はゴミ同然だ」
何とか言い返してやりたいが、立っているだけで精いっぱいだ。
アイリも肩で息をしているが、その瞳から闘志は失われていない。
「消えろ!」
魔王が大口を開けると、魔法陣が展開され光が集まって来る。あれを放たれたら俺達は死ぬだろう。
「ビルくん……」
真剣な表情でアイリがこちらを向く。言わなくてもわかる、しょうもない決意をした馬鹿の顔だ。
「私が命を懸けてあれを防ぐから、みんなを連れて逃げ――痛い! 何でチョップするの⁉」
「くだらねえこと言ってるんじゃねえよ、防ぐ必要なんてねえ」
「え? どういうこと?」
「決まってるだろうが、跳ね返せ!」
「ええええぇぇぇぇっっ⁉」
その時、魔法陣から光線が放たれた。赤黒い禍々しい色のそれは、全てを飲み込みながら一直線に向かってくる。アイリは聖剣から魔法陣を生み出し受け止めるが、光線の勢いは留まらない。
「な、長くはもたない……ごめん……」
「謝ることなんてねえよ」
吹き飛びそうなアイリの体を抱きしめ、後ろから支える。アイリは顔を真っ赤にし、口をぱくぱくしていた。
「お前は一人じゃない。俺たちがいるだろうが」
「その通りだ」
「アイリ様、微力ながら手伝わせてもらいます」
「みんなの力を合わせれば、きっと……!」
いつの間にか他の奴らも立ち上がり、アイリを支えていた。
アイリが笑顔で頷くと、割れそうだった魔法陣に光が戻っていく。
「何⁉ 私の最大火力を受けて、壊れないだと⁉」
光線は威力を増しているがそれでも魔法陣は壊れない。完全に防ぎ切っている。
「ビルくん」
「やってやれ」
アイリは頷くと、魔法陣の角度を変化させた。
光線は軌道を変えて跳ね返り、魔王の体を貫く。
「がああああああああああああ‼ そんな、馬鹿なああああああああああああ‼」
魔王の体には大穴ができ、雄たけびを上げながら崩れ落ちた。
勝敗は決した。後はこいつを消滅させれば戦いは終わる。
「私の負けだ。だが永遠に戦うため、ここで共に果ててもらおうか‼」
「っ」
魔王の体から光が溢れ始め、膨れ上がっていく。俺たちを道連れに自爆するつもりか⁉
「く、もう逃げる力なんて」
アイリが膝を着く。誰もが戦いで力を使い果たし、余力がない状態だった。
――なら、俺のすることは決まっている。
「ビル……くん?」
「ここは俺が食い止める」
俺はそう言いながら魔王に飛びかかった。
体が灼熱に包まれ、激痛で気が狂いそうになる。
だが抑え込んでいるおかげで、力の集まりが遅くなったのを感じた。
「貴様ああああああああ‼」
「お前ら早く逃げろ! 抑えてもこの城ぐらいは確実に吹き飛ぶ‼」
最初に動いたのはミツキだった。竜の姿に戻り、泣き叫ぶメリーの服を銜え上げる。
こちらに来ようとする馬鹿をベックが必死で押さえてくれていた。
「アイリ様! 巻き込まれちまうよ‼」
「ビルくんを見捨てて行けない! 私もそっちに行く!」
最後まで聞き分けの無い馬鹿だな。あいつも俺のことが嫌いなのか?
――そんなわけないか。
「ビルくんさっき言ったじゃない! お前は一人じゃないって! 私の前からいなくならないで‼」
「――ベック、頼む」
「ッ‼ …………畜生が‼ この馬鹿野郎‼」
ベックが叫びながらアイリを抱え、ミツキの背中に乗る。こちらを一瞥した後、ミツキは翼を広げ、城の外へ羽ばたいていく。そうだ、それでいい。
「嫌! 離して! ビルくんが‼」
ああ、その泣き顔最低だぜ。ここ最近の中で一番の嫌がらせができたな。
やっぱり、お前のようなとろい奴は、放っておくとすぐ死んじまうよ、勇者なんて向いてない。
これからお前のことをいじめられないのは残念だが、もう十分満足した。
「じゃあなアイリ。お前のことは――やっぱり嫌いだったぜ!」
「ビルくううううううううううううううううん!」
視界が光に包まれていく。
痛みも何も感じない。
全て、消える。
アイリ、本当は――




