エルフの里3
目を開けると一度だけ見たことがある天井があった。
ここは、貸してもらった家の中か。
「ビルちゃん⁉ 気が付いたのね!」
声の方へ顔を向けると、メリーがいた。目元に隈ができて涙の痕が残っている。ひでえ顔だ。
「ビルくうううううううううううううううん!」
「んげ‼」
突然腹に衝撃が走る。アイリのぼけなすが飛び込んできたのだ。
怒鳴ろうとするが背中が痛くて声が出ない。そう言えば切られたんだったな。
「ビルくんビルくんビルくん生きてる……よかった……よかったよお……」
俺に抱き着きながら泣きじゃくるアイリ。
頼むからどいてくれ。まじでいてえ……。
「アイリ様、背中の傷が開きますから離れてあげてください」
笑顔のオーロラが部屋に入って来た。その横にはミツキもいる。
アイリは離れまいと子供のようにだだをこねるが、ミツキに引きはがされた。これでひと助かりだ、ミツキには今度お礼をしよう。
「ビルちゃんごめんなさい! 私を庇ったせいで」
「お前のせいじゃねえよ。俺が好きにやったことだ」
「ビルちゃん……」
「お前が無事で、よかったよ」
「ッ!」
何故かメリーが顔を真っ赤にしている。逆にアイリは視線だけで人を殺せるような顔をしていた。
あの後、倒れた俺はここに運び込まれ、村人総出での治療を受けたそうだ。おかげで
たった一日で傷は塞がったが、まだ安静の必要があるらしい。
アイリとメリーが看病をすると言い争っていたが、二人が何をしでかすかわからないためミツキが別の場所に引きずっていき、オーロラだけが残った。
「はい、リンゴが切れましたよ」
「悪いな」
食べやすいサイズに切られたリンゴをひとかじりする。みずみずしくて甘い。これならいくらでも食べられそうだ。気づけばリンコ一個分食べきってしまい、オーロラは嬉しそうに笑っていた。
「うふふ、よっぽどお腹がすいていたんですね」
「一日何も食べなかったらそうなるだろうが――ところであんたに聞きたいことがあるんだが?」
「何でしょうか?」
「メリーの過去だ」
笑顔だったオーロラの表情が曇る。
「メリーの怯えようは普通じゃなかった。あの影たちはメリーの元仲間じゃないのか?」
オーロラは無言で頷いた。そして、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
――――
――
あれから夜になった。一軒家では俺が一人で横になっている。もう動いても大丈夫なのだが、しっかり休めるよう皆が気を使ってくれたらしい。
そろそろ眠りに入ろうかと思っていたところにドアを叩く音が聞こえる。入るように言うとメリーがうつむいたまま入って来た。
「何か用か?」
「ビルちゃん……」
体を起こした瞬間、身体に衝撃が走る。メリーが抱き着いて来たのだ。
戸惑っていると、すすり泣く声が聞こえた。
「ごめん……なさい、ごめんなさい……貴方を傷つけてしまって、全部私が悪いの……私があの時動けなかったから……」
メリーは震えていた。泣きながら何度も謝って来た。過ぎたことだからもういいと伝えても、こちらを抱く力が強くなるだけだった。
「メリー、悪いがお前のことは聞かせてもらった」
「っ! そう、オーロラが話したのね」
メリーが嘗ての勇者パーティのメンバーであり、魔王に敗れたこと。他のメンバーが命を懸けて魔王を封じ込め、自分だけが生き残ったこと。エルフの里に逃げ込んだが、ここからも逃げ出したこと。
全てオーロラが話してくれたことだ。
「あいつを悪く思わないでくれ。聞いたのは俺だからな」
メリーはゆっくりと俺から離れて正座をする。まるで裁かれるの待つ罪人のように、黙していた。
そんなメリーの両頬をつねる。さすがにアイリほどではないがまあまあ柔らかいな。
「ビ、ビルひゃん?」
「一人で抱え込みやがって馬鹿野郎が。あいつらが死んだのはお前のせいじゃねえよ」
「で、でも私が――」
「あいつらは自分たちの命を引き換えに魔王の力を抑え込んだんだ。未来へつなぐために、一人でも多くを生かすためだ」
本当にあいつらはすげえよ。未来の為に自分の命を懸けるなんて、簡単にできることじゃない。それでも選んだということは、あいつらにとってメリーがそれだけ大切な存在だったからに違いない。
「お前は何で自分が生かされたかわかるか? みんなお前を信じたんだよ。いつかお前なら魔王を倒せるって」
「う……うわああああああああん!」
以前と同じように泣き叫ぶメリー。その声を聞いて他の奴らが飛び込んできて大騒ぎになったのは言うまでもあるまい。




