邪竜領域3
「落ち着いてミツキちゃん!」
アイリが呼びかける言葉に振り向くこともなく、ミツキはニコに対して攻撃を続ける。
「はっはー! いいね! だがそんなもんで俺は倒せないぞ⁉」
ミツキの噛みつきを躱し、ニコが尻尾を鞭の様に振り回して反撃を開始する。
防ぎきれず、ミツキの体に傷が増えていった。
「早くミツキを援護しないと!」
「ビルちゃん、ダークドラゴンが‼」
渓谷にいたダークドラゴン達が戦いの音を聞きつけ、羽ばたいてきた。
これだけの数がミツキに襲い掛かれば勝ち目はない。
「ダークドラゴンは私が何とかするよ! みんなはミツキちゃんの援護を!」
「アイリ様を一人にはできないからねえ。僕も助太刀するよ」
アイリは聖剣でダークドランたちの首を瞬く間に切り落としていき、ベックはアイリへの攻撃を全て防ぎ切っていた。
俺とメリーはミツキの元へと向かう。
ニコの攻撃で体力を消耗し、肩で息をしていた。しかも俺たちに気づかないほど集中しているらしい。
「おい! 聞こえているかちんちくりん!」
「誰がちんちくりんだ! 噛み殺すぞ⁉」
ようやくミツキの意識が此方に向いた。
瞳には光がなく、全てを見失っているように黒く濁っている。
説得するのはここしかない。
「自分一人で戦おうとするからお前はちんちくりんなんだよ! バーカ‼」
「このっ、言わせておけば――」
「油断している暇があるのかミツキー⁉」
「っ! しまった!」
ミツキが意識を逸らした隙を狙って、ニコが火球を放った。
「甘いわよ!」
しかし火球はメリーの生み出した魔法障壁によって防がれる。
「ほー! やるじゃないか! もっと熱くなろうぜ‼」
「ビルちゃん、今のうちに‼」
メリーが時間を稼いでいる間にミツキの説得にかかった。
「ミツキ、お前の事情は知らねえが、俺達も協力する」
「しかし――」
話をするため下がっていたミツキの頭に飛び乗り、思いっきりぶん殴る。
「痛い‼ 何をする⁉」
「お前は感情がわかるんだろ? 他の奴らを見やがれ、わかりやすいだろうが」
ミツキは俺達を一人ずつ見つめると俯いた。
「皆、私を心配している……」
「わかったなら、さっさと兄貴をぶん殴って目を覚まさせてやれ」
「――! わかった、力を貸してくれ!」
ミツキが顔を上げる。
瞳には以前以上の光が宿っていた。
その瞬間、魔法を障壁が破られメリーの体が宙を舞った。
ミツキが体を丁寧に受け取り、俺の方へと渡す。
「ビルちゃん……私頑張ったかしら?」
「上出来だ、後は休んでろ」
ミツキから降りてメリーを目立たたない木陰に寝かせると、すぐさま援護に回るため飛び乗る。
「はっはー! 燃え上がってきたぞー! このままお前たちをぶっ殺す‼」
俺を肩に載せたミツキがニコの火球を切り裂いて行く。
「さっきとまるで動きが違うぞ⁉」
「せええええええい‼」
「ングハアッ‼」
ミツキの正拳突きがニコの顔面に炸裂。
その体は宙に浮かび、尻尾の一撃で地面に沈んだ。
「何故だ⁉ さっきまで全然大したことなかったのに!」
「さっきまでは一人で戦っていたからな。今は違う!」
「ふざけるな――一人じゃなにもできないお前に負けてたまるか‼」
二人が取っ組み合い、動かなくなる。
実力は互角、その違いは――
「俺がいるってことだな」
「何ぃ⁉ 痛い‼」
飛びかかった俺の短剣がニコの顔面に突き刺さる。
痛みに悶絶するニコは背負い投げられ、ダークドラゴン達を巻き込みながら倒れた。
「がっ‼ そんな馬鹿な……結局、お前には勝てないのか……?」
「兄さん……」
メリーを連れてアイリとベックも合流する。
アイリの服はボロボロになっており、激しい戦いだったことを物語っていた。
風邪でもひいて苦しむ顔を見てみたいが、世話するのも面倒なので予備の服を後で出してやろう。
「聞いてくれ兄さん」
「なんだ? 俺をあざ笑う気か? やっぱ優秀な奴は違うんだな――」
「次期村長は兄さんで決まっていたんだ」
驚愕の表情を浮かべ、ニコは言葉を失っていた。
「う、嘘だ! あの時、長老はお前を――」
「次期村長候補に指名しただけだ。その時すでに兄さんが村長になることは決まっていた」
「どうして――」
「兄さんの心を試していたんだ。竜種特有の感情を読み取る能力が劣る兄さんは、公平に接することができ、誰もが村長に相応しいと思っていたよ――だけど、まさか私ですら兄さんの本心を読み取れていなかったなんてな……」
ミツキが自嘲的な笑みを浮かべる。
恐らくニコは心を隠す力が優秀すぎたのだろう。だから誰も彼の本心を知ることができず、劣等感を募らせた結果今回の悲劇につながったと。
「兄さん頼む、この戦いが終わったら里に戻ってくれないか? 兄さんの想い受け止めるから、また一緒に暮らそうよ……」
ニコの手を握り、ミツキの頬を一筋の涙が流れる。
それを見てニコは静かに息を吐いた。
「――今のお前の気持ちは俺でもわかる……すまなかった」
「兄さん……!」
やれやれ、無事和解できたようだな。
他の奴らもうんうんと頷いている。
ニコがゆっくりとミツキの頭を撫でようと手を伸ばし――その胸に大穴が開いた。
「――え?」
誰かの呆けた声がこぼれる。
血が噴き出し、ミツキの顔が赤く染まった。
「――――ッツ⁉ ……ミ、ツキ…………」
ニコは口から血を吐き出し、痙攣した後動かなくなった。
「兄さん? 兄さんッ‼‼‼」
ミツキの悲痛な叫びが響いた。




