エルフの里4
「恐らくあの球体は魔王の配下だ。分身による物量戦法に、他人のトラウマを抉る変身能力と厄介尽くしだな」
俺たちはオーロラの家に集まり、あの球体が再びせめて来た際の作戦を立てていた。
影には魔法が有効なので、魔法を使える者で時間を稼ぎ、本体を叩かなければならない。
アイリ、ミツキ、メリーを影に当てるべきだと思っていたのだが――
「ビルちゃん。私を本体に向かわせて」
メリーはそう提案してきた。だが、トラウマを克服するのはそう簡単なことではない。前回のように足手まといになる可能性もある。
「相手もきっとそう思っているわ。お願いビルちゃん、私を信じて」
「……」
悩む俺の肩に手が置かれる。
振り向くとアイリの笑顔がかなり近くにあった。気味が悪い。
「なんだ?」
「メリーさんが本体に向かうと私は困るなあ」
作戦は決まった。
◇
案の定、夜に影の軍団が攻めて来た。だが今回は対策をしっかりしていため、村にまで侵入を許していない。
「見つけたわ。以前と同じ場所よ」
「よくやったミツキ。いくぞメリー、ベック」
「わかっているわ」
「戦いたくてうずうずしているよ」
ベックを先頭にし、影たちを振り払いながら本体の場所を目指す。ベックと俺が受け止めた影をメリーが焼き尽くしながら道を切り開いた。
以前と同じ球体が、やはり同じように三人の戦士の形を取った。
『戻って来たかメリー。死ぬ覚悟はできたか?』
「ええ、覚悟してきたわ」
「おい⁉」
あのまな板何考えてやがる? わざわざ死にに来るぐらいなら引っ込んでおけばいいんだ。
俺は止めようとするが、ベックに肩を掴まれる。
「なんだ?」
「まあまあ見ていてあげなって。メリーも無策じゃないと思うよ?」
ゆっくりと三人の元へ歩いてゆくメリー。
勇者の影は剣を振りかぶりそれを迎える。
『死ぬがいい』
「メリー!」
俺の悲鳴と共に剣が振り下ろされた。メリーの体はあえなく真っ二つに切り裂かれる――
『何……⁉』
ことはなかった。恐るべきことにメリーが片手で剣を掴んでいたのだ。普通は切れるはずなのに血さえ出ていない。
昨日とは逆に、影の勇者が狼狽えながら剣を引き抜こうとしているが、まるでびくともしていない。
「……あいつの剣はこんなにしょぼくなかったわ。やっぱり、ただの猿真似ね」
メリーが力を込めると剣があっけなく粉々になる。その勢いで勇者の影は尻餅を付き、庇う様に武闘家の影がメリーに殴りかかって来た。
『何故だ、何故お前だけが生き残った⁉ 俺たちが死んでお前だけが生き残っていいはずがない!』
「生き残ったのは彼らが守ってくれたからよ」
猛攻を掻い潜り、メリーの拳がみぞおちに突きささる。武闘家の影は崩れ落ち、消滅した。
「どうなってるんだ?」
「恐らく彼女は、自己強化の魔法を幾重にもかけているんだよ。魔法攻撃を封じた代わりに圧倒的肉体能力を得ているんだ」
「確かにそれなら魔法攻撃の通じない本体には有効だが――」
「自分の体に負担がかかりすぎるだろうね」
「あの馬鹿が! 援護するぞ!」
「あいよ」
僧侶の影が再生した剣を手に取り、勇者の影が再びメリーに迫る。その間にベックが体を割り込ませ、斧で防いだ。
「ベック⁉」
「申し訳ないけど助太刀させてもらうよ」
「詫びをいれる必要はねえよ。最初からチーム戦だ」
俺は僧侶の影の背後に回り、首に短刀を一突きする。僧侶の影は声を発することもなく消滅した。
勇者の影はそれを一瞥もせず、ベックとメリーを相手に立ち回る。
「なかなかやるねえ。――だけど、ここまでだ」
ベックは無理やり勇者の影を抱え、力任せに上空へ放り投げる。勇者の影は衝撃で剣を手放し、無防備のまま落下してきた。
それに合わせてベックは大きく体を捻り、落下の勢いに合わせて斧を振り抜く。
『がはっ!』
勇者の影は腹部を中心に両断され、地面に落ちる前に消滅した。
本体が倒されたことにより、影たちもその姿を消していく。村には静けさが戻った。
「任務完了っと――お疲れ様」
何事もなったかのようにベックが村に戻っていく。後に続こうとメリーに目をやると、へにゃへにゃと座り込んでいた。
「どうした?」
「ちょっと力が入らなくって……」
「何やってやがる」
「あ……」
仕方がないので、動けなくなったメリーを背負い歩き始める。メリーは慌てていた様だが、めんどくさいのでそのままにしておいた。
そのまま戻ると、アイリが正面から抱き着いてきた。さすがに二人も抱えることはできないので両方に潰される形で倒れ込んだ。
「お疲れ様ビルくん」
「ありがとうビルちゃん……本当にありがとう」
「そう思ってんならどいてくれ!」
俺は二人の体を押し退け立ち上がった。ずいぶん時間がかかったが、これでひとまず安泰だろう。皆と相談し、朝ここを出ることにした。
――――
――
「お世話になりました。皆さんのおかげで今回の脅威は去りました」
「こちらこそありがとう。絶対に魔王を倒します!」
早朝なのに、里の皆は俺達を見送るために集まってくれた。俺達は応援の言葉を背に受けながら再び旅に戻る。不安は消え去り、勇気が胸に宿っていた。
「ビルちゃん……ありがとう」
メリーが腕を組んでくる。その頬はほんのりと赤い。
「ビルくんが一番頑張ったね!」
反対の腕をアイリが組んでくる。このままでは歩きづらいことこの上ない。
俺は二人の腕を振り払い逃げ出した。後ろからアイリとメリーが大声で何か言っているが聞こえないし聞く余裕もない。
疲れていたので、あいつらに立ち向かう気になれなかった。




