邪竜領域5
本拠地かと思われていた渓谷からだいぶ離れた場所にジークのアジトはあった。
それは山の麓にあり、竜が入れるぐらい巨大な洞窟だった。
門番らしき強化されたダークドラゴンを瞬殺し、薄暗い洞窟内を進む。
開けた場所にたどり着くと、あらゆる場所に鉄格子があり、中に竜が閉じ込められていた。
「……よく場所がわかりましたね……門番のダークドラゴン達もいたのに……」
驚いた様子もなくジークが姿を現す。
しかしミツキの姿は見えない。
「ミツキちゃんを返して!」
「……ミツキちゃん? ……ああ、さっきの素体ですね……」
こいつの余裕は何だ?
アイリに聖剣を向けられても動じることなく、肩をすくめるだけだった。
「……ではどうぞ……私の最高傑作です……」
その瞬間ジーク背後の鉄格子が弾き飛び、中から一匹の竜が姿を見せる。
誰もが息を呑んだ、その竜がミツキの変わり果てた姿だったからだ。
純白の体は漆黒に染まり、穏やかな目は赤く充血している。
鱗や牙も全て戦闘用に鋭さを増しており、唸り声を上げながら俺達を見下ろしている。
「なんてことを……!」
「ミツキちゃん! 私たちがわかる⁉」
アイリの呼びかけにも唸り声を上げるだけだった。
「……最強の邪竜に心不要……だから壊しました……そして強くなりました……いい素体ですね……」
「貴方……!」
「私のこと……気にしていいのですか?」
「危ない‼」
ベックが俺たちの前に滑り込み、ミツキの爪を受ける。その体は鉄格子に叩き付けられ静止した。
「ベックさん‼」
「アイリ‼」
ぎりぎりの所でアイリの体を抱えて飛びのく。
ミツキは雄たけびを上げながら、その巨体を存分に活かして猛攻を繰り出してきた。
メリーは俺達を庇うように再度魔法障壁を展開する。
「くっ! きゃあ‼」
展開した魔法障壁ごと弾き飛ばされ、メリーの体が天井に叩き付けられる。
そして力なく落下してきた体を、ミツキが大口開けて飲み込もうとした。
「せええええええい‼」
起き上がっていたベックが片脚に体当たりをかまし、ミツキの体がぐらつく。
その隙にアイリを放り投げてメリーをキャッチさせた。
「メリーさん大丈夫?」
メリーから返事はない、息はあるので気を失っているだけの様だ。
「……素晴らしい……勇者パーティも邪竜の前ではこの有様……やはり最強の邪竜に相応しい素体だったのです」
「貴方はどうしてこんなひどいことをするの⁉」
アイリの怒声にジークは首を傾ける。
「……どうしてか……ですか? ……私の生み出した邪竜が世界を蹂躙する姿を見てみたい……ただそれだけです……そのためなら……何がどうなろうと構いません……」
自分の欲望のため他者を踏みにじる外道が。
頭に血が上りそうになるが必死でそれを抑える。
まずはミツキを正気に戻すことが先決だ――後はどうにでもなる。
しかし、心を取り戻す方法なんてあるのか?
「ビルくん、ミツキちゃんは感情を感じ取ることができるから、強い感情をぶつけたら何か反応があるんじゃないかな?」
試してみる価値はあるか。問題は誰をぶつけるかだが――
ちょっと待て、何で俺を笑顔で見つめるんだ。
「うん、ビルくんが向いていると思う」
「僕もそう思うよお。あんたってわかりやすいし」
うるせえベック、お前は何とか足止めしてろ。
「アイアイサー」
しょうがねえ、何とかしてやるか。
ベックの野郎に気を取られている間にミツキの体をよじ昇っていく。
ありがたいことに、ジークは眺めるだけで妨害はしてこなかった。
「……何をしようが無駄です……救いたいのなら……生命活動止めるぐらいしか……方法ないでしょう……最も……お前にできるとは思えませんが……」
いーや、もっと手っ取り早い方法があるぜ。
こういう時は――
「ぶん殴って目覚まさせるんだよ‼」
ミツキの頭に俺の拳が吸い込まれた。




